第5話 岬
M県M郡M町 神割崎
東日本大震災前の出来事。
神がくだした天罰の伝説が残る景勝地がある。
岬の突端。二つに割れた奇岩が海よりそびえ立つ場所がある。その裂け目へと荒波が轟音と共に、しぶきを上げて押し寄せてくる。そこでは自然の織り成す豪快な風景と、伝説に裏付けられ、威厳に満ちた光景が垣間見れる事ができる。
その周辺には松林に囲まれた遊歩道とキャンプ場があり、森林浴と海岸風景を一緒に楽しめる事から連休中は大変賑わう。
その神割崎へと出掛けたある男女の話。
海沿いへ向かう道中は晴れやかな空が広がり、ドライブには最適な日だった。だが海へ近づくにつれ薄暗い雲が流れてきて拡がり、目的地に着く頃には曇り空になっていたという。
あまりに急な天候変化に二人は驚いた。駐車場にも他の車はなさそうにみえる。落胆しつつも、せっかく来たのだからと車を降りて散策を始めた。
辺りはすっかりねずみ色の曇天で陰り、風もいくらか出始めている。
松林や海の波しぶきを眺めつつ遊歩道の入口を目指す二人に、初老の男性の声がかけられた。
「岩場まで行かれるんですか?これから天気が荒れるようだから、岩場の波には気をつけて観に行ってくださいね」
聞くとここのキャンプ場の管理人なのだという。
「キャンプに来てたお客さんもこれから急に天気が酷くなるというんで、テントたたんでみんな帰ってしまって。誰もいなくなったので私もこれから帰るんです」
二人は奇岩を観たらすぐに帰る事を伝えると、管理人はその場を去っていった。
遊歩道を進みつつキャンプ場を見回してみると誰も人は見当たらない。ただ、遠くにぽつんと黄色いテントが1つだけ見えた。
目を凝らすと三角テントの入口から足を少し投げ出し、一人で横になって休んでいる人が遠目に見える。
あれ?まだキャンプしてる人いるじゃないか、と話しながら松林を進んだ。
遊歩道から少し離れた松林の中。その松林の中に人の集団がいる事に気づいた。
若い男女もいればお年寄りもいる。十数人の一団が松林の中に見える。天気が荒れるからと地元の人達が何か催し物やお祭りの準備を片付けてるのかなと二人は思った。
岩場に入ると真っ二つに割れた巨大な奇岩が目の前に現れてきた。
波も荒れており、その逆巻く荒波が奇岩の間を豪壮に打ちつけて吹き抜けてくる。二人は初めて見るその光景を沸き立ちながら眺めていた。
あれ?人がいる、と彼女が言う。
岩場の遊歩道沿いには木を模した杭が立ち並び、転倒と進入防止のためにステンレスの鎖が張られている。その柵の向こうの大きな岩影の側に人が立っていた。
男女二人が海を見つめている。
年齢は五十~六十代ほどだろうか。逆巻いて押し寄せる波を微動だにせず見ている。
その二人の足元近くにまで波が打ち寄せているが逃げる素振りもない。
大丈夫ですか!と声をかけた。
聞こえないのか気づきもせず振り向きもしない。ずっと海を見ている。
気をつけてくださいね!と声をかけると、いよいよ小雨も降りだしてきたので車へ戻る事にした。
なんだろうねあの二人、と不思議に思いながら遊歩道を登る。松林まで来るとまだ林の中にさっきの一団がいるのが見えた。雨も降ってきたのに大変だなと言いつつ眺めていた時、彼女が袖を引っ張り慌てるように歩を速めた。
いきなりどうしたの、と彼は言った。
彼女はいつの間にか泣きそうな顔になっていて震えながらこう言った。
「あれ、人じゃない、人じゃないよ。生きてない、動いてないもの。さっきから風けっこう吹いてるのに風で服が揺れてない。岩場の二人もそう、ただそこに立ってるだけ。変だよ、ぜんぜん動いてないのよ」
早くここを離れようと二人は小走りで駆け出した。強風で松林が揺らめいている。空は黒雲が垂れ込め、雨も本降りに変わった。キャンプ場に差し掛かった時、二人は目を疑った。
遊歩道のそばに黄色いテントがある。
ここへ来た時、遠くのほうに見えた三角テント。それが遊歩道近くに移動していた。
近づくとそれは古びた黄色い布素材で、ところどころ色褪せていた。
入口から飛び出た足が見える。
どす黒い灰色の肌。紫に浮き出た血管。ぶよぶよに膨れた肉。まるで水死体の足だった。
二人は叫びそうになるのを我慢して呻きながら走った。死に物狂いで走って車へ戻ると脇目もふらずにその場を離れた。
テントを越えて遊歩道を走っていた時、背後からまとわりつくような何人もの強烈な視線をずっと感じていたという。
以前、この近辺では海へ身を投げる人がいたらしく、潮の流れでこの岬付近へと打ち上げられる事があったと言われている。
現在は風光明媚な景勝地のキャンプ場としてとても賑わっている。
その地域に伝わる昔話をここに引用
<神割崎にまつわる伝説>
その昔、ここにありました長清水浜という村に、ある日、大クジラが打ち上げられました。
しかし、隣の十三浜村との境がはっきりしていなかったため、クジラの取り合いから両村には争いが起こってしまいました。
その夜、あろうことか岬がまっぷたつに割れ、クジラも2つに割られてしまいました。
両村の人々は神様が岬を割り、いさかいの仲裁をしたのであろうといって、以来この岩の割れ目が村境となったと伝えられており、今日も、南三陸町と石巻市との境界になっています。
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