第96話 ご馳走

イロハの方の授業も終わったということなので、僕達も帰ることにする。


寮とは名ばかりの部屋に戻ると、既にイロハも帰ってきていた。


「ただいま。授業の方はどうだった?」

僕はイロハに聞く。

学院の案内をされた時に見たのは違うコースの内容で子供が楽しく学んでいるって感じだったので、イロハがどのように学んでいるのかは知らない。


「2人が帰ってくるの待ってたよ。びっくりな事があったんだよ」

イロハは少し興奮気味に言った。

僕の質問をスルーするくらいのことがあったらしい。


「何があったの?」


「桜井くんがいたの。桜井くんもこの学院で魔法の訓練してた」


「……それは驚きだね。桜井くんは元気そうだった?」

異世界に来てまで学校に通う人がいた事に驚きだ。

イロハの場合は無料だからわかるけど、桜井くんもそうだったりするのだろうか?


「元気そうではあったよ。なんだかすごく必死そうだった」

必死か……。まあ、桜井くんにも何か必死にならざるを得ない事情があるのだろう。


「それで桜井くんは何か言ってた?」


「話しかけようと思ったんだけど、初日だから私だけ訓練に参加せずに座学だったし、終わってからも急いで出ていっちゃったから、話を出来てないよ。私にも気付いてないかもしれない」


「何をそんなに急いでいたんだろうね。学食とかかな」


「そんな感じではなかったよ」


「だろうね。言ってみただけだよ。2人がいいなら、桜井くんをご飯にでも誘ってみてよ。今までどうしてたのか聞きたいし、必死そうにしている理由も気になるからね」


「それじゃあ明日声を掛けてみるね。四葉ちゃんもいいよね?」


「いいよ」


「それじゃあ、明日授業が終わったら書庫まで来てくれる?僕達は明日も書庫に篭ってるから」


「わかった。そうするね」


「他に何か変わったことはあった?魔法は習得出来そう?」


「変わったことはこれだけだよ。魔法が覚えれるかはわからない。正直座学はちんぷんかんぷんだったよ」


「そっか。がんばってね」


「うん、そっちはどうだったの?何かわかった?」


「あんまり収穫はないかな」

僕は今日調べた事をざっくりと説明する


「クオン君の言う通り御伽噺って感じだね。神様ってこういう感じだったらいいなっていう願望にも聞こえるよ」


「やっぱりそうだよね。もう少し調べてみるけど、正しい情報があったとしてもそれを正しいものと精査することは出来なさそうだよ」


翌日、さらにヨツバと調べてはみたけど、これだっ!という情報は得られなかった。


「僕は一旦諦めて明日からはダンジョンでレベル上げすることにするよ。ヨツバはどうする?」

これ以上調べても神下さんに関係することはわからなそうなので僕は諦めることにした。


「私はもう少し調べることにするよ。満足したら私もレベル上げしに行くからよろしくね」


「了解。それじゃあイロハが来るまで僕は休んでるよ」

昨日と同じならそろそろイロハの方の授業が終わる頃なので、それまで僕はくたーっとしていることにする。


桜井くんって異世界に来たから魔法使いたい!ってキャラではなかった気がするんだけど、なんで学院に通っているんだろう?

そんな事を考えていると、イロハが桜井くんを連れてやってきた。


「お待たせ。桜井くんを連れてきたよ」


「ありがとう。久しぶりだね」

「久しぶり」


「久しぶりだな。聞いてはいたけど、珍しい組み合わせだな」


「とこまで話したの?」

僕はイロハに聞く。


「四葉ちゃんとクオン君が書庫で待ってるってことと、クオン君の名前のことしか話してないよ」

偽名のこと以外は話していないようだ。


「そうなんだ。詳しいことは食べながら話そうか。桜井くんはいつも食事はどうしてるの?」


「大体は寮の食堂で食べてるな。クオンって俺も呼べばいいのか?そっちはどうなんだ?」


「それでお願い。僕達はヨツバが大体作ってくれてるよ。どうしようか?」


「どこでも構わないと言いたいところだけど、正直に言って金が無い。安いところで頼む」

桜井くんは金欠らしい。まあ、寮に案内してくれた学生と同じ腕章を付けているから、たくさん持っているとは思っていなかったけど……。


「どうする?」

話をするのが目的で食べるところはどこでもいいので、ヨツバに聞くことにする。

部屋で食べる場合はヨツバが桜井くんの分まで作ることになるので、ヨツバに聞くのがいいと思った。


「え?私はなんでもいいよ」


「じゃあ、桜井くんの分も作ってもらっていい?食堂よりも部屋の方が話もしやすいだろうから」


「いいよ」


「桜井くん、何か食べたい物はある?」

寮の部屋に戻りながらヨツバが桜井くんに聞く


「なんでもいいよ」


「なんでもいいが1番困るんだよ。桜井くんは普段はどんなものを食べてるの?」


「パンとスープだな」


「……もしかして、あの硬いやつ?」

ヨツバが聞いているのは、最初の頃に食べていた石のように硬いパンのことだ。長いこと味の薄いスープに浸けてやっと食べれるようなパンだ。


「いや、そこまで硬くはない。スープも美味いよ」

これだけ大きい学院の寮で出している食事だから、あそこまで悪いということもないのだろう。


「他は?パンとスープだけ?」


「パンとスープは寮費に含まれているからな」

毎日パンとスープだけのようだ。


話しているうちに、何を作るか決まる前に部屋に着いてしまった。


「ちょっと待ってくれ。お前らはこの部屋を使ってるのか?」


「そうだよ。とりあえず入ってよ」

困惑したままの桜井くんをとりあえず中に入れる


「あっちの2つの部屋はヨツバとイロハの部屋だから勝手に入らないでね。その辺りに座ってて」

桜井くんを椅子に座らせて僕はキッチンに行く。


「何を作る?材料は何を出せばいい?」


「肉を焼いてステーキにするよ。桜井くん、パンばっかり食べてるみたいだし。それにクオンのこととか、いろはちゃんのスキルの事とかは今は秘密にしておいた方がいいでしょ?」


「そうだね。色々と話を聞いてからその辺りも話すか決めようか。パンと肉を置いておくね。後は何かいる?」


「とりあえずはそれだけでいいよ。色々と話してから、出しても良さそうならデザートとかも出そうか。桜井くんだから、私達のスキルの事を話しても他の人に勝手に話したりはしないと思うけどね」


「そうなんだね。僕は桜井くんのことは優等生ってイメージを勝手にもってるけど、何にも知らないに等しいから信用していいのかはわからないよ」


「話してみればその辺りもわかるでしょ。すぐに焼けるからクオンも向こうで待っててよ」


「うん、よろしくね」


僕は桜井くんとイロハと3人で待つ。


「この部屋を使ってるってことは、もしかして貴族になったのか?」

桜井くんに聞かれる


「なってないよ。元騎士団長の人が特待生として通えるように推薦状を書いてくれたんだけど、思ってたよりも高待遇だったから僕も驚いているところだよ」


「俺は世話になった衛兵隊の兵長に推薦状を書いてもらったんだ。おかげで入学金を貯めなくても入学出来た。その分雑用しないといけないけどな」

桜井くんは腕章を見せながら言った


「ご飯出来たよ」

話をしていると料理が完成したようだ。


「……本当に食べていいのか?」

桜井くんはステーキを見て驚きながら聞く


「そんなにお金は掛かってないから気にしせず食べていいよ。いただきます」

パンは買い溜めしておいたやつだけど、肉はドロップした食用肉(★)なのでストレージの肥やしとなっているのを出しただけだ。


「美味っ!お前らいつもこんなの食べてるのかよ!羨ましいな」


「ヨツバは料理が上手いからね」


ご飯でも食べながら色々と話をしようかと思っていたけど、桜井くんはステーキに目を奪われているので食べ終わってから話をすることにした。

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