第66話 幸運
イロハに元の世界に帰りたいのか確認のために聞いたら、少し予想とは異なる答えが返ってきた。
「今じゃないっていうのはどういうこと?」
「もちろん帰りたいんだけど、帰る方法があるなら、自分だけじゃなくて四葉ちゃんとえるちゃんと一緒に帰りたい。もちろん他のクラスの人も一緒の方がいいけど……」
えるちゃんっていうのが誰かわからないけど、仲の良かった人をこの世界に残したまま自分だけ帰るのは嫌ってことか。
そうなると、イロハを殺すのはえるちゃんって人を探して、ヨツバが帰る気になった時ってことか……。
当分先になりそうだ
「そうなんだね。ちなみにえるちゃんっていうのが誰かわからないんだけど……?」
「神下さんだよ。神下えるちゃん。クオンは顔を見ないと思い出せないかもね。私といろはちゃんとえるちゃんの3人でよく遊んでたの」
ヨツバが教えてくれた。
言われてみると、教室でヨツバの近くにイロハとは別にもう1人いた気がする。あれが神下さんのようだ。
なんとなくだけど、顔は思い出した。
「なんとなく顔は思い出したよ。教室の後ろの方でよくワイワイやってた内の1人だね」
「その表現が合ってるのかはわからないけど、多分そうね」
「それなら神下さんを探すのを僕も協力するよ。協力すると言っても何か当てがあるわけでもないけどね」
「いいの?ありがとう」
イロハにお礼を言われた。
ヨツバは複雑そうな表情だ。
「イロハは僕がさっき言った事に何か思うところはないの?僕だけ帰れるとか、こんな事になってるのにゲーム感覚なのかみたいな事」
イロハが何もその辺りに関して言ってこないので、僕の方から聞く事にする。
「もちろん思わないわけではないよ。1人だけ帰れるなんてズルいって思ったし、大変な思いをしてたのにゲーム感覚でいるなんてどうかしていると思う。でも、クオン君を妬んだところで帰れるわけではないし、ゲーム感覚だったとしても、私が助けてもらったのは事実だからね」
「なんか冷静だね」
ヨツバは取り乱していたのに……。
「四葉ちゃんがいるからかな。四葉ちゃんはクオン君の事を信頼しているみたいだし、クオン君が自分で言う程ヒドい人ではないのかなって思えるよ。それに、さっきまで監禁されていた事を考えると、日本には帰れてないけど今は幸せだなって思うから」
さっきまで怖い思いをしていたから、それに比べればってことか…。
予想していた感じにはならなかったけど、話さないといけない事は話したかな?
考えていたら、聞きたかった事を思い出した。
「聞くのを忘れてたよ。服飾屋で男子の制服を見つけたんだ。この街に誰かいたと思うんだけど、イロハは知らない?」
「知らないよ」
「そっか。この街は広いからね。会える方が珍しいか」
「会えてたら、四葉ちゃんと会えてないかもしれないから、逆に運が良かったのかも知れない」
「……そうだね。結果的には出会えなくてよかったね」
僕は思う。
本当に運が良かっただけなのか?
もしかしてヨツバの[幸運]の効果はまだ続いているのではないか?
スキル欄からも消えているし、1回しか使えないというのは間違ってないのだろう。
ただ、ヨツバの幸運のゴールがもっと先にあるのなら、僕を見つけたのも、イロハに会えたのもその過程に過ぎないのかもしれない。
もしかしたら、あの衛兵さんが僕達の言う事を聞いてくれる人だったのも……
考え出したら全てがそんな気がしてきた。
まだ1回だ。まだ1回偶然が重なっただけ。
本当に偶然かもしれない。
でも、本当に幸運のスキルの効果が残っているのなら僕にとって困った事になるかもしれない。
ヨツバの幸運のせいで、僕までイージーモードになるのは勘弁して欲しい。
効果が残っていたとしても僕にとっては厳しい方向で頼みたい。
ヨツバの幸運で、僕が同級生を殺しているのが露呈しやすくなるとかなら別にいいけど、何をやらかしてもいつの間にかトラブルを躱していたなんていうヌルゲーにはしないで欲しい。
死んだら終わりの人生なら、喜んでその幸運の恩恵を得たい。
でも、今は死んだとしてもこの世界に来られなくなる可能性があるだけだ。だったらそんな幸運、僕はいらない。
どうかヨツバにとってだけの幸運でありますように。
僕は切に願う。
「難しい顔してどうしたの?」
ヨツバに聞かれる
「運がいいってことだけど、ヨツバの幸運のスキルの効果がまだ続いているんじゃないかなって思ってね」
「そうだったら嬉しいな。クオンもいろはちゃんもすごいスキル持ってるのに、私だけスキルを無くしてるなんて嫌だし。でも、それならなんで難しい顔してるの?そうじゃなかったとしても、悪いことではないでしょ?」
「ヨツバにとっては良いことだよ。でもその幸運が僕にまで影響してくるなら嫌だなって思っただけだよ」
「なんで?クオンにも幸運が訪れるならいい事だよね?」
「例えば、僕がミスを犯して国に追われる事になったとして、一緒に行動しているのだからその影響はヨツバにもあるよね?その時に幸運の効果が発動してミスがなかったことになる。ヨツバはどう思う?」
「スキルのおかげで助かった。ラッキーって思うよ?」
普通はそう思うだろう。
「僕はこの世界がヌルゲーのクソゲーになったなと思うよ。幸運のスキルが自分の意思で発動出来るのなら、使ってしまった、クソっ!次こそは実力でって思える。でもいつの間にか発動されると、これは実力なのか…それとも運が良かっただけなのかがわからなくなる。それに自分の行動が誰かに操られているような気がする。例えば、今回は僕が冒険者の人からイロハの情報を得たよね?聞き耳を立てていたらたまたま聞こえてきたわけだけど、それが幸運の効果によるものか、それとも本当に偶然か……」
「そんな事私に言われても制御なんて出来ないよ。スキル欄からはちゃんとなくなってるんだから」
「わかってるよ。ちなみにヨツバは僕を見つけた時に何を願ってたの?ピンポイントに僕に会いたいと思っていたわけではないでしょ?」
「どうだったかな。お家に帰りたいって思ってたとは思うけど……」
その願いが幸運のスキルによって叶っているなら、僕に出会うのではなく、偶然事故に巻き込まれたりして死んでいたはずだ。
だからヨツバの願いは違うと思う。
「その時に、イロハと神下さんの事を考えてたりしてない?3人で帰りたいみたいな」
「わからない。そんな余裕はあの時なかったし……。でもいろはちゃんとえるちゃんの3人で帰れるなら、絶対にその方が嬉しいとは思ったはず」
「仮に幸運のスキルで得るものが、ヨツバとイロハ、それから神下さんの3人で元の世界に帰ることだったら、そうなるようにヨツバには幸運が訪れ続けるかもしれないね」
「そうなの?」
「可能性の話としてね。だからその幸運の恩恵に僕が含まれないように願っておいて。今、願ったところで意味があるかはわからないけど……」
「えっと……、クオンに幸運のスキルの影響がありませんように……。これでいいの?」
ヨツバが手を合わせて言う。気持ちがこもっているようには見えないけど、それは仕方ない。
ヨツバにとって、よくわからない事をさせているのだから。
考えたところで答えなんて出るわけがないので、僕はなんとかこの事を忘れられないかなと思う。
「クオン君ってドMなの?幸運が要らないなんて」
話のというか、僕の本質を理解していないようで、イロハにそんな事を言われた。
「断じて違うよ」
僕は強く否定する。
僕はドMではない。ゲーム脳ではあるけど。
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