第190話 方針転換

詰所を出た後、他にやることはないのでそのまま待ち合わせ場所にした酒場に入る。

個室を別料金を払って借り、後から2人来ると店員に伝えておく。


「それじゃあ、さっきの人とその友人が来るまで時間が掛かるだろうから先に始めてようか。僕の奢りだから、気にせず注文してね」


「ご馳走になります。一つ聞きたいのですが、兵長に話を通さなかったのは、先程言っていた理由からなんですか?」

エドガードさんに聞かれる。


「あれが大体の理由だけど、兵長が悪事にどっぷりと関与しているならそれを利用しようかと思ってね。協力者相手なら口を滑らせるかもしれないでしょ?」


「なるほど。屋敷の者と接触するのも同じ理由ですね」


「表向きには子爵を潰すと言ったけど、今回の本当の目的はネロ君に恩を売ることだからね。別に子爵を潰すことに何も躊躇することはないんだけど、それをすると騒ぎが大きくなるから、穏便に済ませられるならその方が良いとは思っているんだよ。本当に潰しちゃうとこの領地を次に誰が治めることになるかとか、面倒が増えるからね。そのつもりでよろしくね。まあ、みんなの力を借りるような状況になっている時点で、穏便には済まなくなっていると思うけどね」


「承知しました」



コンコン。「失礼します」

しばらく食事を楽しんでいると、先程の衛兵と女性が入ってきた。

女性は多少震えているように見える。緊張しているようだ。


勝手に友人というのは男だと思っていた。

僕より背は少し高いし、問題ないか。


「初めまして。第1騎士団団長、クオンといいます。こちらの方に無理なお願いをして、あなたを紹介してもらうことになりました。話は聞いているかも知れませんが、悪いようにはしないと約束しますので、どうか任務にご協力ください」


「……はい。私はルイナと申します」


「ルイナさんですね。ご協力ありがとうございます。先にこちらも飲んでいますので、ルイナさん達も遠慮せずに飲んで下さい」


「……」


チリリ〜ン!

「失礼致します」

ベルを鳴らして店員を呼ぶ。


「エールと果実酒と蜂蜜酒を2杯ずつと果実のジュースを2杯お願いします。それから、先程の肉を焼いてください」

遠慮しているようなので、勝手に注文する。

飲まなかったやつはエドガードさん達が飲むだろうし、飲まなくてもストレージにしまっておけばいい。


「ご注文承りました」

店員が一礼して部屋から出て行く。

個室代が銀貨3枚と高かっただけあって、酒場ではないような対応だな。

持ち込んだ食材も調理してくれるし。



「飲み食いしながらで結構なので、色々とお話を聞かせてください」

料理が揃ったところで話を始める。


「はい」


「率直に聞きますが、子爵は悪事に手を染めてはいないですか?何か怪しいことでもあれば教えてください。ご存じだとは思いますが、知っていて黙っていた場合、あなたも罪に問われる可能性はあります」


「……心当たりはありません」

ルイナさんが少し考えた後答える。

嘘は言っていないように見える。


「ここに来る途中、子爵の屋敷で働きに村を出た娘と連絡が取れなくなったという人に出会いました。それについては何か知りませんか?」


「確かに以前衛兵の方が屋敷の捜索に来られたことはありますが、旦那様はお怒りになられていたので、間違いだったのだと思っていました」


「誰か急に辞めた人はいませんか?」


「私の知る限りではいません。旦那様は使用人に対しても、家族のように接してくれます。給金も高いので、辞める人はいません。辞めさせられた人はいますが、急にというわけではなかったです」

ルイナさんから聞く子爵が想像と大分違うな。


「子爵は純血派だと聞いてますが、使用人に対してそのような対応をされるんですか?」


「旦那様は差別的な思想はお持ちではありません。マルルーク伯爵との関係を考えて純血派の派閥に入られたと記憶しています」

なるほど。魔法都市の領主であるマルルーク伯爵との関係を良好にしたかったというだけか。

魔法の研究に熱心のようだし、ありえる話だな。


「子爵の子供についてはどうですか?」

当主に悪い話が出てこないので、当事者の方のことを聞くことにする。


「カラム様も私達に対して優しく接してくれます。今日も転んで怪我をした私の傷を治癒魔法で癒してくれました」


「カラムというのは、1番上の息子だよね?」

何も知らなすぎると思われるのもどうかと思ったので、知っている程で話す。


「はい。次期当主であられるカラム様です」


「他の子供は?」


「シルフィウネ様はご結婚されて屋敷を出ましたので、今どうしているかは分かりませんが、お屋敷に住まわれていた時は、お茶をご馳走になる時もありました」

良い話しか出てこないな。


「クロウトって息子のことは?」


「クロウト様は魔法の才能に恵まれており、その才能はカラム様を凌ぐそうです。次期当主はカラム様で決まっていますので、自らが功績を立てて貴族となれるように魔法学院に通わせていると記憶しています」


「本人に会ったことは?」


「もちろんありますが、お忙しい方ですのでお話をしたことはありません」

これはあれだな。クロウトって奴だけが馬鹿だったというパターンだな。

あまり人の上に立つような人物に育たなかったのだろう。

だから魔法学院に預けて、更生を促したといったところか。

子爵が悪事を働いていないという証拠にはならないけど、話を聞く限りだと極悪人ではなさそうだ。


「ありがとう。良い話が聞けたよ。一つお願いがあるんだけど、ルイナさんは屋敷で寝泊まりしているのかな?」


「いえ、旦那と子供もいますので自宅から通わせていただいています」


「ルイナさんの仕事の大まかな流れを教えてください」



「それじゃあ明日1日でいいので、無断で仕事を休んで、家から出ないで下さい」

ルイナさんの仕事の詳細を聞けたので、明日は屋敷に来ないようにしてもらう。


「そんなことをすれば、旦那様に叱られ、信用を失ってしまいます。休むにしても連絡はさせてください」


「悪いようにはしないと約束しますので、ご協力お願いします」


「……わかりました」


「事の顛末はご説明しますので、明日の同じ時間にまたここに来て下さい。まだ口を付けていないみたいですが、そのお肉は美味しいと評判なんです。明日も用意しますので、お子さんと旦那さんを連れてきてください。何があったのかの説明だけしたら僕達は帰りますので、家族で食事を楽しんで下さい」


「……ありがとうございます」


「お礼を言うのは協力頂いているこちらの方です。それでは、僕達は先に帰ります。お代は先に多めに払っておきますので、遠慮せずに注文してもらって大丈夫です。遠慮して注文しなくても、多めに払った分を返してもらうわけじゃないからね」


チリリ〜ン!

「失礼致します」


「僕達は先に帰ります。また明日も来ますので、同じ時間に2部屋個室を空けといてください。彼女達はもう少し食事をしてから帰ります。多めに払っておきますので、皿が空いていたら追加で料理と飲み物を出してください」

店員に大銀貨を2枚渡す。


「頂戴致しました。お待ちしております」

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