第215話 潜入

王都から出てすぐのところにある森に入る。


入るといっても歩いて数分のところだ。

森の奥深くに出口を作る必要なんてなく、出てきた時に木で隠れられればいいということだろう。


森に入る前に幻影で僕も本格的に姿を変えており、万が一誰かに見つかったとしても、その場を乗り切れれば最悪の結果は避けられるだろう。


「着いたよ。階段になってるから気を付けてね」

地下への隠し扉を開き、ランタンに火を灯す。


王城から続いている地下通路をマップで辿りながら来た時は、隠し扉に鍵が掛かっていないのを確認しただけで終わっており、ここから先は僕も何があるのかわからない。


「走って逃げれるように足元はちゃんと平らになってるけど、あとはただ掘り進めたって感じだね」

反響しないように、声量を抑えて話をする。


「足元が整備されてても、これだけ真っ暗だと少し怖いわね」


「空気の通り穴は所々に空けてあるみたいだけど、光は入ってこないね。もうすぐ日が完全に落ちるからかもしれないけど。時間はまだあるしゆっくり行こうか。挟まれた時の為か横穴がいくつかあるみたいだから、疲れたらそこで休もう」


マップで確認しながらなので、ちゃんと進んでいるのはわかるけど、変わり映えのしない真っ暗な一本道を進んでいく。


「もうすぐ目的地だね。王の私室と繋がっているみたいだから、慎重に進もう。とりあえず僕が隠し部屋に入れるか、中に人がいないか確認してくるから、委員長はここで待ってて、逃げる合図を出したら出口の方に逃げて。僕は城の方に逃げるから」

目の前の階段を登れば、目的地の隠し部屋だ。

万が一の時のための逃げ道だということと、真夜中だということを考えれば誰もいないはずだ。


「気を付けてね」


隠し部屋の扉が見つからないので手探りで探していると、扉は岩に偽装されていた。

ここに部屋があることを知らなければ気付くのは困難を極めただろう。


中に誰かいた場合、誤魔化せる可能性を高めるために国王に姿を変えてから、音を立てないようにゆっくりとノブのレバーを下し、ドアを少し開けて中を覗く。


誰もいないことを確認してから、そろりと中に入る。

確かに神下さんが言っていた通り本があるな。

あとは机と椅子。他には帳簿に……これは議事録か?

表に出せない記録をしまっているということかな。


しかしおかしいな。さらに奥にもう一部屋あるはずなのに扉がない。


とりあえず委員長を呼んで、その辺りも調べてもらうか。


そう思い部屋を出ようとした瞬間、脳内に警告音が鳴る。

バッと振り返ると、一瞬だけど本棚が動くのが見えた。


……なるほど。この本棚は動くのか。

少し引きながらじゃないとスライドしないようになっているとは、この先には本当に見られたらマズい何者かがいるということだな。


本棚を僕が動かしたことで、相手もこちらが中に入ろうとしていることは気付いているだろうが、手荒なことをする場合に委員長がいない今の状況は都合がいいので突入することにする。


「ひゃっ!」

勢いよく本棚を動かし、すぐに戦えるように構えると、中からかわいい声が聞こえ、声をした方に視線を向けると女の子が蹲っていた。


誰だこいつ。


他には誰もいないようだし、こいつがさっき攻撃しようとしたのは間違いないな。


武器らしき物は落ちてないし、持ってもいない。

名前はフラン・フォン・フレイグル


四属性に光と闇、聖魔法のスキルも獲得している。

時空魔法のスキルは空間魔法の上位互換みたいなスキルかな。

まだ子供なのにこれだけの魔法スキルを獲得してるなんて、天性の才でもあるのか?

さっきはこのうちのどれかで攻撃しようとしたんだな。


この名前はどこかで見た気がする。

フレイグルってことは王族なのはわかるが、どこだったか。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」

女の子は蹲ったまま謝り続けている。


いまいち状況がわからないな。

僕は国王の姿になっている。

この子は国王を殺そうとしたのか、それとも僕が国王ではないと気付いたから殺そうとしたのか。

殺すつもりはなくて、攻撃しようとしただけかもしれないけど、重要なのはそこではない。


こいつが敵なのか、それとも味方になりえる人物なのか。


「おい、お前に聞きたいことがある。こっちを向け」

敵とするかどうかこいつの答え次第だ。


「ひゃい。……あれ、ハゲダヌキじゃない」

泣きながらフランちゃんは返事をして顔を上げ、国王からそこらにいそうなおっさんに姿を変えた僕を見て、暴言を吐く。


これでわかった。こいつは国王だと勘違いして攻撃しようとしたんだな。


「国王のことをハゲダヌキと呼んでいるのか?」


「え、いや、あの、違います。そ、そんなことよりも、あなたは誰ですか?」


「先に自分が名乗るのが礼儀じゃないのか?」


「……私はアイラといいます」

フランちゃんは偽名を言う。


「じゃあ、俺はライアだ」


「じゃあって何なの?それにライアなんてふざけてるの?」

ライアはこの世界では女に多い名前だ。しかもさっきの偽名を逆さにしただけでなんの捻りもない。


「偽名に偽名で返したらダメなのか?」


「……フラン」

観念したように本名を答える。


「そうか。俺は名乗るつもりはない」


「ひどい!」


「お前がフラン・フォン・フレイグルだということは知っている。知らない情報が欲しいと言うなら、俺の知らない情報を出さないとフェアじゃないと思わないか?」


「なんで私のこと知ってるの?」

知ってたらおかしい人物なのか?


「知っていて何がおかしい」


「だって私は死んだことになってるはずだから」

……面倒なことに巻き込まれたか。


委員長が外で何かあったのかと心配しているだろうし、どうするのか早く決めた方がいいな。


この子と関わるなら沼にハマる覚悟が必要だし、関わらないならさっきの部屋にあった物を根こそぎストレージに入れて持ち去るかどうか決めないといけない。


「もしかして助けに来てくれたの?」

どうしようか迷っていると、フランちゃんに選択を迫られる。

敵ではないと思っていいのか?

敵ではなくても、こんなところにいて時空魔法が使える時点で、目的の人物の可能性が高いんだよな。


「それに答える前に聞かなければならないことがある。なんでお前は死んだことにされてここにいるんだ?こちらの得ている情報が正しいとは限らないからな。答えてくれ」

当然フランちゃんの情報なんて、どこかで名前を見たなくらいにしか持ってないわけだけど、こう聞けば話してはいけないことも話してくれるかもしれない。


「一年くらい前に禁忌とされる魔術を発動させて、それが失敗したからその責任を取る為に処刑されることになって……まだ利用価値があるからってここにずっと閉じ込められてる」

一年位前なら時期としておかしくはないな。

そうだとしたら、神が奪ったことでこちらでは失敗したと思われていたってことか。


「その魔術というのは?」


「本当にあるのかわからないけど、他の時空から人を呼び寄せる魔術です」

やっぱりそうか。


「何の為に呼び寄せたんだ?」


「国王様は国を豊かにするためだって言ってました」


「なるほどね。仮に成功していたとして、どうやったら呼んだ人を元の世界に帰すことが出来るかわかっていたのか?それとも、身勝手に呼びつけてそのまま帰す気がなかったのか?」


「術式の核は私です。この世界に無い知識、技術をご教授頂いた後は、私の命を持って帰還する予定になってました」


「死ぬのが怖くないのか?」


「怖いです。でも、あの時はそれが正しいことだと思ってました。国の為に命を捧げるのも王族として生まれた私の定めだと」


「今は違うのか?」


「違います。国王様は国を豊かにしようなんて思ってない」

ネロ君の占いでも力を手に入れるためだって言ってたからね。

領土の拡大でもしようとしていたんだろう。


しかし、力を手に入れようとしていた人物が召喚者とは別だというのは想定外だな。

フランちゃんを殺して委員長を帰すのは心が痛む。


神の提案を飲まなかったのは正解だった。

他の方法が見つけられなければフランちゃんを殺すしか選択肢がなくなる。

神は僕にフランちゃんを殺させたいのか?


「外に仲間を待たせている。少し待ってろ」

委員長に説明して判断を丸投げするか。

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