第279話 接触

「───というわけで、帝国のトップを脅しておいたから、しばらくの間は大人しくなるんじゃないかな。国の領土を広げることも大事だけど、まずは自分の命でしょ?」

フランちゃんに成果を報告する。


「ありがとうございます」

フランちゃんはお礼を言うけど、横で聞いているルージュさんは不機嫌なようで眉間にシワが寄っている。


「こっちの世界で証拠となるかはわからないけど、これが音源データ。大事なところだけ聞けるように編集もしてあるから。これを耳につけてこのボタンを押すと何回でも聞けるから。初めから聞く時はこのボタンで、少し戻す時はこのボタン、早く進めたい時はこっちのボタンね」

フランちゃんの耳にイヤホンを付けて、ミュージックプレイヤーに保存した帝国で行なわれた会議の様子を流しながら、ミュージックプレイヤーの使い方を説明する。


「……すごく音がきれいです」


「蓄音の魔導具はあるみたいだけど、性能が良すぎるし、魔導具とは根本が違う物だから、他の人には秘密ね。使えなくなったらエネルギー切れだから一旦返して。また使えるようにするから」


「あの、頼んでおいて申し訳ないのですが、聞いてはいけないようなことまで聞こえてきます」

王国の領土を騙し取ろうとしている話だけでなく、信仰国との今後の関係をどうするかや、内政の話、財政状況の話まで、他国の者、ましてや他国のトップに聞かれていい話ではない。


「悪用するかどうかはフランちゃんに任せるよ。好きに使って」


「以前にも言いましたが、あまりフラン様を甘やかさないでください」

不機嫌そうにしながらも黙って話を聞いていたルージュさんに言われる。


「甘い物を与えるのは最低限にしてますよ?今日用意していたお菓子もこれだけです」

今日持って来たのはシュークリームで、結構なお値段ではあったけど、量自体は多くない。


「お菓子の話だけではありません。元団長ありきの仕事をしていては、将来困ることになります。元団長はこちらの世界の住人ではなく、いつ来なくなってもおかしくないのですから」


「ルージュさんはわかってないね。それに過保護だ。甘やかされているのはフランちゃんじゃなくて僕の方だよ。それから、目の下にくまが出来ているよ。ちゃんと寝たほうがいいんじゃない?」

フランちゃんはルージュさんの体調を気にしており、ちょうどそこに罪滅ぼしの気持ちで何かしたい僕がいたから頼んだだけで、僕に頼まなくてもなんとかなると思っていたはずだ。

本当に僕に頼まないといけないくらいに困っていたなら、あの時殺してほしいとは言わないはず。


生き返るかどうかの保証なんてフランちゃんにはないのだから、死ぬにしても、他国に領土を奪われるなんて憂いがあるときにその言葉は出さないだろう。


ルージュさんならそのくらいわかりそうだけど、疲れが溜まっているのか、それともその考えに至らないほどにフランちゃんを激愛してしまっているのか。


女王の側近という立場としての仕事はそつなくこなしているようだけど、それと同時にお母さん感が出て来てしまっているように思える。


父親は処刑され、母親はフランちゃんが処刑されたことになった時点で城から追い出されて行方知らず。


ルージュさんはフランちゃんに愛情を注ぐ存在になりたいのかもしれないけど、裏目に出ているのではないかと僕は心配している。


「今回は私も協力はしましたが、次からは頼む前に私にも一声掛けてください」

ルージュさんは反論せず、フランちゃんに一言だけ口にした。


「わかりました」



「クオンさんですか?」

城を出た所で兵士の姿をしているのにクオンとして声を掛けられる。


「……違います」

面倒ごとに巻き込まれたくないので嘘をつく。

しかし、鑑定が出来たとしてもクオンだと分かったのは何故だろうか。


「本当に困っているんです。お願いします。助けてください」

腕を強い力で掴まれ、決して逃さないという意志を感じる。

否定はしたけど、僕が嘘をついたとバレたようだ。


「なんで僕がクオンだとわかったんですか?」

振り解くのは簡単だけど、話はしてあげることにする。


「鑑定というスキルが使えまして、名前とレベルがわかるだけのスキルですが、こちらの世界の人とは思えない日本人らしい名前の方がいましたので、この方がクオンさんなのだろうと」


飛越とびこえさんが鑑定のスキルを使えるのはわかってます。鑑定した結果クオンだとわかったなら何も不思議ではないですが、日本人らしい名前でクオンとわかったというのは、クオンが日本人だと知っているということですよね?」

飛越さんは葉月さん達と同じタイミングで召喚された高校生の1人であり、僕がクオンとして活動していた時にはこっちの世界にはまだいない。


僕が異世界から来たと知っている人もいるけど、同郷だと言われたとしても勝手に話すような人には心当たりがない。


「星宮さんからクオンという人物について調べるようにヒントを貰いました。それから、この暗号の書かれた紙も見つけた。城に入れるだけの理由を得ることが出来なかったので、城の外からでも出来ることとして、城を出入りしている人を片っ端から鑑定して、それらしき人がいないか確認していたんだ。鑑定で知った名前よりもクオンと呼んだ方が気を留めてもらえると思って、半分当てずっぽうで言いました」

中学の時のクラスメイトに星宮なんていなかったと思うし、行方不明になった高校生の中に星宮さんがいたのかな。

いたとしても、星宮という人がどうやってクオンが僕だと辿り着いたのかは謎のままだ。


「その星宮さんって人が誰かは知らないけど、とりあえず話くらいは聞こうか」

力ずくで逃げることは可能だけど、流石にそれは可哀想なので、仕方なく話を聞くことにする。


「ありがとうございます!」


落ち着いて話をする為にカフェに入る。


「それで、僕に何をしてほしいの?」


「え、えーと……」

飛越さんの目がキョロキョロと左右に動く。


「もしかして、言われた通りに調べていただけで、見つけた後どうするか考えてなかったの?」


「元の世界に帰りたいから手を貸してほしいけど、何をしてほしいのかと聞かれると、具体的に何をすればいいのかわからない」


「飛越さんは他のクラスメイトとは合流してないの?王都には神田って人もいて、クラスメイトを集めているみたいだけど」


「神田君は僕達がこの世界で生きていけるように、生活基盤を整えようとしてて、僕は自分だけなら生活出来るくらいには収入源を確保出来ているから、連絡は取り合っているけど、一緒には行動していないよ」


「神田さんは元の世界に帰るのを諦めたってこと?」


「諦めてはいないけど、帰れなければこの世界で生きていくしかないから、現実を見ているんだと思う」

腰を据えてしまったら、もう帰還は出来ないだろうな。


「僕について調べたみたいだけど、何かわかったことはあった?」


「いくつか話を聞くことは出来ました。女王を殺そうとした疑いで手配されていることと、不正な方法で騎士団長になり解任されたこと、それから冒険者としてランク以上の魔物を狩っていたと」


「いくつか間違いがあるけど、概ね事実だね」


「星宮さんがなぜクオンについて調べるように言ったのかはわかりませんが、クオンさんに会えれば帰ることが出来るのではないかと期待してました。クオンさんが日本人だと知った今、数年前に世間を騒がしていた中学生が行方不明になった事件、ほとんどの生徒が発見された理由にクオンさんが関わっているだと思っています。帰る方法を知っているなら教えてください。お願いします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る