第242話 閑話 学校
神下さんが帰ってきてからしばらくしたある日、僕は久しぶりに登校していた。
勉学に突然目覚めたわけではなく、担任に呼び出されたからである。
朝のホームルームが始まる前に担任と話だけして帰ろうかと思ったけど、話は放課後にすると言われ、『帰るなよ』と言っているかのような目で見られたので、仕方なく教室へと向かう。
一度は各クラスに振り分けられることで消滅していたクラスは、委員長以外が帰ってきたことで復活していた。
何人かは外に出る事が叶わず、何人かは自宅での勉強を選んでいるので他のクラスよりも人数は少ないが、徐々に出席する人は増えているらしい。
教室に入ると楽しそうな話し声が消え、みんなの視線が僕に集まる。
わかっていたことだ。
不登校のクラスメイトが学校に来ただけでも注目される事なのに、ここにいる内の半分くらいは僕の手で一度命を奪っている。
神下さんを介することで向こうの世界の話は出来る為、委員長が集めていた人が僕に殺されたと思っているか、それとも狩谷君に殺されたと思っているか気になるところだ。
でも今は、それよりも知りたい事がある。
僕の席はどこだろうか……?
「おい、斉藤!面貸せよ」
まだ朝早いこともあり声を掛けやすい人がいない為、自力で席がどこか探していると、木原君に肩を掴まれ声を掛けられる。
大分怒っているようだ。
「木原君、久しぶり。僕の席がどこか知らない?」
何に怒っているのかは考えなくても分かるけど、あれは木原君の自業自得なので、付き合う義理はない。
学校に来ているということは、捕まるようなことはしていなかったという判断をされたみたいだけど、あれだけのことをしてよく学校に来ることが出来るなとは思う。
まあ、自宅学習を選ぶにも親の目は気になるだろうし、学校に来てしまった方が楽なのかもしれないけど。
「ふざけてんじゃねえぞ」
木原くんに胸ぐらを掴まれ、睨まれる。
「離してよ。あれは木原君の自業自得でしょ?自分のスキルの弱点を補う為に薬師さんを利用したのは事実なんだから、そのことを僕が委員長に言ったことで怒るのはお門違いだよ。それとも薬師さんを僕が助けて孤立することになったのを怒ってるのかな?」
「やめろ木原。斉藤も挑発するな」
高木君が木原くんを羽交い締めにして、仲裁に入る。
「別に事実を言っただけで、挑発しているつもりはないんだけど」
「ねえ、斉藤君は向こうの話が出来るの?出来るなら絵梨花が木原を急に嫌悪しだした理由を教えてくれない?」
荒川さんに聞かれる。
荒川さんは確か委員長のところに保護されていた1人だ。
絵梨花ってのは薬師さんのことでいいのかな?
聞いてないってことは、委員長は木原君に話しただけで、他の人には黙っていたということか。
「木原君が薬師さんを支配下において物のような扱いをしてたんだ。薬師さんのおかげもあって木原君は稼げていたのに、助けてやっているんだみたいな感じにね。木原君はまともな食事をして宿に泊まっていたけど、薬師さんの生活は酷いものだった。だから、薬師さんに木原君がいなくても生活できる方法を教えて、木原君との関係を断ち切る手助けをしたんだ。木原君が逆上して薬師さんに襲いかからないように冒険者ギルドの手も借りてね」
荒川さんにあの時のことを教える。
「うわー」
「最低!」
話を聞いていた周りからドン引きする声と非難する声が聞こえる。
反応からして、向こうの世界のことが話せないから薬師さんから糾弾されることはなく、周りから薬師さんに何かしたんだなと思われる程度で済んでいたから学校に来ることが出来ていたんだな。
今にも逃げ出しそうにしているのがその証拠だ。
僕に喧嘩を売らなければ僕から話が広まることもなかったのに、これも自業自得だ。
「狩谷君が私達を殺してくれたから帰ってこれたと思ってるんだけど、その狩谷君は凶悪犯として捕まってるの。なんとか出来ないかな?」
木原君が教室から逃げ出したあと、荒川さんに聞かれる。
委員長がいない今、荒川さんがまとめ役ポジションなのだろうか。
僕が殺したと分かっているなら1人くらい僕のところに説明を求めに来そうだし、予想通り僕に殺されたとは思っていないようだ。
「狩谷君は最後の1人が元の世界に帰れると信じてクラスメイトを殺してただけだよ。結果的に帰ることになっただけで。それから、狩谷君は向こうの世界の人も殺しているから、僕は助ける気にはならないかな。それと、恩着せがましくなるからあまり言いたくないけど、委員長に保護されてた人を殺したのは僕だからね。ちょうどいいから、みんな揃ったらその辺りの経緯を説明するよ。まとめて話せて僕も手間が省けるし。だから、とりあえず僕の席を教えてもらえる?」
どうせここで説明してもまた後でまだ登校してない人に説明する流れになるのだから、窓際の一番後ろという不登校にはもったいないところにあった僕の席に座って待つことにする。
「クオン君が学校にいるなんて珍しいね」
教室に入ってくる人が僕がいることに気付き、他の人に状況を尋ねるという流れを何度か見た後、中貝さんが登校してきて僕に話しかける。
「中貝さん、おはよう。前に立花さんにも言ったんだけど、クオンって呼び方はゲームのキャラ名だから、斉藤って呼んで」
「わかった。それで、なんで学校にいるの?」
「進路のことで先生に呼び出されてね。大事な話だっていうから仕方なく来たよ。話したら帰ろうと思ってたのに放課後まで待てって言われたから、こうして1日が終わるのを待ってるところ」
「進路って、まだ結構先だよね?私もまだどこに行こうか考えてもないよ」
「多分、このまま不登校を続けてると選べる進路が狭まるから学校に来いっていう話なんじゃないかな」
「斉藤君って進学するの?」
「高校くらいは行った方がいい気がするけど、中学と違って不登校だったら進級出来ないと思うから、受験するだけ無駄になりそうだなぁって思ってるよ。中貝さんも大金が入ってたでしょ?全てが終わったら僕の方にもお金は入ってくるはずだから、そしたら働く必要もないし、学歴も必要ないかなって思ってるよ。だから決めるのはその後かな」
「お金があったら生涯ニートを貫くんだ」
「まあ、そうなるね。ニートは嫌だから、投資家を名乗ることにしようかな」
「周りはニートと思うだろうけどね。斉藤君は生涯働かなくてもいいくらい持って帰ってくる予定なの?私の通帳にも驚く額が入ってたけど、働かないって決めるには迷う額ではあったよ。贅沢しなければ全然足りると思うけど」
「桜井君と立花さんから聞いた感じだと金貨1枚を100万円くらいに換算されてるみたいだから、5億円以上にはなるんじゃないかな。オアシス建設に使う予定だったお金も返ってきたし」
「それだけあったら働かなくても生きていけるね」
「そうだね。だから、進路を決めるのは僕の手元に実際に入ってからになるよ。聞きたいんだけど、神下さんは向こうでのことを色々とみんなに説明してないの?さっき、荒川さんに狩谷君を助けたいみたいなことを言われたんだけど」
「話してないと思うよ。えるちゃんが斉藤君みたいに向こうの世界のことを話せるってみんなが知ったら、多分みんなえるちゃんに知りたいことを聞くと思う。でも、えるちゃんは色々と知りすぎちゃってるから、知ってることを話してたら色々と関係がぎくしゃくしちゃうでしょ?知ってるのに黙っているのも感じが悪くなるし、話せること自体言うつもりはないと思う」
さっき木原君が教室から走り去ったばかりだし、神下さんの選択が正しいんだろうな。
「確かに言わない方がよさそうだね」
木原君には悪いけど、次から気を付けよう。
「四葉ちゃんとは何か進展はあった?斉藤君と遊べるようにゲームを買ったのは知ってるけど、それ以上は恥ずかしがって教えてくれないんだよね」
「時間が合う時は一緒にオンラインでゲームはしてるよ。それ以上は立花さんが話して欲しくないみたいだし、僕の口から話すのはやめておくよ」
それ以上なんてほとんどないけど、話さないという意思表示が出来ればそれでいいだろう。
「そっか、残念。向こうでは斉藤君のこと疑っちゃったけど、仲良くなれたとは思ってるから、今度どこかに遊びに行こうね」
中貝さんは自分の席に戻っていく。
その後、未だに戻ってきていない木原君以外の登校しているクラスメイトが揃ったところで、田中君に会いに行った時に神と話したことと、狩谷君の姿に僕が化けていたことだけ説明する。
担任の先生がホームルームの為に入ってくるまでの限られた時間で話せる程度に簡略化して、神下さんを見習って余計なことは話さず、どうしても聞きたいことがあれば個別に聞いてと言っておく。
それから、僕の関係ないことを話すためのパイプ役は面倒だからやらないと明言しておくことも忘れない。
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