第74話 ヨツバの3分?クッキング

自由行動期間が終わった次の日、僕はこれからの予定を決める為にヨツバ達が泊まっている部屋へ入る。


「何食べてるの?」

2人が幸せそうに何かを頬張っていたのでたずねる。


「イチゴだよ」


「いろはちゃんのスキルで買ったの」


「クオンくんも食べる?」


「僕は向こうで食べられるから2人で食べていいよ。高かったでしょ?」

2人は割高でもその値段で買うしかないだけだ。

僕は向こうで食べればいい。


「うん。やっぱりこの世界に無いものは割高だね」


「それなら尚更僕は貰えないよ」


「領主様からもらったお金を3人で分けて買ってはいるけど、元々はクオンくんが1人でやったようなものだから気にしなくてもいいのに」


「ああいうのはパーティとしてもらったものだから、誰が活躍したとかはいいんだよ。それよりも今後の事を決めたいんだけど……」


「そうだったね。どうしよっか?」


「2人は何かやりたい事はある?今ならお金に余裕があるから、ある程度自由に動けるよ」


「私達は特に行きたいところはないよ。エルちゃんを探したいけど、探そうにもどこに行けばいいのかわからないからね」

何かしら情報を得ないと探すのは難しいし、目立たないようにしていれば情報を集める事自体が厳しい。


「そっか。神下さんに関しては何か情報があったら優先して探そうか」


「うん、ありがとう。クオンは何かあるの?」


「食べ歩きしている時に屋台のおじさんから聞いたんだけど、メインの街道から逸れる道を進んでいくと辺境に小さめの街があるらしいんだ。いろんな街を回る事を考えるとスゴく遠回りなんだけど、お金があるなら寄ってもいいかなって」


「クオンはなんでその街に行きたいの?誰かクラスメイトがいないか探す為?」


「クラスメイトはいたらラッキーくらいかな。そこの街には温泉が湧いてるらしいんだよ。辺境だし、お金がなければ温泉宿に泊まることも出来ないから行かなくてもいいかなって思うんだけど、今なら行ってもいいかなって思うんだ」


「温泉!いいね、温泉」

「私も温泉好き」


「クオンは温泉に入りたいから行きたいんだね」


「そうだよ。2人も温泉は好きかなって思ったしね。いつも桶でお湯を掛けてるだけでしょ?たまにはゆっくりと浸かりたいよね」

本当は別の目的もあるけど、それを2人には言えないので内緒にする。こっちの目的に関しては、実際にやるかどうか迷っている最中ではあるけど……。


「浸かりたい!すごく楽しみになってきた」

「楽しみだね」

ヨツバのテンションが特に高い。

日本の風呂に慣れている女の子なら当然だけど、日頃からお風呂事情には不満があるのだろう。


ここの宿の浴室だとお湯を流せる場所があるだけで、浴槽があるわけではない。シャワーもない。

受付で桶にお湯をもらって、そのお湯を使って体を洗っているだけだ。


水汲み場で体を洗うことも出来るけど、水汲み場は宿泊している人なら誰でも入れる。

実質、使えるのは男だけだろう。


この宿が悪いわけではない。浴室が男女共有しかない宿もあるし、部屋に浴室があってもお湯をくれないところもある。


「それじゃあ、今日は準備をして明日出発でいいかな?」


「もちろん。今からでもいいくらいの気分よ」


「そんなテンションだと着くまで持たないよ」

ヨツバのテンションが上がり続けているので、忠告してから買い出しに行く。


大体のものは揃っているけど、今まではヨツバと2人だったので、消耗品以外は2人分しかない。

基本的にはイロハの分を買うことになる。


テントも2人で寝るには狭いと思うので大きいやつを買うことにした。


食料関係もまだストレージに入っているけど、あって困ることはないので追加で買い込む。

前の街の酒場のような当たりな店は見つからなかったので、適当な店で材料と出来合いの物と両方買った。


「必要なものは後何かあるかな?」

一通り買ったので、2人に買い忘れているものがないか確認する。


「甘味が足りないと思う」

イロハが言った。


「多くはないけど、果物は買ったよ」

こっちの世界の果物は普通に美味しい。

品種改良とかされているわけではないと思うので、日本のものに比べると少し物足りないけど、自然の甘さがして美味しいと僕は思う。


「果物もいいけど、お菓子が食べたい」


「例えば?」


「クッキーとかチョコとかケーキとか」

どれもこの世界で見たことないやつだ。


「とりあえず、チョコは無理だよね?ケーキはいけるのかな?生クリームは買えるの?クッキーは作れそうかな?バターが買えるなら作れるのかな?」


「チョコも生クリームもバターも買えないよ。砂糖も無理だ。あ、カカオ豆なら買えるよ」

カカオ豆が手に入った所でチョコを作れる気がしない。


「ヨツバ、作れると思う?」


「ケーキは難しいかもね。多分膨らまないと思う。クッキーとチョコなら作れるかもしれない」


「チョコも作れるの?」

チョコが1番無理だと思ったけど……


「クオンは日本に帰れるでしょ?カカオ豆からチョコを作る方法をネットで調べてよ。カカオ豆と砂糖があれば作れたはずだよ。砂糖はこの世界の物を使いましょう」


「わかった」


僕達は宿屋の部屋に戻り、お菓子作りを開始する。


ヨツバはまず牛乳からバターを作るらしい。

何でも牛乳を置いておくと成分が分離して、それを根気よくシャカシャカと振っていればバターのようになるらしい。

これは僕も聞いたことがあるような気がする。


クッキー作りはヨツバに任せて、僕はチョコの作り方を調べに自室へと帰る。


ネットでカカオ豆からチョコを作る方法を調べた結果、確かにカカオ豆と砂糖があればチョコを作ることは出来るようだ。

ヨツバは流石だなと思うけど、作り方を見て僕はやる前から嫌になった。

作る工程を聞けば諦めるだろうと思い、僕は作り方を覚えてヨツバ達の元へと戻る。


「チョコの作り方を調べてきたよ」


「どうだった?何か足りない材料はありそう?」


「ヨツバの言う通りカカオ豆と砂糖だけで作れるよ。でも作り方が面倒だった」


僕はチョコの作り方を説明する。

チョコを作ること自体は難しくはなかった。

細かい工程はあるけど、基本的にはロースト(焙煎)して皮を剥いたらひたすらすり潰す作業になる。

ネットでは機械を使ってすり潰していた。

そんな機械はないので、すり鉢ですり潰すことになる。

ただひたすらゴリゴリやるのだ。


「頑張れば何とかなりそうね」


諦めてくれると思って説明したのに、逆に火がついてしまった。


ヨツバが豆を取り出して焙煎し始める。


僕は戦力外なのでイロハの方へと行く。


「バターはできそう?」

イロハはビンをずっと振っている。


「この辺りはバターみたいに見えるよ」


「本当だ」

固形とも言えそうな物が出来始めていた。


僕はしばらく2人を眺めた後、お菓子作りは女の子の趣味だと勝手に決めつけて帰って昼寝することにする。


「クオン、これ焙煎出来たと思うから皮を剥いてくれる?バターもいい感じだし、私はいろはちゃんとクッキーを作るわ」

逃げるのが遅かったようだ。


仕方ないので、僕は黙々と皮を剥き続ける。

あれ、多くないか?


「イロハ、カカオ豆って何グラム買ったの?」

僕はイロハに聞く。


「1キロだよ。まとめて作った方がいいと思って多めに買ったよ」


多いよ。調べた時の分量は100gとか200gだったよ。


そう思いながらも、やり始めてしまったので皮剥きを再開する。


「お待たせ。こっちは後焼き上がりを待つだけよ」

進んでるのかどうかもわからなくなるような作業を続けていたら、クッキーの方が完成間近になったようだ。


「うまく出来そう?」


「多分大丈夫だと思う」

とりあえずクッキー作りは成功しそうなようだ。


ヨツバとイロハも加わり3人で皮剥きをする。

そして遂に全ての皮を剥き終わったけど、ここからが本当の地獄だった。

永遠とも思える時間をゴリゴリ、ゴリゴリと……

クッキーが完成してからもただひたすらにゴリゴリすり続けた。


そして夜になった所で厨房を追い出された。


「まだ途中なのに追い出すなんてヒドい」

ヨツバが怒っているけど、僕は助かったと思った。


「後少しだったのに」

イロハがそんな事を言うけど、まだまだ終わりは見えていなかった。


「とりあえず今日は諦めよう。僕のストレージに入ってるからまた時間がある時に続きをやればいいよ。別にチョコは移動に絶対必要ではないでしょ」

僕は自分で言っていて気づいてしまった。


温泉のある辺境の街に行くための準備をしていたはずなのに、なんで菓子作りがメインになってしまったのだろうか……。


「とりあえずクッキーは出来たから、今はこれで我慢しましょう」


「うん……」

2人はとりあえず諦めてくれたようでよかった。


イロハは本来、僕と同じ食べる側の人間のはずなのに、甘い物に関しては努力を惜しまないようだ。

今後は2人がお菓子を作る時には近寄らないように気をつけよう。


ストレージに作りかけのチョコがある時点で、避けることの出来ない事だということに、この時の僕は気づいていなかった。

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