第2話 川の中にて
M県K川
「こっちに人は流れてこなかった?」
199X年の夏。K川で友人と鯉釣りをしていた時、ふいに背後からかけられた言葉である。
釣りをしていたK川は一級河川の広大な川で、流れは穏やかで雄大。だが川水は灰色と濃緑色が混ぜ合わさったような色で濁っており、水中はほとんど見えなかった。
振り向くと、話しかけてきたのは安全ヘルメットと作業服を着た河川パトロールの人だった。
「上のほうで人が流されたみたいでね」
「いや、ここでずっと釣りをしてましたが見てないですねえ」
そう応えるとその捜索していた人は別の場所へと向かっていった。
友人と顔を見合せ、まじか!やはりそんな事もあるんだなあ等と話しつつ釣りを続行した。
夕陽に照らされて水面が輝いてきた頃。今日も釣れないなあと愚痴をこぼしはじめたと思いきや友人の竿が急にしなり、川の中へ糸が引きずり込まれた。
オッと友人は呻くと竿を握ってリールを巻きはじめる。
しばらく力んで魚と格闘していたが急に腑抜け、バレた、逃げてしまったと嘆いた。けっこう大きそうだったと残念がりながらリールを巻き戻す友人を尻目に、今日はここまでかと私は釣竿と道具をしまいはじめた。
なんだこれ、と友人がつぶやいた。
「ちょっと、ちょっと見て」
せかされて友人が巻き戻した仕掛けを見ると何かが釣れていた。
白い何かが釣れている。何だと思い、よく見た。ちくわぶみたいだと思った。
釣り針にかかっていたのは、白いぶよぶよに膨れた何かだった。
何だこれと呟きながら友人は拾った木の枝でそれを突っつきはじめた。
白くぶよぶよした肉片のようなもの?の内部に何か固い芯のようなものがあるという。
これさ、友人が言う。
「人の指かな」
河川パトロールの人を捜したがもう現場にはいなかった。
友人は糸を切り、その白いぶよぶよを川へ投げ捨てながら呟いた。
「もしかして死体が釣糸をぐいぐい引っ張ってたのかな」
その後に聞いた話。
そのK川では人がよく溺れるポイントがある。
そこはちょうど川の地形がS字に曲がって流れ留まり、その水流の圧力から守るため河川敷から土手までブロックで補強された川の流れが滞る場所。
そこからは川の岸辺へと降りて、泳ぎに入れる事ができると言われていた。
ある酷暑の夏。仕事を終えた土木作業員が水浴びをしに川に入り、そこで溺れて行方不明となる事故があった。
遭難現場では捜索が開始され、ダイバーが川へと潜水した。
川の中は川底へ近いほど視界が悪くなる。濁った水の中で溺れた男性は見つかった。それは奇妙な光景だった。
川の底で見つかったその男性のご遺体は一点を見据えるように目を見開き、あぐらをかいて鎮座していたという。
ご遺体を引き上げる作業の際、ダイバーはふと、その溺死した男性が向けている視線のほうを見た。
川の流れで水の濁りが微かに消える。視線の先に何かが積まれているように見えた。
黒い藻のようなものがまとわりついた石の塊。まるで崩れかけの山のように積み上げられている。
何だと思った。流れで漂う黒い藻。人の髪の毛だった。灰色の石の塊。人の首。目の前に生首の山があった。
それがずっとこちらを向いている。どんよりとした虚ろな眼、眼球の無い黒い穴。その視線は一斉に遺体の男性のほうを見ていた。
ダイバーはそれを見て慌てふためき、水中は濃く濁り、その異変に気づいた別のダイバーに助けられて川から引き上げられた。
発見されたご遺体も引き上げた後、現場周辺を別のダイバーが再び捜索したのだが、川底には何もなかったという。
川の流れが滞る場所。
その川には昔から水の流れが溜まり、土左衛門、溺死体がよく揚がる場所があるといわれている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます