第97話 すれ違い

夕食を食べ終わった後、桜井くんと話をする。


「桜井くんはなんで魔法学院に通っているの?」


「魔法を覚えるためだ。俺が神からもらったスキルは魔法が使えないと意味をなさないんだ。初めは金を稼ぐために冒険者になったんだけど、剣で戦っているとレベルが上がっても魔法を覚えることはほとんどないことを知ってな。実力的にも装備的にも冒険者を続けるのが難しくなっている時に、衛兵隊の詰所で雑用をする仕事を斡旋してもらったんだ。元々は新しい武器を買う金を貯めるつもりだったんだが、そこで色々とあって、推薦状をもらってここにいる」

詰所でのことはあまり言いたくないのかな?


「ちなみになんてスキルなの?」


「マルチスペルってスキルだ。複数の魔法を同時に発動することの出来るスキルらしい」

学院長が僕の魔法を見た時にそんなようなスキルがあることを言っていたな。

桜井くんのスキルがそういうものとは思わなかったけど。


「それでよく今まで生きてこられたね」

実質、スキル無しで放り出されたのと同じだ。


「周りの人に助けてもらったんだ」


「良い人に会えたんだね」


「ああ、お前達はどうしてここに来たんだ?」


「イロハが魔法を使ってみたいって言ったからだよ。イロハが通ってる間はここのダンジョンでレベル上げしようかなって」


「そんな理由なのか?」


「そうだね。推薦状もらってたし、行ってみようかくらいの気持ちだよ。桜井くんは必死そうだったって聞いたけど、何か魔法を習得しないといけない理由でもあるの?」


「……隠すことではないし言ってもいいか。さっき衛兵隊の詰所で雑用をしていたって言っただろ?そこで俺に仕事を教えてくれた人がいてな。雑用でも衛兵隊を介して街を良くする仕事だからって誇りを持っているような人だったんだ。その人は衛兵を目指しながら仕事をしていて、遂に衛兵になったんだけど、すぐに怪我で動けなくなってしまった。俺はその人と、魔法を覚えて帰ってくるって約束したんだ。俺が代わりに街を守るってな。この杖はその人からもらったんだ。自分の方が大変なのに、笑って送り出してくれたよ」

僕は桜井くんの話を聞いてハロルドという人を思い出していた。

衛兵の仕事はやっぱり危険と隣り合わせのようだ。


「桜井くんはその人の意思を継ぐ為に魔法を覚えたいんだね」


「そんな大層なことではないけど、まあそういうことだな」


「学院の書庫で元の世界に帰る方法がないか、昨日、今日と調べてたんだけど、桜井くんは帰る方法が見つかればすぐに帰る?それともさっきの人の約束を守って衛兵になる?まだ何もわかってはないんだけど……」


「その時になってみないとわからないけど、そのタイミングを逃すと帰れなくなるとかでなければ、少なくても挨拶はしてからにしたい」

桜井くんは保留だね。


「そうなんだね。それじゃあ帰る方法が見つかったら教えることにするよ」


「ああ、頼む。そっちは今まで何してたんだ?」

桜井くんから話が他に漏れそうなことは無さそうだし、桜井くんの事情も色々と聞いてしまったので、僕も大体のことは説明する。


僕のゲームのようなシステムについては、元の世界に帰れることや回復魔法の異常性、スキルを選んで獲得出来ることなどは省いて説明した。


ヨツバとイロハのスキルに関しては2人に確認をしてから教えた。


「そうか、田中は処刑されたのか。それに堀田も……」

桜井くんは2人のことがショックのようだ。


冴木さんと鈴原さんのことは話していない。


「桜井くんは誰かに会ってないの?」


「会ってないな。俺が学院に入るまでいた街に誰かいたかもしれないけど、自分のことで手一杯だったしな」


「そっか。桜井くんはなにか困っていることはない?1ヶ月くらいの予定ではあるけど、同じところに滞在するわけだから、困ってることがあれば手を貸すよ」


「ありがとな。だけど、今のところは大丈夫だ。手が必要な時は頼む」


「わかったよ」


「それで、さっきの話だけど推薦状をもらった経緯とか裕福そうな理由とか詳しく教えてくれないか?気になるだけだから話したくないならいいけどな」

あそこの街での話はイロハのことばかり話していたから、その辺りが抜けていた。


「別に構わないよ。さっきイロハが監禁されていた話はしたでしょ?その時に助けてくれた衛兵……兵長だったんだけど、その人がこの国の元騎士団長で、模擬戦をして欲しいって頼まれたから受けたんだ。その時に騙し打ちでだけど一撃当てたらここの推薦状をくれたんだよ。それからお金を持ってるのは、領主の娘の捜索に協力してほしいとさっきの兵長に頼まれて僕のスキルで見つけたんだけど、そしたら領主にお礼としてもらったんだ」

回復魔法のことは話していないので、領主の娘の足を治したことは言わない。


「そうか。いろんな街を転々としているみたいだけど、何か目的はあるのか?帰る方法を探してって感じか?それとも誰か探してるのか?」

桜井くんに旅の目的を聞かれる。


「僕はこの世界を見て回ってるだけだよ。クラスメイトがいたらこうやって声を掛けてはいるけど……。あと、僕の目的ではないけど、神下さんを探しているよ。ヨツバとイロハの親友だからね」

クラスメイトを殺している事を抜いて説明すると僕の目的はこうなる。


「2人もか?」

桜井くんはヨツバとイロハにも聞く。


「私は四葉ちゃんと再会したから一緒に行動しているだけだよ。クオン君がえるちゃんを探すのを手伝ってくれているからね」


「私はこの世界に来てすぐにクオンに助けてもらってそのまま一緒に行動してるよ。助けてもらった恩も返したいし……」

これはヨツバが初めの頃に言っていた事だ。


「立花さんは斉藤に助けられたって何をしてもらったんだ?」

さっき話をした時には、ヨツバと会った頃の話はあまりしていない。

あの頃のヨツバはかなり後ろ向きで、話されたら恥ずかしいかなと思って話さなかっただけだ。


そう思っていたけど、ヨツバはありのままを桜井くんに話した。

僕が元の世界に帰れることは省いてくれているけど、それ以外はそのままだ。


「……こういうことを言うべきではないと思うんだけど、立花さんの恩人ってニーナって人じゃないのか?もちろん斉藤も立花さんを助けてはいるわけだけど、今の話を聞く限りだとニーナって人が心の支えになってたようにしか聞こえないんだけど……」

僕もそう思った。

実際、ニーナにヨツバのことを結構任せてしまっていたので、事実である。


「もちろんニーナにも感謝してるよ。言葉では説明しにくいけど、クオンにも感謝してる」

そう言われてもさっきのヨツバの説明を聞く限りだと、僕は野宿しなくていいようにお金を稼いで、肉を提供したようにしか聞こえないんだけど……?

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