第270話 捜索

葉月さんから、幼馴染の名前が如月由美であることを聞き、スマホの画面を見せてもらう。

そこには葉月さんと仲良さそうに笑う女の子が写っていた。


「委員長って絵は描ける?描けるなら似顔絵を描いて欲しいんだけど」

カバンに手を突っ込み、ストレージから紙とペンを取り出して委員長の前に置く。


あの世界に写真は無さそうだったので、印刷するのではなく、紙に書いてもらった方がいい。


「描けなくはないけど、人物を特定出来るほど上手くはないわよ」

委員長はこういうけど、先日美術の授業があり、委員長は芸術の面でも優れているのは知っている。

その時は美術というより工作に近い授業だったけど、少なくとも僕よりは絵が上手そうだ。


「それじゃあお願いしていい?僕は絵が下手なのを自覚しているからね。葉月さんも描いてくれる?」


「お願いします」

葉月さんは委員長に頼みながら、自分もペンを取り描き始める。



「まずはこれを手掛かりに探してみるね。他に話がなければ僕はもう帰ってもいいかな?」


「本当にありがとうございます。お願いします」

葉月さんが深く頭を下げる。


「さっきも言ったけど、過度な期待はしないでね。それから、如月さんを探すところからやらないといけないし、時間は掛かるから、落ち着かないとは思うけど無理しないようにね」


「はい。あの、連絡先を教えてもらってもいいですか?」


「……いいけど、如月さんを帰還させるのは僕のやり方で、僕のペースでやらせてもらうから、『今どうなってますか?』みたいな連絡はしないでね」


「わかりました……」


「それと、他の人に僕のことは話さないように。間違っても、僕に話したら幼馴染も帰還出来たみたいな、僕を紹介するようなことはしないように。幼馴染以外は無視でいいって言ったから手伝うことにしたんだから、絶対守ってね」


「はい、わかりました」

言質を取ったところで葉月さんと連絡先を交換する。


「それじゃあ失礼するね。何か動きがあったら連絡するから」


お金を置いて店を出たところで、委員長から『ありがとう』と一言だけのメールが届いた。



細い道に入り、周りに誰もいないことを確認してからファストトラベルで自宅に戻り、向こうの世界へとログアウトする。


ログアウトを選択する度に、元の世界の方が仮想世界なのかとツッコミを入れたくなるな。


とりあえずブーケルに行き、葉月さんが死んだという情報を集めることにする。


僕達の時はブーケルには堀田君しかいなかったわけだけど、今回も葉月さん1人だけなのか気になるところだ。


「先日、商店で働いていた女の子がお腹を刺されて亡くなったと聞いたんですが、犯人は捕まったかご存知ですか?」

幻影のスキルでアビスと名を決めた姿に変えて食堂に入り、カウンターで注文を終えた後、調理をしている店主に話しかける。


「アオイちゃんのことか。良い娘だったのに残念でならないな。犯人は捕まったが、犯人を捕まえたところで死んだ人は帰ってこないからな」

一応の確認だったけど、葉月さんがブーケルにいて、刺されて死んだというのは嘘ではなかったな。


「犯人が捕まったことで、少しは報われてくれればいいですね」


軽めの間食をした後王都に移動して、騎士団に寄った後いつものように城に侵入する。


「お久しぶりです、レイハルトさん。ルージュさんも」

フランちゃんの部屋の隣にある個室でレイハルトさんを見つけたので声を掛ける。


「反射的に斬りそうになるから、いきなり現れるのは控えてくれ」

レイハルトさんは剣を鞘に戻しながら返事をする。


「気を付けます。ただ、以前のように堂々と城に入れる身分ではなくなったので、気を付けてもレイハルトさんが城にいる時は難しいかもしれません。それから、あの場にいたのにフランちゃんを守れなかったと非難されたみたいですね。ご迷惑をお掛けしました」


「君からフラン様を守れなかったのだから非難されても仕方ない。これからは君のような変わったスキルをもった者がフラン様の命を狙ってくるかもしれない。だからこそ、あそこで君からフラン様を守れなかったのは私の失態だ。君だから仕方ないとは決してならない」


「……そうですね。他の人に殺されてしまったら生き返らないので、次はないようにお願いします。フランちゃんは部屋にいますか?」


「今は書庫で勉学に励んでいらっしゃる」


「頑張っているんですね。レイハルトさんが城にいるのは珍しいですけど、何かあったんですか?忙しいようなら出直しますが……?」


「定期連絡をしていただけだから問題ない」


「それじゃあ、少し時間をもらいますね。人探しをしていまして、少しお力を借りたいというのが本題なんですが、その前に報告を。僕が元いた世界で40人が一斉に行方不明になる事件が起きました。召喚の魔術を発動した日になります。この後話しますが、確認も取れたので、この40人が今回召喚された人になります」

そういえば伝えていなかったなと思い、召喚の魔術が無事発動したことを知らせる。


「覚悟は決まっているが、人攫いになったのも同然だ。やはり、うまくいったと聞いても良い気はしないな」


「仕方ないことです。それに伴った話ですが、少なくとも既に1人脱落して僕達の世界に帰ってきました。その人から話を聞いたので、先ほどの話の確認が取れたということですが、その人から幼馴染の親友も帰還させて欲しいと頼まれました」


「なんとも心苦しい話だ」


「この世界の役割のことを考えると本当は何もしない方がいいのでしょうが、面と向かって頼まれてしまうと流石に断るのもどうかと思ってしまって、期待しないようにと付け加えた上で引き受けました。どうやって帰還させるかに関しては後で考えますが、まずは見つけないことには何も出来ないので、探すのに協力してください」


「協力させてもらう」


「あまり大事にはしたくないので、穏便な方法でお願いします」


「承知した」


「元団長は一緒に召喚された方を殺すことで帰還させていたのですよね?」

横で話を聞いていたルージュさんに聞かれる。

委員長からその辺りの秘密をバラしたことは聞いているので驚くことはなく、僕もルージュさん達がそのことを知っているものとして話をしている。


「そうですね。単純にあっちの世界に転移するという話ではないですが、そういうことです」


「今回もそうするつもりですか?」


「どうやるかはまだ決めてないけど、余程のことがない限りはもう殺しはしないつもりでいるよ」


「やはり元団長でも人を殺し続けるというのは辛いことだったんですね。少し安心しました」


「いや、そんな理由ではなくて、流石に関与しすぎかなと思っているだけだよ。神の選定はちゃんと受けられるようにしようってだけ」


「……元団長は、元団長のままでしたか。残念です」

なんとも失礼なことを言われた気がする。


「勝手な期待を裏切ったところで悪いけど話を戻すよ。探して欲しいのは如月由美という女性で、歳は16です。これが似顔絵です」

委員長と葉月さんに描いてもらった似顔絵を2人に見せる。


「キサラギユミだな。この似顔絵は私の方で預かってもいいか?」


「構いませんよ」

似顔絵は何枚もコピーしてあるので、了承する。


「質のいい紙ですね。どうやって製紙しているのか教えてもらえないか?」

ルージュさんは似顔絵よりも、似顔絵が描かれた紙の方が気になるようだ。


「作り方までは知りませんが、僕のいた世界ではこれは普通の紙です」


「これが普通の紙……」

こっちの世界の紙はわら半紙のようなものが一般的で、真っ白な紙もなくはないが、量産はされておらず高級品だ。

捜索の為の似顔絵を描く為に使うようなものではなく、絵画や大事な契約書に用いられている。


「紙のことは置いておいて、何か分かったら冒険者ギルドに伝言をお願いします。先日アリオスさんにも教えましたが、ブーケルを拠点にアビスという名でDランク冒険者をやっていることになってます。なんでもいいので伝言を残してくれれば、伝言を受け取った時にこうして会いにきますので」


「承知した」


「では、お願いします。フランちゃんに差し入れをして、そのまま帰ります」

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