第204話 マーリン

「何も起きませんね。壊れているのでしょうか?」

デイルさんは何度か魔力を込めて、使えないことを確認してから、火の杖を返しながら言った。


「失礼ですが、デイルさんは魔法のスキルをお持ちですか?」

持っていないのは確認した上で聞く。


「いえ、獲得していません」


「実は、この杖は使用者を選ぶのです。僕はこのように使用することが出来ます」

デイルさんに説明してから、火の杖に魔力を込めて炎の壁を作り出す。

壁といっても、畳一畳分くらいのサイズで、厚みもない。

火傷を覚悟で通り抜けることも出来るだろう。


「そんな……。ありえません」

デイルさんが驚愕する。

先程自分が発動出来なかったことを僕が簡単に発動したからではなく、杖から離れたところに炎の壁が出来たからだ。


この世界の人は自身の魔力を魔法として発動するので、自身の体に接しているところを起点としないと魔法を発動出来ない。

それは魔導具でも同じで、魔導具が媒体になるだけで、必ず魔導具から事象が起こる。

デイルさんは杖の先から炎が出て壁を形成すると思っていたはずだ。

それが、少しではあっても離れたところに急に壁が形成されれば驚くのも無理はない。


僕もこの事実を知ってからは、信頼出来る相手の前以外では手の平から魔法を放つように気を付けている。


「この杖を見つけた時に僕も驚きました。もしかしたら、見えないだけで杖から炎が出ているのかも知れませんが、僕には調べるだけの知識も経験もありません。実戦に使うには心許ないので、倉庫に眠ってもらうしかありません。それはもったいないので、これを機に専門家に譲ろうと思った次第です」

僕は耳触りのいい言葉を適当に並べて説明する。


「少し時間をください」

そう言ってデイルさんは試験場を出ていき、男の人を連れて戻ってきた。


「こちらの者に使わせてみてもよろしいでしょうか?」


「どうぞ」


デイルさんが水魔法と風魔法を習得している男の人に火の杖を使わせる。

すると、先程と同じように炎の壁が形成された。

この人は魔法使いのカテゴリにカウントされたようだ。


「おおぉ!素晴らしい。本当にこれを頂いてもよろしいのでしょうか?」

デイルさんは少し興奮気味だ。


「はい。支部長に渡してください。対価ではありませんが、先程の魔導具の件よろしくお願いします。作って頂けるのであれば、冒険者ギルドまでお願いします」

騎士はこの後辞める予定なので、冒険者ギルドの方に連絡をしてもらうように頼む。

この様子だと、デイルさんからマーリンさんに悪くない形で話はいくはずだ。


「その必要はない。デイル!貴様の目は節穴かっ!」

急な大声にビクッとしながら振り向くと、マーリンさんがいた。

マーリンさんだけでなく、工房の方にいた人がみんな作業を止めてこちらを見にきている。


「支部長、この杖の特異性は私も理解しております。騎士団長様よりお譲り頂けるとのお言葉も頂いております」


「そんなことではない!ここでは落ち着いて話は出来ないか……。そこのお前、ついて来い。デイル、お前もだ。詳しく話を聞かせろ」

40後半くらいだろうか……。歳は重ねていそうだけど、サラボナさんの言っていた通りきれいな人だ。

ただ、第一印象はお姉さんではなく親方だ。


何に対してマーリンさんがデイルさんに怒っているのか知らないけど、話を聞いてもらえるみたいだし、ラッキーだな。


「適当に座れ」

また応接室にでも行くと思っていたけど、連れてこられたのは、工房の中にある部屋だ。

休憩室というよりも、倉庫といった方が近いかもしれない。


座れと言われても椅子はないので、適当な木箱の上に腰掛ける。


「お前、名前は?知っていると思うが、私はこの支部を任されているマーリンだ」


「クオンといいます」


「デイル、経緯を説明しろ」

マーリンさんに言われて、デイルさんが僕が訪ねてきたところから順に説明する。


「ほう。お前が噂の騎士団長か。いくつか答えれば魔導具は作ってやる」

僕のことを知ってはいたようだ。


「何でしょうか?」


「あの杖はどうやって手に入れた?」


「先程、デイルさんがダンジョンで拾ったと説明していましたよ」


「あんな物がダンジョンに転がっているわけがないだろう。聞き方を変えようか。どうやって作った?」

僕が作ったと何故かバレているようだ。

それらしいスキルを持っているわけでもないし、なんでバレたんだ……?


「言っている意味がわかりません」

認めれば面倒なことになるのが目に見えているので否定する。


「知っているか?人は誰でも嘘を吐く時に、表情に多少の変化が出る。表情に出ないように気を付けても、それがおかしく見えるものだ」

なるほど。実際に僕が作ったと気付いているわけではなく、カマをかけてきたということか。


「そうなんですね。でも、僕がその杖の作成者というのは間違ってますよ。拾っただけです」

自身の幻影を自分自身に被せてから返事をする。

これで、表情を読まれることはない。


「どこのダンジョンで拾ったんだ?」

マーリンさんにこちらを睨み気味に聞かれる。


「魔法学院のダンジョンです。もしかしたら、生徒か教員が落としたのかもしれませんね。まあ、ダンジョンで見つけた物は拾った人に所有権があるはずなので、トラブルにはならないはずですよ」

幻影にニコッと笑わせながら答える。


「……言いたくないならそれでもいい。だから、そのふざけた顔をやめろ」

僕の笑顔は人を不快にさせるようだ。


「ふざけているつもりはなかったですけど、わかりました」


「次の質問だ。メルダンの娘を治したのはお前だな?」

杖のことはもういいようだ。


「メルダンって誰ですか?」

それらしき人に心当たりはあるが、その人の名前を知らないので確認する。


「ザングの領主だ。騎士団長のお前がなんで知らない?」

貴族の名前くらいは知っていて当然なのだろう。


「あの人がメルダンさんなんですね。確かに僕の持っていた秘薬で治しましたよ。それから、貴族の名前を知らないのは、騎士になって日が浅いというのもありますが、貴族に興味がないからです」

これは調べればわかってしまうことなので、素直に認めることにする。


「秘薬もダンジョンで拾ったのだったな?」


「はい、そうです。誰かが野営でもした後にしまい忘れたんだな、ラッキー!と思って拾ったポーションがまさか失った足が生えてくる程のものだったなんて驚きです」


「なぜそれがポーションだと思ったんだ?毒かもしれないだろ?それともお前は、得体の知れないものを領主の娘に飲ませたのか?」


「拾った時に一舐めしたんです。そしたら、切り傷が治ったのでポーションなんだなと」


「未知の杖に、奇跡を起こす秘薬。2つもダンジョンで拾うなんて、自分で言っていておかしいとは思わないのか?」


「僕は運がいいようですね」


「最後の質問だ。なんで急に嘘が上手くなった?」


「元々嘘なんて吐いていませんので、答えかねます」


「いいだろう、その杖を寄越した礼に声を変える魔導具を作ってやる」


「助かります。どのくらい掛かりますか?」


「元々、声を変える魔導具は作ったことがある。違うのは、特定の人物の声を出すというだけだ。その機能を付け加えて調整するだけだから、10日もあれば完成する」

思ったより早いな。


「わかりました」


「“また”ダンジョンで面白いものを拾ったら持って来い。代わりに望むものを作ってやる」


「そんな簡単に拾うことなんてないと思いますが、もしも拾ったら持ってきます。僕が要らないものであればですが……」

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