第76話 温泉街

お菓子作りに魂を持っていかれそうになった翌日、温泉のある辺境の街へと向かう。


「乗り合い馬車なのに乗ってるのは私達だけだね」

イロハの言う通り、馬車には乗客は僕達3人しか乗っていない。

他には御者と護衛の冒険者が1人いるだけだ。


貸切状態である。


「温泉以外は特に目立ったものはないみたいだからじゃないかな?」

普段から利用する人は少ないのだろう。

馬車自体も小さめだ。


僕達のように娯楽目的で移動するにはある程度お金に余裕が必要だし、お金をたくさん持っている貴族みたいな人は自分の所有している馬車で移動する。


この馬車は3人で銀貨3枚と高めである。

まあ、高い理由はこの馬車の料金システムが他と違う点にある。

一般的な乗り合い馬車は、1人当たりいくら掛かるかというシステムで、距離にもよるけど銅貨3〜5枚くらいだ。

それに対してこの馬車は、銀貨3枚を乗っている人数で割るというシステムをとっているので、乗客が少なければ必然的に1人当たりは高くなる。

今回でいうと一般的な料金に対して大体2〜3倍くらい払っている。


その分、貸切状態でゆったり出来るので悪い事ばかりではないのだけれど……


馬車に乗客がいない理由はこの辺りに理由があるのだろうと、この時の僕はそう思っていた。


「温泉に着くのは明後日だよね?」

ヨツバに聞かれる


「そうだね。明後日の昼頃に次の街に到着する予定だって聞いてるよ」

僕は答える。


「楽しみだね」

「ねー」

2人は楽しそうだ。


少し休憩を挟みながら進み夜になる。


「今日はここで野営します」

御者の人に言われたので、馬車を降りてテントの設営をする。

以前に買った小さいテントと、今回買った大きめのテントだ。

僕は小さいテントを1人で、ヨツバとイロハは大きめのテントを2人で使う。


御者の人から夕食を出される。朝食と夕食が料金に含まれているからだ。


硬過ぎはしないパンと干し肉だった。

石のようなパンを僕は知っているので、これはちゃんとした食事だと思う。

移動の為の保存のきく食事といった感じだ。


別に悪くはないけど、僕はそれをそのままストレージに仕舞い、あらかじめヨツバが作ってくれていた食事を取り出す。


ご飯とサラダと焼いた肉だ。


どちらを食べたいかと言えば、迷うまでもない。


食事をした後は護衛がいるわけだけど、一応アラームのスキルは発動させて就寝する。


翌日もクッキーを食べたりしながら馬車に揺られて、予定通り3日目の昼に温泉のあるという辺境の街に到着した。


「とりあえず、良さげな温泉を探してから泊まる宿を決めようか。もしかしたら、そこの宿に泊まらないとその温泉には入れないとかあるかもしれないから」


「そうだね」


僕達は温泉宿が集まっている方へと歩いていく。


「なんだか人が少なくない?日本と比べたらいけないのかもしれないけど、ここって観光地だよね?」

ヨツバの言う通り人通りが少ない。

少ないというか、いないに近い状態である。


宿の数から考えると、この人の無さでは経営が出来ないと思うんだけど……


「そうだね、なんでだろう?僕に話してくれた屋台のおっちゃんは良いところだって言ってたんだけどね」


「誰かにどこの温泉が人気か聞こうにも、これだとわからないね」


「とりあえず、適当に温泉のありそうな宿に入って聞いてみる?お客がいない方が周りに気を使わずに浸かれるし、気にはなるけど悪いことではないよね」


「そうね、そうしましょう」


僕達は温泉を売りにしていそうな風貌の宿に入る。


「いらっしゃいませ」

店主らしき男性に出迎えられる。


「すみません、ここの宿に温泉はありますか?」

僕は確認する。

あるならとりあえず今日はここに泊まって、明日にまた他の所を探してもいいかな、そう思っていた。


「申し訳ありません。現在温泉は湧いていないのです」


「え?」

僕は店主が何を言っているのかよくわからなかった。


「それは、この宿の話ですよね?」

最悪の予想が外れてくれと願いながら聞くけど、帰ってきた返事は救いのないものだった。


「違います。この街で現在温泉に入れる宿はありません。半年程前の地震があってから湧き出ていたお湯がピタッと出なくなってしまったのです」


「そんな……」

ヨツバは落胆の色を隠せない。


「一応、温泉ではありませんが浴場にお湯を張ることは出来ます。露天風呂になっていますので、ご期待には添えませんが満足はして頂けると思います」

温泉ではないけど、大きな風呂には浸かることが出来るらしい。


「少し考えさせてください」


店主に断り一度宿を出る。

ヨツバ達には言っていない僕のやろうか迷っている目的に関しては、別に温泉が湧いていようとも枯れていようとも関係はないので、僕個人としてはそこまでショックは受けていない。あー、残念だなくらいである。


しかし、あれだけ楽しみにしていたヨツバにはショックが大きすぎたようだ。


「元気出して。あの店主はああ言ってたけど、一応他の宿でも聞いてみようか」


適当に宿を回って確認するけど、答えは変わらず温泉は枯れてしまったとのことだった。


しかも、最初に入った宿は露天風呂にお湯を張ってくれると言っていたけど、他の宿だとお湯に浸かることも出来ないようだ。


今は街全体で枯れてしまった温泉を復活させようと頑張っている最中のようだ。

多分、地震で水脈の流れが変わってしまったとかだと思うので、この辺りを掘ればまた湧き出る可能性は低くはないと思う。


どちらにしても、来るタイミングが悪かった。


「とりあえず、最初に入った宿屋で部屋を借りようか。温泉ではないけど、お湯は張ってくれるみたいだからね」


「うん……」

ヨツバも残念そうではあるけど、どうしようも無いということはわかっているようだ。


「四葉ちゃん、温泉ではないけど今までに比べたら十分だよ。温泉を期待しすぎていただけでお湯に浸かれるだけで私は嬉しいよ。それに露天風呂だよ、眺めも良さそうだし、入ったら絶対満足出来るよ」

イロハがヨツバに言う。


「そうだよね。ありがとう」


僕達は最初の宿に戻り、部屋を2部屋借りる。

風呂を借りることもあり、僕も今回は部屋を借りることにした。

どっちで寝るかは寝る時に考えよう。


「浴場はいつ頃使われますか?」

店主に聞かれる。


「僕はいつでもいいよ。ヨツバ達は?」


「どうする?」

イロハがヨツバと相談する


「すぐに入ります」

この後すぐに入るようだ。


「それではこれから準備致します。準備が終わりますまでは、お部屋でお寛ぎ下さい」


「お願いします」

ヨツバ達は部屋に向かっていった。


「どうしてこの宿はお湯を準備できるんですか?」

僕は気になったので店主に聞くことにする。


この世界は日本のように蛇口を捻ればお湯が出てくるわけではない。

基本的には薪で水を沸かしてお湯を作る。


「それは私がたまたま魔法を使えたからです。よろしければ御覧になられますか?」


「それじゃあお願いします」

露天風呂がどんな感じかも見ておきたいし、どういう風にお湯を作り出しているのかも気になるので見させてもらうことにする。


店主に付いていき露天風呂に行く


「まずは水魔法で水を張ります」

店主はそう言ってドボドボと手から水を出す。


しばらくして、水風呂が出来上がった。


「大丈夫ですか?」

これだけの水を出したのだから、かなりの魔力を使ったのではと思った。


「まだ大丈夫ですよ。次は火魔法で今出した水の温度を上げます」

店主はそう言って今度は手から火炎放射のように火を出した。


店主は何度かお湯の温度を触って確認しながら、火魔法を使い続けて遂に露天風呂が入れる状態になった。


「ふぅ。このようにお湯を張っています。もう一度張るのは私の魔力的に厳しいので、お連れさまが出られましたらお早めにお客様もお入り下さい」


「わかりました。見させてもらいありがとうございました」


魔法の使い方としては勉強になるけど、僕には無理だな。

僕もちょうど水魔法と火魔法が使えるけど、自由度が無さすぎてドボドボと水を出したりは出来ないからね。


さて、お風呂の準備は終わってしまったけど、僕はこの後どうしようかな……

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