『依存症』
「……無くなると、不安で仕方がない?」
頷く相手。
「……手に入れるためには、見境ない行動をとってしまう?」
問診票のチェック項目を埋めていくレ点。
目の前の相手は絶えず身体を揺らし、不安そうな表情で目が泳いでいる。
現代は競争社会、相互監視、情報氾濫、匿名中傷など様々な生き辛さが溢れ、人々はその絶えることの無い濁流の中でもがいている。
酒、ギャンブル、性、浪費、薬物などの一時的な安らぎが常態化し、やがて無くては生きられなくなるまで依存してしまう人も少なくない。
そうした人は遠からず金銭的、もしくは身体的に破滅してしまうこともある。
そんな危機感がある人達が私の経営する医院に訪れるのだ。
私は日々、ひとりひとりの患者と親身に向き合い、カウンセリングや投薬で患者の社会復帰に助力している。
「ありがとうございます……。また来ます……」
「お大事に」
帰っていく患者の背中は暗い雰囲気。
依存症の克服は容易ではない。
患者の意志や忍耐力の強さも必要だが、周囲の支援も必要だ。
しかし最近は孤独感から依存症になる人間も多い
依存症でなくとも鬱などの精神病になってしまう場合もある。
戦争などの争いは随分と減ったものだが、こうした社会や自分の内面との戦いは増えたのかもしれない。
ままならないのが世の中か……。
一日の仕事を終え、自宅へ向かう。
今日も遅くなってしまった。
愛する家族のためとはいえ、最近は仕事ばかりだ。
そのため妻には子供達の育児を押し付けてしまいがち。
そうだ、今度の休みは家族を連れてどこか旅行にでも連れていってやろう。
私を支えてくれる家族への感謝を込めて。
家族の生活と笑顔を支えるのが私の生き甲斐なのだ。
帰宅すると、家の中は荒れ果てていた。
慌てて家の中を探す。
家族は無事なのか。何があったのか。
私の書斎で、拘束されている家族を発見した。
駆け寄ろうとしたとき、背中に硬いものを押し付けられた。
覆面の強盗は私のことも縛り上げ、金庫の前に連れて行った。
案の定、金庫を開けろと要求してきた。
しかし、この金庫には私財の他に患者の個人情報も入っている。
強盗までする悪人のことだ。
患者の個人情報まで金に変えることだろう。
医者としてそれは看過できない。
私はどうか見逃してくれと懇願した。
すると、鈍く光る銃口が私に向けられた。
全身に冷たい汗が吹き出すのを感じた。
しかし次の瞬間、銃口は子供に向けられた。
破裂音が響く。
頭が真っ白になるような感覚。
あまりのことに息ができない。
耳鳴りの向こうで、強盗の声が聞こえた。
「お前が医者で、他人の不幸で随分と儲けているのは調べたから詳しく知っている。
こんな世の中だ。心を病む奴も多いだろう。
社会の景気が悪くなるほど、お前の景気はよくなるわけか。
だけど同時に、景気が悪くなると俺みたいに暴力で儲ける奴もでてくる。
お互い様ってことだな。
これ以上家族を殺されたくなければ、大人しく言うことを聞くんだ。
そうだ。
家族が殺されると分かったら従順になったようだな。
失うことで初めて家族の大事さが身にしみたってところか。
それを失わないためなら、金も仕事も投げ出す……。
まるでお前が相手にしてる患者みたいだな。
そうそう、問診票もここにある。
俺がチェックしてあげよう。
……無くなると、不安で仕方ない?
……手に入れるためには、見境ない行動をとってしまう?」
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