『ブロック』

ネット広告に引っかかるのは抵抗があったが、それを知った次の瞬間には、もう購入の手続きに移っていた。

それほどまでに、私は日々のストレスに耐えかねていたのだ。

世の中には馬鹿と無神経と常識の無い人間が多すぎる。

ネットでも日常生活でも、私はそれらに不満が溜まっていた。

もはやそれは、不満から嫌悪になり、憎悪ですらあった。

何故私がそれら下らない人間のために神経をすり減らされなければならないのか。

気にしないようにしようとも、それが出来ないほど、外にもネットにもテレビにも、そういう人間は跳梁跋扈している。

そんな中で、私はある商品を見つけたのだ。

そしてろくに検討する間もなく、購入していた。

効果については半信半疑だったが、それが届くまでの数日は落ち着かず、夢のような生活を思い描かずにはいられなかった。

そしてそれが手に入る日、仕事が終わると脇目も振らずに家に帰った。

宅配ボックスの中には拍子抜けする程小さいそれが、味気なくそこにあった。


取り扱い説明書をよく読み、設定を済ませる。

見た目は普通の眼鏡と変わらないように見えるが、テンプルからイヤホンが伸びている。

普通の眼鏡と同じように装着し、イヤホンをつける。

シンプルなデザインで、普段眼鏡をしない私にも違和感がない掛け心地。

見た目も自然で、高性能眼鏡には見えない。

しかし問題は、その機能だ。

さっそく試してみるために、携帯端末で適当なものを見てみることにした。

入力することにも抵抗があるようなキーワードを検索する。

すると、果たして効果は覿面だった。


これは、目や耳に入る特定の情報をブロックできる眼鏡。

世の中に溢れている、見るのも聞くのも不愉快なもの。

暴力的であったり、下品であったり汚かったりするもの。

それらがレンズに写ると、対象を塗りつぶしたように隠してくれるのだ。

また、イヤホンにもフィルタリング機能があり、周囲の音は普通に聞こえるが、予め設定したキーワードなどは耳に入る前に規制音でかき消されるようになっている。

まさに私をストレスから救う救世主。

これで理想の日常生活が手に入る。


私は快適な生活を手に入れた。

道に落ちている不愉快な▫️▫️も、頭の▫️▫️た▫️▫️も気にすることは無いし、▫️▫️の▫️▫️も私の耳には届かない。

私はこの眼鏡に満足し、間もなく身体の一部のように、手放せないものとなった。

ストレスが無くなった私は、生活に余裕ができた。

肌ツヤが良くなり、ストレスによる暴飲暴食もなくなり体重が落ちた。

そして何より心に余裕ができた。

仕事でも日常生活でも嫌なことはあるが、それらは私まで届かない。

眼鏡が守ってくれる。

眼鏡の規制が入るたびに、私がこれまで暮らしていた地獄を、さらに嫌悪した。


快適な生活が続く私と対照的に、不機嫌だったり不満を浮かべた表情の人が増えたように思う。

以前は私もああだったのかと思うと、げんなりした。

テレビのニュースでは、なんだか緊張した面持ちのキャスターが、連日▫️▫️の大量発生を報じていた。

画面にはたくさんの▫️▫️が大通りを闊歩し、拡声器で▫️▫️を叫び、建物を▫️▫️する映像が流れた。

私の家の近所も映っており、見たことのある▫️▫️が▫️▫️に包まれて▫️▫️をあげていた。

世界にはこんなにも▫️▫️が溢れている。

テレビを消し、そんな世界でひとり完全に守られている深い安心感の中、私は眠りについた。

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