第67話 差し入れ

翌日、僕は宿屋の厨房の一角で何もせずに突っ立っていた。


横にはイロハがいる。

イロハも僕と同じく何もせずに立っているだけだ。


僕の見つめる先ではヨツバが料理を作っている。

テキパキと進めていくヨツバを見ながら、僕は一体何をしているのかなぁ、帰ったらダメかなぁ、なんて考えている。


僕達が何故厨房に集まっているのか、それはイロハが昨晩、あの衛兵さんにもう一度ちゃんとお礼をしたいと言い出したからだ。


衛兵の仕事は街の治安を守ることであって、ちゃんと国か、この街の領主からかは知らないけど給金をもらっている。

その代わり、誰かを助けたとしてもその人に助けた報酬を請求する事はない。


言葉でお礼は言ったわけだけど、改めてちゃんとお礼がしたいとのことなので、手土産として休憩の時にでも食べてもらえるような差し入れを作る事になった。


それで宿屋の厨房の一角をお願いして借り、3人で作ろうとしたのだけど、ヨツバが僕とイロハに戦力外通告をした。

その結果、僕とイロハはヨツバが作っているのを後ろで見ているだけになっている。


イロハ自身がお礼をしたいと言っているので、何もしてなかったとしてもここにいるのはわかる。

でも僕は帰っていいのではなかろうか?


あの衛兵さんに感謝はしているけど、助けられたのはイロハであって、僕ではない。

完成するまで、自室に戻っていたらダメだろうか?

向こうでやる事もあるし……


「あとどのくらい完成するまでに掛かるの?」

僕はヨツバに聞く。


「2時間くらいかな。作ったことのない料理もあるし、作る量も多いからそのくらいは掛かると思う」

差し入れに日本の料理を持っていくわけにはいかないので、ヨツバはこっちの世界にある料理を作っている。

レシピを持っているわけではないのに、食べたことがあるだけで感覚で作れるのはスゴいと思う。


その代わりに味見を繰り返しているので、時間が掛かっているようだ。


「それじゃあ、僕は一旦帰るね。また2時間後に来るよ」


「え…クオン君帰るの?一緒に四葉ちゃんの応援をしようよ」

イロハが驚いたように尋ねた後、僕にまだ残るように言う。


今のイロハは廊下に立たされているような状態に近い。

別に悪さをしたわけではないけど、ここを離れる事を良しとはされていない。

自分の為にヨツバが代わりに料理をしているのだから当然ではある。


イロハとしては、立たされている仲間がいると思っていたら、そいつが自分を置いて帰ろうとしているのだ。

止めたくなる気持ちがわからなくはないけど、僕がここに残る理由はあんまりないので、イロハを残して自室に帰ることにした。


2時間ではやろうと思っていたことをやるには時間が足りないので、僕はアラームを掛けて昼寝することにする。


2時間後、宿屋に戻るとまだ料理を続けていた。

イロハもヨツバの隣で何か作っている。

戦力外通告は無しになったのだろうか?


「どんな感じ?」

僕はヨツバに聞く


「もうそろそろ完成するよ」


「イロハは何を作ってるの?」


「今はハンバーグを作ってるよ。これは差し入れで持っていくやつじゃなくて、四葉ちゃんに作り方を教えてもらっているの」

焼いているところを覗くと、普通に美味しそうだ。


「普通に料理出来るんだね」

包丁の使い方から間違っていると言われた僕とは違ったらしい。

試行錯誤しながら作る分には戦力にならなかったというだけのようだ。


「レシピ通りにならなんとか作れるよ。感覚で味付けが出来る四葉ちゃんとは比べないでね」


「ヨツバの料理は美味しいからね。僕はレシピがあっても作れそうにないから、作れるだけでスゴイと思うけどね」


「クオン、出来たから仕舞ってくれる?」

差し入れが完成したようだ。


「かなり作ったね。材料は足りた?」


「うん、足りたよ。クオンが買い溜めしていた食材をほとんど使っちゃったけど良かったの?」


「それはまた買い込むから大丈夫だよ。食材に関しては、パーティ用に分けてるお金を使ってるから気にしなくていいよ。それにイロハがいるなら、今後は僕が買い込んでなくてもいつでも手に入るからね」

僕は容器に詰められた料理と、わずかに残った食材をストレージへと仕舞う。


「私も出来た」

イロハが作っていたハンバーグも完成したようだ。


「それはどうするの?」


「昼ごはんで食べようかと思ってるよ」


「なら、それも僕のストレージに入れておくよ。何か容器に入れてもらっていい?」

僕はハンバーグもストレージに仕舞う。


「差し入れで持っていくにはちょうどいいくらいの時間かもね」

もう少しするとお昼だ。昼前に持っていくのがいいだろう。


僕達は詰所へと向かい、詰所に入る前にストレージから差し入れの料理を出してから中に入る。

あの衛兵さんには僕がアイテムボックスを使えるのを秘密にしてもらえるように言ってあるので、他の衛兵さんにバレないようにする。


「何用だ?」

昨日とは違う衛兵さんだ。


「昨日、衛兵さんに友人が監禁されているのを助けて頂きましたので、改めてお礼をさせてもらいたくて来ました」

僕は要件を告げる


「兵長が対応したやつか?そうなると君が兵長が言っていた……。ああ、呼んでくるからそこで待ってなさい」

あの人は兵長だったらしい。呟いた事が気になったけど、とりあえず昨日の衛兵さんを呼びに行ってくれた。


少しして、昨日の衛兵さんが奥から出てきた。


「わざわざお礼をしに来てくれたのか。こうして感謝されると、この仕事をしていて良かったと思うな」


「昨日は助けていただきありがとうございました。これ、皆さんで召し上がって下さい」

イロハが差し入れを渡す


「美味そうだ。皆喜ぶだろう」


お礼もしたので帰ろうとしたけど、呼び止められた。


「せっかくだから一緒に食べていかないか?かなりたくさん作ってくれているから、君達と食べても皆満足するはずだ。ちょうど君に聞きたいこともあったから、時間をもらっていいか?」

特に断る理由はなく、お礼をしに行った相手からの誘いなので受けることにする。


僕に聞きたいことってなんだろう?

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