第214話 提案

夕方まで仮眠をとって、委員長が泊まっている宿屋の前に行く。

僕も少し変装しているけど、まだ幻影のスキルは使っていない。

無駄に魔力を使いたくないからだ。


宿屋の近くに女性に話しかけられている整った顔の男性がいるが、委員長の姿はない。

まだ部屋にいるのだろう。宿屋の中には入らずに、男性とは少し距離をとって待つ。


「クオン君、私よ」

そう思っていると近くにいた男性が女性の誘いを断り、僕に声を掛ける。

美人は男装してもモテるのか。


「全然気付かなかったよ。これ被って」

委員長に帽子を渡す。これが委員長だとは誰も思わないだろうけど、少し外にいるだけで逆ナンされるほどの美形というのは困る。


「ありがとう」

委員長は帽子を深めに被る。


「それじゃあ行こうか」


隠し通路の出口がある森へと進む。


「さっき女の人に声を掛けられていたけど、声で女だってバレなかったの?」

歩きながら気になっていたことを尋ねる。


「一応声は低くして喋っていたけど、気付かれてたかはわからないわね。ただ、結構しつこかったから、気付かれてたなら見た目が男なら実際には女でもいいってことになるよね?」


「それもそうか。男にしか見えないけど、元々そういう趣味があったりするの?答えたくなければ無視してくれていいよ」


「男装なんてしたことないわよ。メイクしている間に楽しくなってきて、気合いが入り過ぎたのは認めるけど」

委員長自身もやり過ぎたとは思っているようだ。

自意識過剰とも取れる発言だけど、結果が伴っているので反論しにくい。


「委員長はモテるでしょ?誰かと付き合ってたりしないの?」

好奇心が大半だけど、相手がいるならずっと離れ離れというのも可哀想だなとふと思ったので聞いてみる。

昨日、神下さんとそんな話をしたから聞きたくなったのかもしれない。


「あまり自分で言いたくはないけど、告白されたことは何度もあるわよ。全部断ったけどね」


「そうなんだ。それじゃあ彼氏はいないんだね。気分を害したら謝るけど、誰とも付き合わない理由でもあるの?」


「私の好きなタイプではないから断っただけよ。特に深い理由はないわ」


「好きなタイプって?例えば桜井君とかは?」


「そうね。桜井君は素敵だと思うわ」

委員長は桜井君でも不服のようだ。


「桜井君でもダメなんて委員長の理想は相当高いみたいだね。まあ、理想が高いというよりは誰かと付き合うつもりがないってことかな」


「付き合うつもりがないというよりは自分の時間を害されたくないって言った方が正しいわね。だから、告白してくるようなアクティブな人は遠慮したいってことかな。クオン君はどうなの?立花さんと付き合わないの?」


「ヨツバは死んでしまったから付き合うことは出来ないよ」


「その設定はどうしても守らないといけないの?正直、話が進まないから面倒なんだけど。狩谷君のせいにしてクラスメイトを殺したことを認めたみたいにこれも認めてくれない?」

大事なところを知らない委員長はこう言うけど、クラスメイトのことを話したのは僕の意思で、死んだら帰れることを言わないのは僕の意思ではない。


僕の方が面倒だと思っていると横を歩いていた委員長がピタッと止まる。


またか……。


「何かありましたか?」

僕はいつの間にか現れた神様に聞く。

今は何もルールに抵触しそうなことはしていない。


「死ねば帰れることはこの子にも気付かれているみたいだから、話してもいいことにしてあげようと思ってね」


「どこまで話してもいいんですか?」


「そうだね……こっちの世界での行いが反映されること以外なら話してもいいよ」

ほとんど全て話していいということか。


「わかりました」


「ただし、違う条件を飲んでもらえるならだよ」

やっぱりいい話だけではなかった。


「条件とはなんですか?」


「死んでも元の世界には帰れないというだけの条件だよ。殺さないことにしたみたいだし、悪くない条件じゃないかな?」

死んでも帰れなくなったなら、今までは死んだら帰れていたと話してもいいというのは、おかしくはない話だ。


「そんな条件をこのタイミングで言う理由を聞いてもいいですか?」


「僕にとってその方が都合がいいからだよ」

条件としては釣り合っていない気がするけど、委員長に秘密を話しても良くなるのは大きい。


「死んだらそれで終わりですか?」


「死んでもこの世界で生き返るようにしてあげるよ。生き返る場所がこの世界になるだけ」


「何回でもですか?」


「体の準備にはある程度時間が掛かるからね。準備が終わる前に死んだら、復活までには時間が掛かるよ。その間は何も出来ずにフヨフヨと彷徨うことになるだけ」


「この条件は飲めないということで、断ってもいいんですか?」


「無理強いするつもりはないよ」

強制する気はないと。


「死ぬ以外の帰る方法がどれだけあるか聞いてもいいですか?」


「君達が取れる手段としては3つ……いや、4つかな」

結構あるな。

そうなると悩むな。


「少し考えさせてください」

すぐに答えが出ないので時間が欲しいと伝える。


「見ての通り時間は止まっているから、ゆっくり考えていいよ」

この場で決めろということか。


条件がどうのというより、このタイミングで神様がルールの変更を言いにきたことが気になる。

しかし、さっきの回答を聞く限りでは詳しいことを教えてはくれないだろう。

神様的にはルールを変更したいみたいだけど、強制しないということはそこまで重要なことではないのか、それとも判断を僕に丸投げしただけか。

本当は強制したいけど、強制出来ない理由があるという可能性も考えられるな。


今から隠し部屋に行くのだから、それに関係しているということかな。


神下さんから変質した神力というのを回収していたことを考えると、この神様は未来が視えててもおかしくないんだよなぁ。


未来が視えていると仮定して、断った場合は何も変化が無いようで、この問答自体に意味があるのかもしれない。


「いくら神である僕でも、確定していない未来を知ることなんて出来ないよ」

神様が僕の心を読んで答える。

確定していないだけで先のことは知り得るということだろう。

これはネロ君の占いも同じことが言えるので特に驚くことではない。


「ありがたい提案でしたが、このままでお願いします」


「それは残念だけど、君がそう決めたなら仕方ないね」


神様が何をしたかったのかわからないまま、神様の姿は消え、止まっていた時が動き出す。


「ねえ、またクオン君がブレた気がするんだけど、何かした?」


「僕は何もしてないよ。それから、認めるもなにも僕はそんなこと知らないから」


「クオン君“は”何もしてないのね。話は変わるけど、今はどこに向かってるの?王城から大分離れているけど」

委員長はどこまで思考を巡らせているのだろうか。


「近くの森に向かってるよ。王族が隠れて王都の外まで逃げる為の隠し通路の出口があるからね。前もって扉が隠されているのは確認しているから心配は不要だよ。扉の中までは入ってないから、その先がどうなってるのかわからないけどね」


「その辺りのことでクオン君を疑ってはいないわよ。どこに向かってるのか気になったから聞いただけ」


「僕が森に誘い出して委員長を殺そうとしているとは思わないんだ」


「立花さん程じゃないけど、クオン君のことは理解したつもりよ。殺さないって言っておいてすぐに殺すなんてことはしないでしょ?クオン君にとって不測の事態でも起きない限りはね」

確かにそんな騙し討ちみたいなやり方は選ばないけど、その自信はどこから来るのだろう。


ヨツバといい、委員長といい、そんなに僕はわかりやすいのかな……。

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