第233話 時代の終わり

「レイハルト!そいつを捕まえろ!手足は切り落としても構わぬ。ただし殺すな」

国王がレイハルトさんに命令する。


「お断りします。騎士としてその命令は聞けません」

レイハルトさんが当然断る。


レイハルトさんが毎晩国王の護衛をさせられていることは知っている。


国王は腕輪の力でレイハルトさんを洗脳して言うことを聞かせているつもりかも知れないけど、その腕輪の本質が呪いによるものだとわかっている。


委員長から腕輪の存在を聞いた時点で、洗脳されたらマズい知り合いには、呪いに対して完全耐性を得る十字架の付いた“聖印のペンダント”を渡してあり、ペンダントを外さない限り呪いは効かない。


国王の側で監視が出来るという絶好のポジションだから洗脳されているフリをして言うことを聞いていただけで、レイハルトさんに呪いが掛かっていないのは鑑定の結果でもわかっている。


「何故、余に逆らうことが出来るのだ!」

国王には何が起きているのか理解が追いつかず、ただただ憤慨する。


「レイハルトさんは洗脳されていないという、ただそれだけの話ですよ。籠手の下に一応付けているんですよね?必要なのは国王だけなので、もう1人の方にお返ししたらどうですか?」

国王に簡潔に答えて、レイハルトさんに宰相に腕輪を返すように促す。


「それがいいですね。国宝を借りたままではいけません」

レイハルトさんが籠手を外し、見えなくても律儀に嵌めていた腕輪を取る。


「や、やめろっ!」

そして、腰を抜かして尻をつけたまま後退りする宰相の腕に取り付ける。


「あなたは私の部下が来るまでそこで大人しくしていなさい」


「はい」

レイハルトさんが宰相に命令すると、腕輪を外そうと慌てていた宰相が静かになる。

催眠状態となっていることを鑑定で調べ、演技でないことを確認する。


「さて、国王には聞かなければならないことがあります。拒否権はありませんので、せいぜい話さないように気を確かに持ってください。チャーム!」

国王を幻惑魔法で魅了する。

腕輪を国王に嵌めてもよかったが、自身のスキルで聞き出した情報の方が信用が置けるので、チャームを使った。


問題なく国王が魅了されたので、王国の建国された理由から悪事に関わっている関係者まで、洗いざらい知っていることを白状させ、魔導具を使い記録を残す。



「大体は想定の範囲内ですが、貴族の件と魔王の件はどうしますか?」

国王に無理矢理罪を認めさせるという僕の役割は終えたので、得た情報からどう動くかレイハルトさんに判断を仰ぐ。


「関わっていた者は例外なく処刑する。想定していたより多くの貴族を失うことになり、その者達が治めていた領地含め、国は荒れるだろうが、それを理由に罪を見過ごすわけにはいかない。幸いなことに全ての貴族に国王の息が掛かっていたわけではない。残った者達で早急に立て直しを図る他に道はない」

国王の息子である王子をはじめ、侯爵や伯爵など政治に影響力の大きかった者の多くはこれで処刑されることになる。


他国から侵攻される可能性どころか、内乱が起きる可能性まである。

王国が存続出来るかどうか、ここが踏ん張りどころだ。


「賊が捕まれば処刑されるのは仕方のないことですね」


「君が騒ぎを起こしてくれたおかげで、城の中に騎士が自由に出入り出来る。まずは城の中にいる者を捕らえ情報を遮断する。その後、各地に散らばっている者も捕える。1人たりとも逃すつもりはない」


「想定より規模が大きくなっただけで計画通りですね。それで、魔王の方はどうしますか?この下に眠ってるみたいですよ?」

魔王が城の下で眠っているのは全く想定していなかった話だ。

その場で判断出来る容量を大きく超えている。


「このまま眠らせておくのは、これからも爆弾を抱えたまま生きていくのと変わらない。今は放置するしかないが、力を蓄える為に寝ているチャンスを逃す手はない。作戦を立てて排除する」


「ひとつ僕に案があります。今説明する時間はないので後で話します。国王の首を落とした後、僕はこの世界からいなくなる可能性があるので、実行するならその前に」


「魔王の件はルージュにも話を聞かせるのがいいだろう。事が事だ。頭脳を集めて慎重に決めた方がいい」


「そうですね」


「今は目の前のことに集中する。宰相はここに放置して後で部下に回収させればいいだろう。私は城内を周り騎士達に指示を出してくる。制圧が終わるまで国王と隠れていてくれ」


「わかりました」

レイハルトさんには先に行ってもらい、僕は魅了されて扱いの面倒な国王を連れて、国王の部屋まで移動する。


放った数から考えて、魔物は残っていてもスライムだけだろう。

争う音はほとんど聞こえない。


「そこの椅子に座ってろ。お前は大人しく座っていたほうが魅力的だ」

物理的な距離を取ろうとしても、虎視眈々と抱きつこうとじわじわと距離を詰めてくる国王に離れた椅子に座らせる。



再度争う音が聞こえはじめ、しばらく剣がぶつかる音や、爆発音、叫び声が続いた後、静かになる。


「制圧完了だ」

レイハルトさんが部屋に入ってきて作戦の成功を口にする。


「被害はありますか?」


「非戦闘員に負傷者はいない。近衛兵に負傷させられた者が数名のみで、魔物にやられた者はいない」

城勤めの使用人に被害がなく安心するが、国王を守る直属の兵はやはり強かったようだ。


「死者が出なくてよかったです。生死を彷徨うような傷や、元に戻らない怪我を負った方はいますか?」


「命の危険がある者はいないが、ヘンリーが手を斬り落とされ、ザイルは魔法により全身に深い火傷を負った。2人とも敵が使用人を人質をとった事により負った傷だ。騎士として彼らは私の誇りだが、下劣な行動をとった敵には憤りしかない」


「ヘンリーさんとザイルさんは僕に可能な限りで手当てします。捕まえた者達は地下牢ですか?」


「抵抗せず降伏した者は地下牢に閉じ込めてある。抵抗した者はその限りではない。現在城にいない者を捕まえて終わりです」


「国王と宰相も地下牢に入れたら、みんなで集まって話をまとめようか。この国はこれで滅んだようなものだから、大変なのはここからだね」



城に騎士を数人残してレイハルトさんは騎士団本部へと戻り、僕はヘンリーさんとザイルさんに会いに行く。


「お疲れ様です。使用人を守る為に大怪我を負ったそうですね。レイハルトさんが2人のことを誇りだと言っていました」

城の中に設営した臨時の治療所で横になっているザイルさんと壁にもたれて座っているヘンリーさんに話しかける。


「俺の力が足りていなかっただけだ。情けないことこの上ない」

ザイルさんが悔しそうに言う。


「情けなくなんてないですよ。僕なら自身の身を危険に晒して誰かの盾になるなんて出来ません。騎士として立派に戦った結果です。これから国は確実に荒れますが、ザイルさんとヘンリーさんのような方が騎士として国を守っていれば安心ですね」


「元団長の目は節穴か?この体で何が出来るって言うんだ!俺は片手を失い、ザイルは動くことさえ困難だ。騎士道が何かも分かっていないのに適当なことを言わないでくれ!」

ヘンリーさんが大声を出す。

ザイルさんもヘンリーさんも僕を騎士とは認めていなかった。

反対こそしなかったが、それはレイハルトさんが認めたからであり、僕を認めたわけではない。

僕がその無くなった手を治しにきたと知らないヘンリーさんが怒るのは当然のことで、僕の配慮が足りていなかった。


「静かに。これから起きることは決して口外しないように。ヒール!」

ヘンリーさんに声量を抑えるように言い、ザイルさんに回復魔法を掛ける。


「少し楽になった気がする」

黙って僕とヘンリーさんの会話を聞いていたザイルさんが口を開く。


「後日、火傷が治った後にもう一度治療します。次はヘンリーさんの番です」

“火傷”は状態異常だ。

ザイルさんの火傷はヒールでは治っていないが、体力は回復した。

自然治癒して痛みがなくなった後にもう一度掛ければ火傷跡も消えるだろう。


リキャストタイムが切れてからヘンリーさんにもヒールを掛ける。

魔力をできる限り込めたことで、レベルの高いヘンリーさんの手は一度のヒールで生えた。


「嘘だろ……」

ヘンリーさんが信じられない目で手を見る。


「僕が治したことは極力秘密でお願いします」

国王と敵対することに、騎士団には騎士団の理由があるが、こちらの都合に巻き込んだ面が大きい。

これで犠牲者がいなくなり、巻き込んでしまったことに対する負い目を感じなくて済む。

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