第102話 桜井君の頼み事
委員長からの招集を後回しすることに決めた僕達は、変わり映えしない生活を過ごしていた。
イロハは魔法の訓練を続けているが、魔法はまだ使えるようになっておらず、僕とヨツバはダンジョンの20階層でレベル上げを続けていた。
20階層までしか潜らない理由は、21階層以降はトラップが設置されているからだ。
教育の為にトラップを解除してあるのは20階層までと言っていたので、安全も考えてこれより先には潜らない選択をした。
トラップ用のスキルを取得すればいい話だけど、今は他のスキルを優先させてもらった。
いつかは取得するつもりではいるけど、今はその時ではないと思う。
魔法学院に在籍してから一月経ったので、そろそろ出発するかどうか決めないといけない。
そう思い始めた時、桜井君が部屋を訪ねてきて頼みがあると言われたので、夕食を食べながら話を聞くことになった。
「それで、頼みってなんなの?」
「今日、遂に魔法が使えるようになったんだ。まだ小さい火を出せるくらいだけど、火魔法のスキルを習得した」
「おめでとう。頑張ってたみたいだがら、習得出来てよかったね」
「羨ましいな。私はまだ掛かりそうだよ」
イロハが習得するにはまだ先が長いのかな……。
「使えるようになる兆候とかあるの?」
「いや、昨日までは全然使えなかったが、今日になって急に使えるようになった。一度火を出せるようになったら、そこからは深く集中する必要もなくなったな。だから、中貝さんももうすぐ習得出来るようになるかもしれないよ」
「そうかな……」
イロハが不安そうに答える。
急に使えるようになるというのは、やめ時が難しい。
もしかしたら、明日にも習得出来るかもしれないし、このまま何年経っても習得出来ないかもしれない。
あと少しで習得出来る“かも“しれないと思うと、やめるにやめられない。
「イロハの気の済むまで頑張ればいいよ。それで頼みっていうのは?前も言ったけど、出来ることなら手を貸すよ」
「前に断っておいて頼み辛いんだが、俺とダンジョンに潜ってくれないか?魔法が使えるようになったから今日で魔法学院を卒院したことになるんだが、1ヶ月間は設備を使わせてもらえるんだ。寮の部屋も貸したままにしてくれている。腕章も取れたから自由に時間を使うことが出来るんだが、1人だとダンジョンに入らせてもらえないし、まだ高威力の魔法が使えるわけではないから、1人で魔法で魔物を倒すことは多分出来ない」
そう言った桜井君の腕からは確かに腕章が無くなっていた。
「どうする?僕は別に構わないけど」
ヨツバの意見も聞いておく。
いつか敵になるであろう桜井君を鍛える手伝いをすることには抵抗があるけど、それならそれで面白くなると思うことにしよう。
「私も問題ないわよ」
ヨツバはやはり断らなかった。
「ありがとう。助かる」
「それで、僕達はどうすればいい?本来ならパワーレベリングしたいけど、ある程度戦いに参加しないと経験値は貰えないはずだよ」
パーティを組めば戦闘の参加に関わらず経験値が得られるなら、桜井君を護衛しつつ20階層に行くけど、そうはならないので、桜井君が戦えるところに行かないといけない。
トドメを刺せばいいというわけでもない。
「戦闘自体は俺がやるから、危ない時に助けて欲しい。一時冒険者をやっていたからレベル自体は4まで上がってる。苦戦しながらでもスライムとゴブリンくらいなら魔法でも倒せると思うんだが……」
桜井君はそう言いつつも不安そうだ。
剣で戦うのと魔法で戦うのは全然違うし、桜井君の使える魔法は小さい火が出るだけだ。
魔法スキルを覚える為には魔法を駆使して倒さないといけない。
少しずつダメージを与えるしかないだろう。
「とりあえず明日やってみて考えよう。ヨツバは桜井君が死なないようにすぐ側で見ててもらっていい?僕は桜井君が1体の魔物に集中出来るように周りの敵の処理をするよ」
「……わかった」
ヨツバは少し間を置いてから返事した。
僕とヨツバが逆の役割なら、魔物の仕業に見せかけて桜井君を殺すことが可能なのにと思ったのかもしれない。
桜井君を殺すつもりで動いているならそうしたかもしれないけど、今はそんなつもりはない。
それにヨツバが知らないだけで、殺すなら桜井君と敵対しないといけないので、そのようなやり方で殺すことは出来ない。
「クオンや立花さんには何もメリットは無いのに付き合わせて悪い」
「別に慌ててレベルを上げないといけない理由は僕達にはないから、気にしなくていいよ。全くの無駄ってわけでもないからね」
正直、スライムやゴブリンを倒した所でほとんど経験値は入ってこない。
次のレベルまでに必要な経験値を考えると雀の涙ほどだ。
だけど、スライムを倒しても魔素(★)は手に入るので、本当に無駄とは思っていない。
いつか使うかもしれないことを考えると、多分上限である999個まで集めておきたいと思う。
それに、桜井君に貸しを作るという意味でも悪くはない。
アリオスさんと違い、貸し一つだからなんでも後で言うことを聞いてねってことにはならないけど、桜井君は僕の頼みを断りにくくなったとは思う。
明日の朝にダンジョン入り口の前に集合する約束をしてから桜井君は自室へと帰っていった。
神下さんと話をしてから1ヶ月以上経ったけど、あれから何も音沙汰はない。
僕が1ヶ月は待つと言ったのを神下さんが聞いていなくて、あれから僕が誰も殺していないから、僕が殺すのを止めたと勘違いしている可能性もあるし、僕の前に姿を現せない理由があるのかもしれない。
とりあえず、桜井君のレベル上げを手伝った後、それでも音沙汰がない場合はどうするか考えることにしよう。
それまでにイロハが魔法を習得出来るかどうかというのもあるし、王都に行った場合には、そこに誰がいて、委員長がどういうつもりで今後動こうとしているかにもよるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます