第3話 芋虫

 M県I市T浜海岸


 この出来事は東日本大震災が起こるずっと前の出来事だといわれている。

親戚に漁師がいる方から聞かせていただいた話。


 波も穏やかな月夜の夜。夜釣りに出掛けた釣り人が小さな漁港の防波堤に陣取り、夜の海へ釣糸を垂らしていた。


 漁港付近には砂浜が広がっており、昔から海水浴場として夏は賑わっていたという。

 夜は月の明かりで砂浜が遠くまでよく見えた。


 夜釣りを始めた頃には砂浜で散歩する人や遊びにきているグループが見えていたが、夜が深まるに連れて付近には誰もいなくなった。


 釣りをしながらぼんやりと月夜の砂浜を眺めていると、遠くで何か動くものがあるのに気づいた。


 うねうねとした奇妙な動き。


 まるで芋虫に見えたという。


 だが虫にしては大きすぎた。


 それはしばらく蠢いていたがぴたりと動きを止めた。

 すると尺取虫のような動きをして防波堤のほうへ向かってきたという。

 ありゃなんだ、と釣り人は目を凝らしてよく見た。


 丸太のようなもの。


 それが尺取虫のような動きをやめ、今度はごろごろと砂浜を転がってこちらへ近づいてくる。

 異様なものを見て焦った釣り人は道具をまとめようとした。それでふと目を離した隙に動くものは砂浜からいなくなっていた。すると突然、海水の潮の匂いと肉の腐ったような腐臭がたちこめて釣り人は激しく咳き込み、涙を垂らしてむせた。


 急いで道具をまとめて車へ戻ろうとした時、進もうとした先に何かが見えた。

 釣り人の進路をふさぐように防波堤の上に何かが横たわっている。


 視界に入ったそれは大きな流木か、藁の束のように見えた。


 端には海藻のような黒くて長いぼさぼさした毛のようなものが付着して垂れている。

 それが急な勢いでごろごろ転がりはじめ、釣り人の目の前に迫ってくる。


 それはむしろに巻かれた人だった。


 足元でごろっと転がると顔が見えた。


 ぼさぼさの髪を振り乱した、顔が半分砕けた女。


 だらりと首を垂らした子供も一緒に簀巻きにされている。


 それは釣り人の顔を見ながら口をパクパクさせ、か細い声で呪詛のような聞き取れない言葉を発した。


 釣り人はそのものを飛び退いて道具をほったらかしにし、防波堤から逃げ帰ったという。

後日、防波堤に散乱したその釣り道具を地元の漁師達が拾い集めたらしいのだが、それにはなんとも強烈な腐臭が纏わり付いており、拾った手に付着した匂いは何度洗っても数日の間は消えなかったと漁師さんが話していたらしい。



 昔、I市近海の離島は流刑地として囚人が島流しにされていた歴史がある。

 その島では「流人ころがし」という残酷な処刑法で、海に囚人が生きたまま突き落とされていたといわれている。


 もしかしたら当時は潮流に乗ってその砂浜に囚人の御遺体が流れ着いていたのかも知れない。が、定かではない。

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