第168話 置き土産

桜井君の家に行き、桜井君の部屋に入れてもらう。


「色々と聞きたいことがあるんだけど、とりあえずあの手紙は何?」

僕は桜井君に確認する。


「前に警察に疑わられてるって言ってただろ?だから、俺からは会いに行かないから、何かあるなら会いにきてくれってことだよ」

会いに行くのも疑われるから、出来ることなら来て欲しかったけど、そこまで求めたらいけないか。

気を使ってくれた結果だ。


「それはいいんだけど、なんで自分が殺された場合を想定した内容が書かれているの?殺されるって分かってたってことだよね?」

手紙は2枚入っており、1枚は帰還についての感謝の手紙。

そこに警察の疑惑が大きくならないように俺からは会いに行かないと書いてあった。


そして、もう1枚には殺されたとしても恨まないと書かれていた。


「考えれば考える程、お前がみんなを殺したと思えてきたからだ。狩谷を相手にした時にお前の姿が重なった」

桜井君とは戦い方を教える為に模擬戦をやり過ぎたかな……。


「ならなんで逃げなかったの?」


「自分の感覚を信じるか、兵長の感覚を信じるか迷って、兵長を信じることにした。それに、ハロルドさんに別れを言わせてくれたからな。だからお前を信じることにした」


「それで僕を信じて魔法陣に乗って殺されたと」


「そういうことだ。殺されたとしても何か理由があるんだろうってことで予め手紙を書いておいた。そう思っていたんだが、結局、平松さんが殺されるのを見て冷静ではいられなくなっちまった。頭では信じようと思っていたはずなんだがな。死んだら元の世界に帰れるんじゃないかと考えた事もあったが、なんで言わなかったんだ?言ってくれれば協力したのに」


僕は桜井君に神とのやりとりを説明する。


「面倒なことになってたんだな」


「それと、桜井君が僕に協力して誰かを殺してたら、今頃警察のお世話になってるよ。あっちの世界でやったことはこっちの世界で似た形で反映されるから。狩谷君とか悲惨だよね。僕は神に許されてるから問題ないはずだけど、桜井君は違うからね。なんにせよ桜井君にやらせる事はなかったよ」


「……それで思い出した。俺の通帳に1億入ってるんだが、それもそのせいか?親に聞いたら前から入ってたって言うんだ。そんなわけないのに」


「ギルドに金貨をたくさん預けてたからだろうね。向こうで稼げばこっちの世界で金持ちになれるとも言ってたよ。良かったね」


「良くねえよ。それってお前の金だろ?その話だとこれは俺の金じゃない」


「僕はお金を分けてるから、それは桜井君のお金で合ってるよ。本当なら4等分するところを桜井君が1割しか受け取らなかっただけ。いつか使うかもしれないし持っておいたら?嫌なら使わなければいいだけだよ」


「使わないから返すよ。向こうの世界と違って奴隷になったクラスメイトを金で買い戻す事もないだろ?」


「それは本当にやめて。富豪の子供でもない桜井君が1億円持ってても周りが普通なのはなんでか考えてみてよ。何かしら神の力が働いているはずだよ。でも、そのお金を僕に渡すとどうなると思う?クラスメイトにいきなり1億渡すヤバいやつだよ。それは桜井君が抱えるしかないものだから諦めて。将来、結婚でもした時にパーっと使ったら?長いこと違う世界に連れ去られていたわけだから、神からの慰謝料とでも思っておくのがいいと思うけど……」


「……確かにそうだな。どうするかは考えるとして、お前に返すわけにはいかないか。変な置き土産を残しやがって、あの時何としてでも受け取らなければよかった」


「必要だと思って善意で渡したやつだから許してね」


「怒ってはない。困っているだけだ。それで、残りの人はどうするんだ?戻ってないのはお前を除けば後4人だけだろ?」


「委員長は参謀の仕事に区切りを付けてから帰りたいみたいだから、その後に帰ってもらうことにするよ。その間に、個人的に委員長の知恵を借りたいこともあるから、手伝ってもらおうかと思ってるよ。ヨツバとイロハは神下さん次第かな。さっき殺すには敵対する必要があるって話をしたでしょ?神下さんは死ねば帰れることを知ってると思うから、敵対するのが難しいんだよね。殺すぞ!って言っても、元の世界に帰すって意味になっちゃうから。神下さんを殺したらヨツバとイロハも殺すつもりだよ。帰るなら一緒がいいって言ってたからね」


「俺と平松さんはすぐに帰りたいって手を挙げたから殺されたわけか」


「そうだよ。僕は帰りたがっている人を帰しているだけだからね。桜井君が手を挙げなければ、平松さんだけを殺してたよ。そもそも、桜井君が助けてしまっただけで、平松さんも他の人と一緒に殺すつもりだったんだから」


「真実を知ると平松さんには悪いことをしたな」


「知らなかったんだから仕方ないよ」


「立花さんはこのことを知ってるのか?」


「ヨツバは僕がみんなを殺していることは知ってるよ。だけど、なんで殺しているのかは知らないね。だから、僕と一緒に行動する理由がわからないよ。初めは僕がみんなを殺すのを止めるって言ってたんだけど、今は止めるつもりも無くなったみたいだし本当に謎だね。逆の立場なら、僕は衛兵に突き出すか逃げるんだけどね」


「それ、立花さんに言ったら怒るぞ」


「怒られる気はするから言わないよ。ヨツバが僕をそこまで信頼する理由がわからないってだけ」


「……立花さんが可哀想だ。言っておいた方がいいと思うから言うけど、中貝さんはお前がみんなを殺したんじゃないかって疑ってる。堀田を殺した時に怪しかったみたいだな。中貝さんからお前がみんなを殺してるかもしれないって相談を受けてた」


「あー、やっぱり。そんな気はしてたよ」


「気づいてたのか?」


「みんなで話してるのに、ヨツバを名指しで聞いてた時があったでしょ?ああいう時は、僕か桜井君がメインで話してたから、僕か桜井君を名指ししたなら違和感は感じなかったと思うけど、なんでヨツバに聞いたのかなとは思ったよ。僕には分からないけど、ヨツバは隠していることが顔に出てたりしてたんじゃないかな」


「わかってて一緒に行動してるとかお前も相当だな」


「イロハを殺す時に敵対しやすいから、それはそれでちょうどいいかなって思ってるよ。それに僕はイロハの行動を制限してないからね。僕が怖いから別行動するって言えば追わないし、一緒に行動するって言えばパーティに入れておく。それだけだよ。他に言いふらしたりするようなら致命的に困るから口封じのために殺したかもしれないけど、そんな様子はなかったから放置でいいかなって」


「神下さんが探している人は分かっているのか?この状況からすると、天使を殺せる人間を神下さんは探してるってことだろ?」


「それなんだけど、見当は付いてるよ。見当がっていうよりも僕だね。それともう1人出来そうな人は知ってるけど、神下さんの出方次第でどうしようか考えてるよ。実は魔法都市で神下さんに会ったんだよ。でも、殺して欲しいって頼まれてしまったから断ったんだ。敵対しないと殺せないからね。それを言うことも出来ないから、それとなくヒントを出しておいたけど、気付いてくれればいいなって思ってるよ」


「スキルの事とかお前が羨ましいと少し思っていたが、そんなことはなかった。お前が動いてなかったらまだ結構な人が帰れてなかったと思う。俺が同じ境遇だったらプレッシャーで押し潰されそうだ。狩谷が暴走していたが、委員長が集めた人を狩谷には殺せなかった。そうなると寿命で死ぬまで帰れなかった可能性が高い」


「桜井君はそういうけど、僕はそこまで考えてないよ。前にヨツバにも言ったんだけど、あの世界ってやることが無いんだよ。ゲームなら魔王を倒すとか、姫を助けるとか、街を発展させるとか、何かやることが設定されていて、その目的を達成する為に色々と試行錯誤するわけだけど、なんの説明もなく急に放り出されたからね。クラスメイトを殺すっていうのはちょうどいい目的なんだよ。ゲームでいうならメインクエストだね。前に鈴原さんにも似たようなことを言われたけどプレッシャーはないよ」


「それがよかったのかもな。プレッシャーでガチガチだったら、俺も疑心暗鬼じゃなくてお前が殺しをしているって確信出来ただろうからな。そうなったら良くも悪くも結果は変わってただろう。中貝さんから相談を受けた時も、クオンが殺してると思うって答えただろう」


「それならそれで、面白い展開になった気はするけどね」


「そんなこと言っておいて、ここでヘマしてお前を信じてた立花さんだけ帰れないみたいなことにはするなよ。神下さんもだけど、立花さんと敵対するのは大変だろ?どうやるつもりかはわからないが、頑張れよ」


「もちろんそんなことにはしないつもりだけど、委員長もいるから一生帰れないなんてことにはならないと思うよ。それに、順調に進みすぎてることを考えると、元々あの世界に監禁し続けるつもりは無いんじゃないかな。こんなこと言うと他の人から恨みを買いそうだけど、あの神って思ってるよりは良い神だよ。僕達で楽しんでるだけなら、こっちで生き返らせる必要はないからね。何か他に目的はあるんだろうけど、僕達のことを何も考えてないわけでは無さそうだよ。狩谷君とか田中君とかは悲惨だけど、桜井君はお金持ちになれたわけでしょ?桜井君が欲しかったかは別としても、全てが悪いわけではないよ。それに、桜井君はあの世界に行ったことを無かったことにしたいとは思わないでしょ?」


「まあな。良い出会いも出来たから、全てを無かったことにしたいとは思わない。帰れることがわかっていればまた行きたいくらいだ」


僕も同じ気持ちだ。

死んで向こうの世界に行けなくなっても、また行きたいと思うだろう。

こっちに帰って来れないと分かっていても迷うかもしれない。

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