第5章 女当主 49
部屋には、天蓋からベージュ色のレースのカーテンが下がったベッドが置かれてあった。
レオナルドは荒々しくシェリーをそこに寝かせると、白いシャツを脱ぎ捨てた。
「私には逆らえないと言ったはずだ」
シェリーはこれからから起こることを恐れ、体が動かなかった。
「やめて……」そう言ったときには、彼の唇が彼女の言葉をさえぎった。
嫌いになったのに……そう思いたたかったのに……
熱っぽくて激しいレオナルドの情熱の波は、次第に彼女を溶かしていった。なにもかも忘れてしまうような甘美な運命の手…… いつしかシェリーもレオナルドに応え、彼を優しく抱いていた。
恋の欲望は二人を強く結びつけた。
彼女は、恥じらいながらもドレスと下着を一枚ずつ脱いでいった。
二人は互いの目を見つめ合い、愛を交換したのだ。
愛している…… ただそれだけだ。
どれほどの時間がたっただろう。疲れ果てたレオナルドはシェリーの胸に顔をうずめ、静かに息をしている。
シェリーは彼の髪をまさぐりながら言った。
「もう…… いかなくちゃ」
レオナルドは顔を上げた。
「その必要があるのか…… 」
「わかって、ここにはいられない」
彼はシェリーの唇に軽くキスをした。
「たくさんキスをしたから唇が赤くなっているよ」
「そんなふううになっているの」シェリーは笑った。
彼女はレオナルドから体をずらすと、ベッドからけだるく起き上がった。そして散乱した服を拾い、着始めた。
シェリーの白い背中を見ながら、レオナルドが言った。
「怒っている?」
シェリーはベッドに横たわる彼を見つめて言った。
「大丈夫、怒っていない」
「でも、帰ってしまうんだね」
シェリーは物憂げな顔をした。
「もう、ここには来ない」
レオナルドは、乱れた白い枕に顔をうずめた。
「こうなってしまったことはしかたないと思う。でも、これを最後に、レオナルドには逢わない」
彼は顔を上げず言った。
「君がその気にさえなれば、別れる必要はないんだよ。それでも行ってしまうつもりか」
シェリーは壁にかかった鏡を見ながら、黒い髪の乱れを手でなおしていた。
「答えは変わらない。こんなこと続けるつもりはないの」
「愛していても?」
「そう……」
服の皺を伸ばすと、シェリーは未だにベッドから起き上がろうしないレオナルドに言った。
「帰るわレオナルド。さようなら……」
レオナルドは彼女に背を向けた。
「わかった。行くがいい……」
たくましいけれど、戦場で多くの傷を負った背中には、孤独が垣間見えている。レオナルドの知られざれる一面だった。
シェリーは扉を開け、玄関に向かって歩きだした。
エントランスにはドリスが立っていた。ドリスはシェリーの赤いマントを手にしている。
「お帰りですか?」とドリスが言った。
シェリーはうなずいた。
「遅くなってしまったけれど、これから帰るわ」
ドリスがシェリーにマントを着せようとしたときだ。シェリーはドリスが涙ぐんでいることに気がついた。
「ドリスどうかしたの?」
ドリスは涙をぬぐった。
「いえ、別に、私、今度結婚するんです。それでカトラル家を離れます」
シェリーは驚いた。
「あなたも結婚を…… そうなの。おめでとう」
「長年レオナルド様にはお仕えさせていただきましたけれど、レオナルド様には奥様が来られることが決まったし、これでいいんだと思いました」
「そう、レオナルドは寂しくなるでしょうね」
「そんなこと。でも、私はレオナルド様にお仕えできてとても楽しかったんです。だけど、レオナルド様にとって大事なお方がお屋敷を仕切られるようになるのなら、もう、ここを去ったほうがいいんだと思いました」
「あなたのお相手は言い方なのね」
ドリスはほほ笑んだ。
「はい、ずっと私を待っていてくれた人です」
「よかったわ」
「シェリー様、あの、こんなこと言っては失礼だとは思いますが……」
ドリスは言いにくそうにしている。
「なんなの?」
「奥様になられる方は…… レオナルド様に、ふさわしい方が来られるのです。そのことはご理解ください」
シェリーは意表をつかれて、顔が青白くなった。ドリスは釘をさしたつもりなのか。
「わかっているわ……」
「お願い申しあげます」ドリスはさりげなく顔を背けた。
シェリーが赤いマントを着ると、ドリスが玄関の扉を開けた。
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