第148話 放逐
釣りを開始してしばらくすると、鎖が引っ張られた。
ただ、引きが弱い。
僕は鎖をジャラジャラと手で引き上げる。
先端には大きいイカがくっ付いていた。
クラーケンだ。
クラーケンは危険度Cランクの魔物だけど、大きさによって実際の危険度は異なる。
今釣れたクラーケンはただの大きいイカと言っても差し支えないので、この個体の危険度はDランクよりも下かもしれない。
ただ、魔物が釣れたということはいい傾向かもしれない。
僕はクラーケンにトドメをさして、食用肉を付け直して海に仕掛けを戻す。
何度か魔物や魚に肉を持ってかれつつも待っていると、遂に大きく鎖が引っ張られた。
「ファイアーボール」
僕は岩を配置した下の地面を破壊して、岩を海の中へと落とす。
岩が着水すると落雷が落ちたかのような激しい音が鳴り、鎖に引っ張られたカリュブディスが引き上げられた。
カリュブディスが姿を現し、アラームのスキルが危険を知らせる。
「……かはっ!」
違和感を感じつつも、カリュブディスを倒そうと急所である頭にヘルハウンドの牙を10発射出したところで、僕の腹に穴が空いた。
何が起きたのか分からないまま、僕は口から血を吐き出す。
「悪く思うなよ。恨むならこんな世界に連れてきた神を恨んでくれ」
声がした方に顔を向けるとクラスメイトの狩谷君がいた。
狩谷君は親指にコインを乗せて、僕の顔に向けている。
もう1発放って僕にトドメを刺すつもりのようだ。
カリュブディスが何かしたとしても不意打ちじゃないのでアラームは鳴らないはずだ。
それにすぐに気づけなかった結果がこのザマだ。
「ヒール!」
僕は小声で唱えて、回復を試みる。
指弾のスキルは平山君のスキルだったはずだけど、狩谷君が持ってるってことは平山君を殺したのは狩谷君ってことだね。
「なんで、こんなことするの?」
傷を完全に塞ぐための時間稼ぎのついでに、理由を聞いてみる。
「この世界はバトルロワイヤルなんだ。残った1人だけが生き残ることが出来る。その証拠にクラスメイトを殺すとスキルを交換出来るんだ。この世界の人間を殺してもそんなことにはならないのにな。クラスの奴らを殺しながらスキルを選べって言ってるんだよ」
何言ってるんだ……?
「何言ってるか分からないんだけど……」
「お前はそんなことも分からないから、ここで死ぬんだよ」
「もしかして平山君もこうやって殺したの?」
「ちょうど1人になってたからな。殺してくれって言っているようなものだったから願いを叶えてやったんだ。お前は勘が鋭いみたいだったから、チャンスを伺ってたんだ」
僕の気がカリュブディスに移るのを待っていたのか。
「スカルタからの道は塞がれていたはずだよ。どうやって入ってきたのさ」
あと少しだ。
「あんな看板を無視したところで襲われなんてしなかったな。引き返した御者は小物だな。現れたら返り討ちにしてやろうと思ってたのに残念だ」
盗賊頑張れよ。1人で歩いている人を襲っても得るものは少ないかもしれないけど……。
「ヒール」
完全回復とはいかなかったけど、十分か。
「そろそろいいだろ。死ね!」
僕は飛ばしてきたコインを転がって避ける。
不意打ちでなければ避けるのは容易い。
コインのスピードは銃弾のように速いけど、狩谷君のモーションは遅い。
「なっ!くはっ……いてぇ、ぐふぅ!」
僕は石を狩谷君の腹に向けて撃ち込み、悶えたところに足払いして転ばし、腹を踏み付ける。
「ひとついいことを教えてあげるよ。殺すつもりがあるなら、長話なんてせずにすぐに殺すべきだ。自分は正しいと言い訳したいだけでしょ?」
「な、なんで動ける……」
「そんなの狩谷君の攻撃が脆弱すぎてくすぐったいだけだったからだよ。襲ってきた理由を聞こうと思って苦しんでいるフリをしていただけ。レベル差があり過ぎるんだよ」
本当は死にそうだったけど、効いてなかったことにする。
「くそ!くふぅ」
僕は狩谷君の腹を踏み付けつつ、どうするか考える。
この世界の人も殺しているみたいだし、衛兵に突き出すか……。
「さっきこっちの世界の人を殺したって言ったよね?なんで殺したの?」
「あのじじいに小早川を殺すのを見られたからだ」
「小早川さんも殺したんだね……」
やっぱり最近帰還者が増えてたのも狩谷君の仕業か。
「それが俺達に課せられたルールなんだよ」
まだ言ってるな。
「でも、おじいさんを殺したのは違うよね?正当化しようとしても狩谷君がクソ野郎ってことは変わらないよ?狩谷君が言っていることはよく分からないけど、クラスメイト以外の人を巻き込んだ時点で正当性なんてないからね」
「くそ!解け!」
とりあえず狩谷君を縛り、考える。
狩谷君もクラスメイトを帰すために殺して回ってるってことはないだろうか……。
神が何かヒントを残してたかもしれないし、元の世界に帰らなくても知り得る可能性はある。
そしたら、僕みたいに神に話せなくされて、敵対しないといけないみたいなことになってるかもしれない。
だからあんなイカれたようなことを口走ってたのかな。
それとも、ただの殺人鬼に成り下がっただけかな。
「見逃してあげようか?」
「は?」
「条件次第では見逃してあげるって言ってるの」
「……条件ってなんだよ」
「この板にクラスメイト以外には手を出さないって言いながら魔力を込めて。嘘を吐いたら死ぬ呪いが掛かる魔導具だよ。僕にはクラスメイトを殺すなんて出来ない。だけど、狩谷君が言ってたこともなんとなくわかったから、非難は出来ないかなって。でもクラスメイト以外を殺すのはやっぱり違うと思ったんだ。だから、この世界の人を巻き込まないなら見逃してあげるよ」
「お前にもやっとわかったか」
「それから僕と桜井君とヨツバとイロハに近づかないこと。範囲は10kmにしようか。僕は死にたくないからね。僕から近付いてます死ぬから気を付けたほうがいいよ」
「それだといつまでも勝ち残れないだろ」
「それなら、僕達以外が退場したら近づいてもいいことにしてあげるよ。それまでに狩谷君を殺す心の準備をしておくから。何人残ってるかはスキルでわかるんでしょ?」
多分サーチだと思うけど、このペースで殺して回ってるなら、クラスメイトを感知するスキルを持ってるだろう。
「……わかった。条件を飲む」
狩谷君と呪いなんて本当はない、約束を破ったらただ光るだけの魔道具で契約を結び、解放する。
この判断は間違ってなかっただろう。
狩谷君は死んだら元の世界に帰れることを知っててみんなを殺しているなら、僕と狩谷君は同志みたいなものだし、本当に頭がイカれてしまっていたのだとしても、結果は一点を除き同じだ。
違いは狩谷君が、死んだ時に何人殺したことになっているかどうかだけ。
神様は善行とか悪行って言ってたから、神様と接触してなかったとしても、元の世界に帰すために殺していたなら悪いようにはしないだろう。
狩谷君が殺せば、殺された人が僕に会いに来ることもないし、いい事しかないな。
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