第269話 帰還者

「急に呼び出して何かと思ったら、その娘だれ?」

学校に通うようなり、担任から内申点が絶望的だと聞かされてから2週間、休日に委員長に昼ごはんを食べにいかないかと誘われ、ファミレスに行くと委員長の他にもう1人知らない女の人がいた。


「紹介するわね。こちら葉月葵さん」

委員長に紹介されて、葉月さんは会釈する。


「ああ、うん。斉藤悠人です。それで、その葉月さんがどうかしたの?」


「少し前に向こうの世界から戻ってきたみたいで、私も以前に向こうに行ってたと気付いて訪ねてきたの」

あの後確認したら、委員長は僕と神下さんのように向こうの世界のことを話すことが出来た。

神下さんは変わらずクラスメイトとしか話せないけど、僕と委員長は誰とでも向こうの世界のことを話せる。


これは、最初に最高神様と交わした制約ではなく、死なずにクリアしたことによる特典かな。


委員長のところに訪ねてきたのは、最後に帰還したからか、クラスのまとめ役だからかのどちらかだろう。


「そうなんだ。それでなんで僕を呼んだの?」


「とりあえず話だけ聞いてもらおうかなって。聞いた上でどうするかは斉藤君に任せるわ」


「まあ、話を聞くくらいはいいけど、協力するとは限らないから、勝手な期待はしないでね」

断りを入れてから話を聞く。


しかし、これからもこうして召喚された人が訪ねてくると考えると嫌になるな。


同じようなニュースが流れているわけだから、少なくとも召喚された人が関係性に気付くのは仕方ないのかも知れないけど、どうにかならないものか。


委員長に僕を巻き込まないように言えばいいのかもしれないけど、流石に全部委員長に押し付けるのもなぁ。


「わかりました。……まだ幼馴染の親友が向こうに取り残されてて、なんとか出来ないですか?」


「僕の話ってどこまでしたの?」

委員長に確認する。


「何も話してないわよ。私には何も出来ないけど、もしかしたら何か出来るかもしれない人がいるって言っただけ」

僕が何も出来ないと断れるようにはしてくれているようだ。


「そう。幼馴染を助けたいのはわかったけど、とりあえず、初めから順を追って説明してくれる?」


「は、はい。すみません。2週間くらい前にニュースになってたんですが知ってますか?高校の1クラスが全員いなくなったってやつです」


「知ってるよ」


「私もそのうちの1人なんですが、実は違う世界に行ってまして、少ないお金とよくわからない力を神様を名乗る男の人から与えられて放り出されたんです」

最高神様なら男の人とは言わずに男の子って言いそうだし、今回の召喚はカディールっていう本来あの世界を管理する神様が担当したのかな……。


「そうなんだ、それで?」


「みんなバラバラのところに飛ばされてしまったんですが、私は運良く商店で働かせて貰えることになって、なんとか生活していたんです。でも、買い出しに行ったところでお金を盗まれてしまって、すぐに気付いて取り返そうとしたらお腹をナイフで刺されていました。それで、目を覚ましたらこっちに……」


「なるほどね」


「警察の人に事情を聞かれたけど、なぜか向こうの世界のことを話すことは出来なくて、そういえば私達と同じようなニュースが前に流れてたなと思って、調べて話をしにきました」


「大体の事情はわかったよ。いくつか聞いていい?」


「はい」


「神様を名乗ってた男の人は大人の男の人?名前は言ってなかった?」


「名前は言ってなかったですが、髪の長い大人の男の人に見えました」

やっぱり最高神様ではないのか。

僕達の時は100年ぶりの召喚だったから、最高神直々に対応したのかもしれないな。


「よくわからない力って、具体的にはどんな力なの?」


「“予測演算”っていうスキルでした。演算能力向上と説明にはありました。パソコンを使った時みたいに難しい計算もパッと出来るスキルだったのかなって思ってます。おかげで商店で雇ってもらえました」

ただの計算にしか使ってなかったみたいだけど、なかなかにぶっ壊れてそうなスキルだな。

予測演算ってことは、条件を定めたりはしないといけなさそうだけど、これから起こり得る未来を高い精度で予測出来たのかもしれない。


ちゃんと使いこなしていたら、盗人に刺されはしなかっただろうに。


「葉月さんはどこの街の近くに飛ばされたの?」


「ブーケルという温泉が有名な街です」


「そっか。葉月さんはどうしてこっちの世界に戻ってこれたか見当はついてる?」


「死んだからです。そうじゃないかなと思ってはいましたが、斉藤さんを待っている間に教えてもらいました」

委員長から説明はされているのか。


「少し委員長と2人で話をしたいから、席を外してもらえる?」


「わかりました……」



一度葉月さんには他の席に移動してもらい、委員長と内緒話をすることにする。


「スキルに関して以外は想定の範囲内の話だったけど、葉月さんの頼みは親友をこっちの世界に戻して欲しいって話だよね?」


「そうね」


「正直面倒なんだけど、葉月さんの答え次第では少しくらいは手を貸してもいいかな。委員長はわかってると思うけど、元の世界に帰してっていうのは幼馴染を殺してって意味になるんだけど、葉月さんはそれをわかって言ってるのかな?」


「見た感じだとわかってないと思うわよ。他に頼れる人もいないから、藁にもすがる思いで私のところに来たのだと思う」


「そうだよね。僕もそんな感じに見えたよ。今回のことに限らず、僕はもう帰還させるために人殺しをするつもりはないんだ。例外はあるかもしれないけど、神の選定って理由があるからね。あまり干渉するのも良くないことになるんじゃないかな」


「そうよね。召喚が行われている事情まで知っていると難しい問題よね。それで、葉月さんには何を聞いて、なんて返ってこれば手を貸すつもりなの?」


「2つ聞こうと思ってて、1つはその幼馴染以外のことは無視でいいのか?もう1つは葉月さんが向こうの世界に戻れるなら、その親友を殺すのか。どちらかだけでもはいと答えたなら、少しくらいの手助けはしてもいいかな。何をするかは考えないといけないけどね」


「……そのくらいは仕方ないわね。自分が咎を背負う覚悟もないのに、人に頼めることでもないわ」


「同意が得られてよかったよ。それじゃあ、葉月さんに話を聞こうか」



葉月さんに戻ってきてもらい、まずは殺人依頼をしていることについて尋ねることにする。


「確かに死ねばこっちの世界に帰れるわけだけど、それをわかった上で幼馴染が取り残されているからどうにかしてほしいっていうのは、幼馴染を殺してくれって言っているようにも聞こえちゃうんだけど、それは理解してる?」


「…………そこまで頭が回ってませんでした。ごめんなさい」


「それは別にいいんだけど、これから2つ質問をするから正直に答えてくれる?その答え次第では微力だけど力を貸してもいいと思ってる」


「本当ですか!?」


「望む答えが帰ってきたらね。それじゃあ1つ目だけど、葉月さんを僕が向こうの世界に送れるとしたら、幼馴染を探して殺すことは出来る?よく考えて答えてね」


「……私が殺さなくても、死んだら帰れると伝えれば由美ちゃんが自分で決めれると思います」


「こっちで僕たち以外に向こうの世界のことを話せないでしょ?向こうでこっちに帰ってきたから知り得たことは話せないよ。それから、質問の答えは幼馴染を殺せるかどうかね」


「…………殺してでも帰してあげたいとは思うけど、多分その時には躊躇してしまって出来ないと思います」

葉月さんはしばらく考えてから返事をする。


「そう。仮に僕が向こうの世界に行くことが出来るとしたら、殺してきてほしい?」


「……はい。斉藤さんには辛い思いをさせてしまいますが、可能ならお願いしたいです」


「なるほど。次の質問ね。帰還させるのは幼馴染だけで、他のクラスメイトは無視でいいよね?」


「………………はい。他の人も助けて欲しいとは思いますが、由美ちゃんだけでもお願いします。出来る限りのお礼もします」


「……お礼って?」

対価を要求するつもりはなかったけど、くれると言うなら気にはなる。


「自慢するつもりではありませんが、私の家も、由美ちゃんの家も父が経営者で裕福です。決して少なくない金額をお支払いします」


「向こうの世界のことを話せないのに、どうやってお金を出してもらうの?」


「お金があれば無事に帰ってくると言えば、理由がわからなくても出してくれます。例え1億だと言われても」

身代金みたいなものか。そうなると、お金を受け取った瞬間に、僕が犯人として誤認逮捕されそうだ。

しかし、大分金持ちではあるようだ。


「お金には困ってないんだよね。親のお金ではなく、僕個人として1億円以上持ってるし」


「斉藤さんが望むなら……この身体で支払います」

躊躇したからか、葉月さんの声が少し大きくなる。

大きいと言っても、今までが他に聞こえないように小声だったので、それに比べてという話ではあるけど。


「声が大きいよ」

他に話が聞こえないように防音のスキルを発動してはいるけど、そのことを葉月さんに説明する気はないので注意しておく。


「ごめんなさい」


「そんな悪者みたいな礼はいらないから。まあ、聞いただけで別に対価はいらないよ。幼馴染の名前と写真を見せてくれる?まずは探さないといけないからね」


「あ、ありがとうございます!」


「確約は出来ないし僕も暇ではないから、あまり期待し過ぎないでね」

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