第73話 貸し
昨日ヨツバ達と話をした通り、今日から依頼は受けずに自由行動だ。
自由行動といっても、僕にはまだアリオスさんから頼まれていることがあるので、それを終わらせてやっと自由に動くことが出来るようになる。
僕は詰所の側のお店で朝食を食べながらアリオスさんが来るのを待つ。
お金があるのでいつもより少し豪華な朝食だ。
「待たせたね」
アリオスさんがやってきた
「そんなに待ってないですよ」
「無理を言って悪かったね。約束は守るから」
「大丈夫ですよ。騒ぎにさえならないようにしてくれるなら、何も問題はありません」
「それじゃあ行こうか」
僕とアリオスさんは詰所から少し離れた住宅街へと歩いていく。
「この家だよ」
アリオスさんは1軒の家の前で止まり、ノッカーを鳴らす。
中から男の子が出てきた。
「アリオスおじちゃん、こんにちは」
「坊主、元気そうだな。入らせてもらうぞ」
アリオスさんは男の子の頭をガシガシと撫でる。
「うん、そっちのお兄ちゃんはだれ?」
「私の友人だ。パパの病気を診てくれる」
男の子は僕の方をジッと見ている。
やっぱり子供の相手は苦手だ。
「こっちの部屋だ」
アリオスさんに言われて、玄関からすぐの部屋へと入る。
「ハロルド、体調はどうだ?」
「兵長、色々とすみません。体調は見ての通りです」
「気にするな。私がやりたくてやっていることだ」
「しかし、働いていないのにずっとお金を頂いているのは申し訳ないです。俺はもう衛兵ではない。もらっているお金も兵長が出していることには気づいています」
「お前は立派に衛兵としての勤めを果たした。それに金もなくどうやってこの子を育てる気だ。家事だって雇わないと出来ないだろう?前にも同じことを言った気がするな。私がやりたくてやっているのだから、お前は自分のことに専念していればいい」
「すみません、ありがとうございます。……あの、そちらの人はどなたですか?」
ずっと置いてけぼりだったけど、やっと僕の話になった。
「私の友人だ。君の治療を頼んだ」
「兵長、この足が動かないことは自分が1番わかっています。命が助かっただけで治癒士の方達には感謝しています」
「それでいいのか?治る可能性が少しでもあるなら縋りつこうとはしないのか?私は彼のことを知った時にすぐにお前のことが頭に浮かんだが、私の思い違いだったのか?」
「治るなら治したいですよ。やっと衛兵隊に入れたのにすぐに続けることが出来なくなって……未練しかないです。でも何人もの治癒士の方に診てもらって、これは治るものではないとわかってしまったんです」
「絶対治るなんて言えないが、彼なら可能性はあると私は思っている。騙されたと思って治療されてくれ」
「……わかりました」
「それから、これからこの部屋で起こることは口外禁止とする。私も部屋から出ていくから、私にも言うな。わかったな?」
「え、兵長も何をするのか知らないんですか?」
「ああ、知らない。これが彼に頼んだ時に出された条件だ」
「……わかりました。兵長がそう言うのであれば私に異論はありません。何が起きたとしても誰にも……兵長にも言いません」
「それじゃあ、私は出ていくから後は頼んだ」
アリオスさんは男の子を連れて部屋から出ていった。
「俺はどうしていたらいい?」
ハロルドという人に聞かれる
「目隠しをさせてもらいます。それから耳を手で塞いでいて下さい。いいですか?」
「あ、ああ。兵長はああ言っていたが、俺にも何をするのか教えないということか」
「はい。それから僕の事も誰にも口外しないでください。もし足が動くようになったとしたら、時間経過で自然に治ったということにして下さい。これはアリオスさんも知っていることです」
「わかった。すまないがここから動けないんだ。目隠しをするなら君の方で頼む」
僕はハロルドさんの目を布で覆う。
「耳も手で塞いでおいて下さい」
ハロルドさんは手で耳を塞ぐ。
少しは聞こえるだろうが、僕が大きな声を出さなければいいだけだ。
「口を開けて下さい」
僕はハロルドさんに聞こえるように言って、苦いだけの水を飲ませる。
これに何の意味もない。これを飲んだことによって治ったとハロルドさんに錯覚させようと思っているだけだ。
「ヒール!」
僕は小声で回復魔法を発動する。
「どうですか?足は動きますか?」
「え、あ!う、動く。足の感触がちゃんとある」
「何か違和感はありますか?」
「……いや、何も問題はない」
ハロルドさんは足をペタペタと触った後、返事をする。
「そうですか。治ってよかったです。もう目隠しは取っていいですよ」
「アリオスさん、終わりましたよ」
僕は部屋を出てアリオスさんに報告する。
「それでどうだ?治ったのか?」
「大丈夫です。問題なく動くそうです」
「そうか。本当にありがとう」
部屋に戻ると、ハロルドさんが立ち上がっていた。
男の子が走っていき、ハロルドさんが抱き上げる。
「ありがとう。また立てる日が来るなんて思わなかった」
ハロルドさんにお礼を言われる
「本当に動くようになってるみたいだな」
アリオスさんは信じられないものを見るかのようにハロルドさんを見ている。
「はい。自分でも信じられません」
「あんなことがあったが、衛兵隊に戻ってくる気はあるか?」
アリオスさんが聞く
「もちろんです」
ハロルドさんは即答した。
何があったのかは知らないけど、衛兵の仕事をしている時に下半身が麻痺するような事件に巻き込まれたのだろう。
また同じことが起きるかもしれないのに、よく即答出来るなと思う。
それほど、衛兵の仕事をやりたいということなのだろうけど……。
「あの、お代はいくら払えばいいだろうか?今すぐには無理かもしれないが、いくらでも払うつもりだ」
ハロルドさんに聞かれる。
「アリオスさんから頂くことになっていますので大丈夫です」
「兵長、俺が自分で払います。いくら払えばいいですか?俺に払わせて下さい」
ハロルドさんはそう言うが、僕の求めているものをこの人が提供することは出来ない。
「私が彼に支払うのはお金ではない。彼は私に貸しを一つ付けることを条件に君の治療を引き受けた。彼が私の力を必要とした時、事の大小に関わらず私は無条件で彼の手助けをすると約束したんだ。それが衛兵として間違っていようともだ」
「そんな……。兵長はそれでいいんですか?」
「ああ、彼は悪い人ではない。私はそう思っているからこの条件を受けて治療を頼んだ。世界全てを敵に回すような事を頼まれたとしても、私は約束を守るつもりでいる。もしもそうなるのだとすれば私の見る目がなかったと言うだけだ。その時は君が私を止めてくれ」
「世界を敵に回すような事を頼むつもりはありませんよ。そもそも、本当に自分ではどうしようも無い程に困った時にしか頼むつもりはありませんし……。ああそれと、アリオスさんが思っている程、僕はいい人間ではありませんよ」
衛兵としては、露呈してないから知らないだけで、僕は捕まえるべき相手だ。既に3人殺しているのだから。
「そうか。まあ、こちらとしてはそのくらいの覚悟があるからなんでも言ってくれ」
「その時はお願いします」
力がバレるというリスクを少し負っただけで、アリオスさんに貸しを作れたのは大きい。
元々後ろ盾になってくれるとは言っていたが、それだと頼める事に限界がある。
僕を信じてくれているアリオスさんには悪いけど、本当に困った時には、嫌な事を頼むことになるかもしないな。
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