『 I 』

これだ!と思うアイデアをひらめいた。

私は急いで身体の残りの部分を洗い、シャワーで泡を流す。

その間にも頭の中のアイデアはすくすくと育ち、詳細な設定や展開が肉付けされていく。

詩情的な表現、あっと驚く展開。

頭の中ではすでに作品は完成したようなものだ。

道筋はできた。

早くプロットをアプリに打ち込み、忘れないようにメモしておきたい。

このワクワクする感覚がたまらなく好きだ。

創作活動において私が何より好きなことは、自分が読みたいと思うものを自由に作れることである。

創作、芸術、表現作品とは自由なものだ。

創作物は私の分身であり、私そのものでもある。

創作活動は私の生き甲斐だ。


風呂からあがり、濡れた髪も乾かさずに画面に向かった。

頭の中のイメージを言葉にして入力していく。

画面が文字で埋まっていく。

プロットだから簡潔だが、これはかなりの大作になる予感がした。

新しい作品が今生まれようとしている。


ようやくアイデアをまとめあげた。

あとは精密に形作ってゆくだけ。

ロマンと情緒に満ちた、我ながら良い作品になるだろう。

一息つき、私は「プロット完成」のボタンを押した。

するとどうだ。

私が今打ち込んだ文章の行ほとんどに、注意を促すアラートアイコンがいくつも表示された。

「類似作品が検出されました」


コンピュータ技術の発達は目覚しく、様々な分野を便利にした。

それは芸術や創作の分野でも同じ。

私が使用している小説執筆用のアプリケーションは、プロットを書き終えると自動的に過去にあった作品群と見比べる。

それこそ世界中の創作物から、類似した点が無いかを精査するのだ。

インターネットや専用データベースに残された膨大な記録から、盗作や盗用に該当しないかを見極めてくれる。

たとえ自分で意図しなくとも、無意識下で過去にどこかで見た作品を、あたかも自分のアイデアとして思いついていないとは限らない。

創作者の端くれとして、他人のアイデアの盗作や盗用は許し難いことだ。

だからこのアプリケーションを使うことにしたのだが、今回もダメだった。

これで何度目だろうか。

何度アイデアを思いつき、これこそ唯一つ、私だけの新しい思いつきだと思っても、機械は類似作品を探してくる。

文章表現、起承転結、登場人物、それら全てを精査する。

人類は常に、表現し創作しながら生きてきた。

もはや新しいアイデアなど無いのだろうか。

今しがた出来上がった新作のプロットの殆どの行に表示されたアラートと、最後に表示された「盗作、盗用に該当する可能性98%」の表示を見て、「削除」のボタンを押した。


私は新しいものの創作や表現なんてできない人間だったのだろうか。

このアプリケーションを導入してから、全く自信を無くしてしまった。

新作はずっと書けていない。

それ以前の作品も機械を通し精査して確かめたいが、恐ろしくて確かめられないでいる。

私が今まで作り上げてきた大切な作品たちは、誰かの真似事、二番煎じだったのだろうか。

ひとり表現者を気取っていたのが本当にバカバカしく思えた。

私は力なくカウチに身を沈めた。

シャワーで温めた身体はすっかり冷えきってしまっている。


そんな時、携帯端末がメールの新着を知らせてきた。

力なく端末を手に取る。

確認すると、検診の結果が届いていた。

身長、体重、BMI……。

コンピュータが過去と世界中から類似を探し出す技術は様々な分野に及んでいる。

ここも例外ではない。

試験的に導入され、試しにと測ってもらった結果が載っていた。

自分の身体情報から来歴、性格傾向を分析し自分の個性を確認できる検診。

過去と現在の人類の中から、自分との類似率を調べる検診。

「類似率99%」

私は、いや現代に生きる人々の殆どは、「自分は世界でただひとり」というアイデンティティさえ失おうとしている。

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