第103話 side 桜井 春人③

魔法学院に着いた俺は、兵長からもらった推薦状を門の所にいた人に見せる。


少し門の前で待たされた後、学院の教員だという男性がやってきて、学院の案内をしてくれた。


その後学院長のところへと案内される。


推薦状はあったけど、学院に入れるかどうかの面接ということだろうか……。


「マリエールです」


「初めまして、ハルトと言います」


「どうぞ掛けてください」

学院長がソファーへと移動して、対面に座るように言う。


「は、はい」

俺は言われるがまま、学院長の対面のソファーに座る。


「当学院はどうでしたか?」


「す、すごかったです」

実際にすごかったわけだけど、しまったなと思う。

もう少し上手い言いようはなかったのかと言ってから後悔する。


「ふふ、あまり緊張なされないで下さい。勘違いされているようですが、これは試験ではありません。アリオス様が推薦された方と少しお話をしたかっただけです。あの方が推薦状を書くのはいつぶりかしら……。私もあの方も忙しい身で、簡単に会うことは出来ませんので、アリオス様の近況を教えてほしかっただけです」

アリオス“様”?学院長と兵長はどんな関係なんだろうか?

こんな大きな学院の長に様付けされるなんて、兵長は実は偉い人だったのか?


「学院長は兵長とお知り合いなんですか?」


「……アリオス様には昔にお世話になっていただけよ。私が一方的に慕っていたの。私が今こうして生徒達に魔法を教えられているのもアリオス様の指導があったからよ」

マリエールさんが学院長になる前に、兵長から指導を受けていたようだ。

ハロルドさんと同じような感じかな。


「そうだったんですね。それで何を聞きたいんですか?」


「アリオス様は元気にされているかしら?後悔はしてないかしら?」


「元気にしてます。自分が見た限りですが、毎日が充実しているように見えましたので、後悔している様には見えませんでした。ただ、何に後悔しているのかを心配なされているのかがわからないので、自分にはなんとも言えません」


「しがらみから解放されて幸せになられたようで安心しました。聞かせてくれてありがとう」


「いえ……」


「ハルトさんは魔法習得コースで学院に入るということで間違いないですか?」


「はい。お願いします」


「推薦状には学院の特別枠として、雑務をやる代わりに必要費用を免除して魔法を学ばせてやって欲しいと書かれいましたが、よろしかったですか?恩師であるアリオス様からの推薦になりますので、雑務をしなくても入学金や学費、寮費等の必要な費用を免除してもよいと考えていますよ」

そんな優遇されていいのか?


「学院長でも、そんなことしていいんですか?」


「学院の運営費を使うわけではありませんので心配は不要です。私が個人的に払います」


「……ありがたい申し出ではありますが、兵長が推薦状に書いてくれた通り、雑務をやりながら魔法を学ばせて下さい。本来であれば学院に入るのも難しいと聞いています。これ以上優遇してもらうわけにはいきません。それに、学院長が恩を感じているのは自分ではなく兵長なので、その恩を勝手に受け取るわけにはいきません」

勿体無いと思いながらも、学院長の好意を断ることにした。


「そうですか。わかりました。それではそのように準備をさせます」


「よろしくお願いします」


学院長から腕章を渡され、雑務をこなしながら魔法スキル習得に向けて訓練を続ける。


「桜井君だよね?」

ある日、訓練終わりに名前を呼ばれて振り向くと中貝さんがいた。


「あ、ああ。久しぶり」

予想外の人物に驚く。


「私も昨日からこの学院で学ぶことになったの。よろしくね。実は昨日の時点で桜井君には気づいてたんだけど、鬼気迫る感じで訓練してたから声を掛けられなかったの。私も座学で訓練場にいなかったし……。ごめんね」

そんなに声を掛けづらいオーラを出してしまっていただろうか……。

いや、確かに雑務を頼まれる以外で声を掛けられることはなかったから、そういったオーラを出していたのかもしれない。


「いや、声を掛けてくれてうれしいよ。ただそれ以上に、異世界に来て学校に通うなんて俺くらいだと思っていたから驚いたよ」


「私も驚いたよ。桜井君は1人なの?」


「ああ」


「そっか。訓練には参加しないけど、ヨツバちゃんとクオン君も学院に来てるよ」


「……クオンって誰だ?」

そんな奴いただろうか?


「クオンっていうのは偽名で……えっと、本名なんだっけ。あの、ひきこもってて学校に来てなかった人」


「……ああ、斉藤か」


「そう。斉藤君。よく覚えてたね」


「斉藤の席は俺の前だからな。そのせいで俺の机の上は教師からいつも丸見えだった。斉藤が学校に来なくなってから俺のテストの点は上がり調子だったよ」


「言われてみれば桜井君の前の席はいつも空席だった気がするよ。クオン君には私が名前を忘れていたことは秘密にしておいてね」


「ああ。わざわざ話はしないよ」


「ありがとう。それでね、クオン君に昨日桜井君を見かけたよって言ったら、桜井君を連れてきてって言われて声を掛けたんだよ」 


「何か用があるのか?」

斉藤とは席が近かっただけで、ほとんど話した記憶もないんだが……


「決まった用はないんじゃないかな。近況報告というか……生存確認?」


「……そうか。2人は訓練に参加してないんだったな。何をしてるんだ?」


「書庫で調べ物をしてるよ。訓練が終わったら桜井君を連れてくことになってるから詳しくはその後でいいかな?」


「ああ、今日は予定が入ってないから大丈夫だよ」


中貝さんと書庫に行き、立花さんと斉藤と合流して3人が借りている部屋に行くことになった。

斉藤の奴、女の子2人と相部屋なんてと思ったが、たどり着いた部屋は相部屋であって、相部屋ではなかった。


ステーキを食わせてもらった後、3人と情報を交換する。


びっくりする話を聞かされたが、特に俺のやる事は変わらないので、せっかく会えたわけだけど別行動することにする。


味のしないスープと石のようなパンを食っていたこともあるからか、学院の飯がご馳走に感じていたが、元の世界の味覚を思い出してしまった。


これから我慢するのが辛い。


しばらくして中貝さんからまた斉藤が呼んでいると言われる。

呼ばれた用件が何かよりも、また美味い夕食が食えるかもしれないと先に思ってしまった。


今回は中貝さんから用件を先に言われる。

騎士団の募集の案内らしいが内容が無視出来ない。


斉藤といい、委員長といい、急にこんな世界に放り出されて上手くやりすぎだろ。


斉藤から一緒に王都に行くか聞かれたけど、俺は何をするにもまずはハロルドさんの所に戻ってからだと思い、断ることにする。


それから、斉藤が食材をくれると言うが、残念ながら俺の部屋では調理出来無い。

泣く泣く断ったが、時々飯を食いに来てもいいと約束をもらった。


我慢出来なくなったら頼むことにしよう。


結局我慢出来ずにちょくちょくと飯を食わせてもらいつつ訓練を続けて、遂に火魔法を習得した。


魔法習得コースは魔法スキルを一つ覚えたら修了だ。

習得したのは火魔法だけど、他の属性魔法は火魔法の応用だ。

ここから他の属性を使えるようになるのにはあまり苦労しないらしい。

もしいつまでも習得出来ない場合は、その属性に適正が無いと教官が言っていた。


なので、ダメそうなら早めに諦めて、習得出来た属性の魔法を上手く使えるように頑張ろうと思う。


これから1ヶ月は退寮の準備期間だけど、学院の設備を自由に使える期間でもある。


もちろん使いたい設備はダンジョンだが、問題がある。

まず1人だと入れてもらえないことで、入れたとしても1人では魔法戦で戦えないことだ。


俺から話しかけなかったのもあるが、やはり話しかけるなオーラが出てしまっていたのか、学院で友人は出来なかった。


なので俺は斉藤と立花さんにレベル上げを手伝ってくれないか頼むことにする。


斉藤から人数が足りないから一緒にダンジョンに潜って欲しいと言われた時に断っているので、都合のいい頼み事をしているのはわかっているが、背に腹は変えられないので恥を忍んで頼む。


立花さんだけでなく、斎藤も快く了承してくれた。

俺を手伝ったところで、2人にメリットなんてないはずなのに……。


器の違いを見せつけられた気がする。


翌日からダンジョンに潜ったが、斉藤が魔物と1対1で戦えるようにしてくれたおかげで、なんとかゴブリンも魔法で倒すことが出来た。


「ありがとう。付き合ってもらってて悪いんだけど、魔力が無くなってしまった。今日はここまでにさせてくれ。俺は外にいるから2人は自分のレベル上げをしてきてくれ」

10体くらい倒したところで魔力がなくなってしまった。


レベルはまだ上がってない。

毎日2人に付き合ってもらったとしても、学院を出ないといけない一月後までに、外で1人で戦えるようになるのだろうか……。


「考えているから大丈夫だよ」

斉藤がそう言って俺の肩に手を乗せる。


何言ってるんだ?と思ったが、急に疲労感がなくなった。


「何したんだ?」


「魔力譲渡ってスキルが使えるんだよ。今はどのくらい回復してるかな?」


「……8割くらいかな」


「そっか。それじゃあ再開しようか」

斉藤はそう言った。何事もなかったかのように……。


魔力が無くなったら斉藤に分けてもらいながら、スライムとゴブリンを倒し続ける。


「クオンの魔力は無くならないのか?魔力譲渡っていうくらいだからクオンの魔力を分けてるんじゃないのか?」

ダンジョンを出た後、夕食をご馳走になりながら斉藤に聞く。


「もちろんそうだけど、このくらいなら無くならないよ」


「クオンの魔力は無限にあるのか?」

そんなわけはないと思いつつも聞いてしまう。

俺の魔法がまだショボいとしても、一日中魔法を使い続けていたのに、斉藤はずっと平気そうな顔をしていた。


「もちろん無限になんてないよ。あのくらいなら無くならないだけだよ」

それだけ俺と斉藤との魔力量には差があるのということか……。


それからも時間の許される限り魔物を倒し続けて、レベルが23まで上がったところで学院を出ることになった。


火魔法の他に水魔法、風魔法、土魔法の4属性も使えるようになり、マルチスペルのスキルがやっと意味をなすようになった。


さらに、レベルアップ時に[杖術]というスキルと[魔力吸収]、それから[防護魔法]というスキルを獲得した。


[杖術]は剣術の杖版で杖使用時に能力が10%アップして、[魔力吸収]は周囲に漂う空気中の魔力を吸収することで、魔力の回復速度を早める効果がある。


多分斉藤から魔力を受け取り続けたから獲得したのだろう。


斉藤が「魔法使いにとって最高のスキルだね」って言っていた。


斉藤から魔法使いとして戦う立ち回り方も教わったので、かなり戦えるようにはなったと思う。


それに[防護魔法]に関しても斉藤の助言を受けたことで獲得に繋がった。

斉藤から「衛兵になるなら、攻撃魔法より守りを固める魔法が要るんじゃないかな?」と言われて、毎日スライム相手に魔法で攻撃を防ぐイメージで訓練していたら獲得出来た。


なんだかんだで斉藤には助けられ続けてしまったな。


魔法学院を後にした俺は、ハロルドさんの所へと向かうわけだけど、何故か斉藤も付いてきた。


なんで付いてきたのか聞いたら、着いてからのお楽しみだと言っていた。


まあ、悪いことを考えているわけでもなさそうだからいいか。

向かう最中も戦い方を教えてくれるようだし……。

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