第6話 霊道開き

 M県I市K町


 東日本大震災の以前にも強い地震の被害に遭われた地域がある。


 当時、そのお宅のご家族は家を出払っており、各々無事に家に帰りついたのだが、家の損傷があまりにも酷く、庭先でどうしたものかと考えあぐねていた。

 貴重品だけでもと危険をかえりみず家の中へ入ったご主人は、宅内の惨憺たる様子を見て落胆したという。

 玄関には大きくヒビ割れた姿見の鏡が倒れており、茶の間の窓ガラスは無事だったが部屋の中は物がぶちまけられたかのような有り様だった。

 まだ余震のある中、難儀して見つけられた貴重品だけポケットに詰め、外に出ようとした。


 廊下を見ると窓ガラスが砕け散って散乱している。

 その上に、座敷の障子を突き破ってきた神棚が無残に転がり倒れていた。

 その神棚は奥座敷の天井に備え付けられていたものだった。

 ご主人は、こんなところにまでぶっ飛んできたのかと驚いたという。

 奥座敷には飾っていた神札が無造作にぶちまけられていた。

 せめて神棚だけでもと持ち上げると、とりあえず玄関先に設置し、見下ろすようにして家をお守りくださいと祈願して拝んだ。


 そうこうしていると町内放送から避難先の案内が流れてきた。

 着の身着のまま車に乗り、奥さんと娘さんと家族揃って公民館へ向かう事にした。行く途中で目に入ってくる町の変わり果てた光景に言葉を失ったという。


 避難生活2日目の夜。


 ご主人は一緒に避難している近所の人からある噂を耳にした。


 ―どうやら近辺に火事場泥棒が出没しているらしい


 まだ見つけられなかった貴重品や無事な家財もあり、ご主人は焦った。

 今から家へ向かい、庭先で車の中で泊まって家を見廻る、と家族に告げると、危ないし雨も降ってるからやめてと制止された。だが、いてもたってもいられず避難所の公民館をあとにしたという。


 家の庭に着くと納屋から手頃な角材を見つけ、車のシートを倒して横になった。雨は絶え間なく降り続いている。庭から眺める家を見ると惨状にため息が出た。


 うつらうつらと仕掛けた頃だった。雨に濡れる車の窓ガラス越しに、何か動くものが視界に入った。

 ハッと頭が起きた。人の影。人が玄関先へと向かっている。

 角材を握り締めた。雨の中、目を凝らしてそれを見る。1人ではなかった。何人もの人の影の行列が玄関へ入っていく光景だった。


 そぼふる雨の中を影がうなだれてゆっくりと進んでいる。だがご主人は動けなかった。


 家の中へと入っていくあの影は、もう生きている人間ではないと察知したのだという。


 眺めていると進む人影の行列の後ろに白いものが見えた。それを見てご主人は訳が解らず混乱した。


 影の行列を追うように何かが列を為している。


 それは腕や足をくねくねと奇妙に曲げ、身体を仰け反らせたり踊るようにうねりながら歩いていた。


 全身が真っ白い人のような者の列だった。


 その光景を見ている間、まるで死後の世界にいるようで生きた心地がしなかったという。


 ―あれは人ではない


 ご主人はそう感じて車のシートに突っ伏し、朝を迎えた。


 明かりもない闇夜になぜはっきりとあの行列が見えたのかは解らない。ただ後日、判明した事が一つあった。

 後々、ご主人がお祓いを受けた際の事。この話を聞いた神主に、いくつか指摘されたという。


 神棚の扱い方がよくなかったのではないか、と言われたらしい。


 ―神棚を床に据え置く

 ―傍らに割れた大きな姿見の鏡

 ―茶の間のガラスも風景を反射する

 ―神棚を見下ろして拝礼


 三面鏡は霊を呼ぶというが、偶然にもなにがしかの条件が重なり、霊の通り道が出来てしまったのではないかと言われたという。


 ご主人はあの日、あの世への通り道を開いてしまったのかもしれない。

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