第5章 女当主 48

 シェリーの怒りは頂点に達した。どこまで人を愚弄ぐろうすれば気がすむのだろう。レオナルドは上品ぶっても真の紳士ではないとわかってはいたが、ここまで言われるとは。安っぽい場末の女に言うようなせりふだ。

 シェリーは怒りから拳を握りしめた。


「許せない」シェリーは叫ぶと、レオナルドにとびかかった。

 レオナルドの手からグラスが落ち、くだけた。グラスの破片とともにウイスキーの香りが部屋中に広がった。


 シェリーはおもいっきりレオナルドの胸をたたいた。彼が心底憎かった。

「やめろ、シェリー」


 レオナルドはシェリーの手を抑えつけたが、シェリーは足をばたつかせて抵抗した。彼はシェリーに体を傾け、その重みで彼女を床に押し倒した。

 シェリーは手を抑えられ、その上にレオナルドがのしかかっている。

 彼の呼吸は荒かった。


「落ち着けよ」

 レオナルドの顔がシェリーの顔のすぐ上にあった。ウイスキーの香りがする。

 彼のはだけた胸の筋肉の緊張が見え、目は大きく見開かれていた。彼はなにかを言いたそうだった。


 彼女は無視するかのように、ぷいっと横を向いた。

 レオナルドは口をようやく開いた。

「シェリー…… 私を刺激するな」

 シェリーは唇を強くむすんだ。誰が、返事なんかするもんか。


 レオナルドはしかたなく、彼女から体を離した。彼はシェリーのそばで、片膝を立てて座り込んだ。

「君はあの男が好きなのか」

 シェリーはゆっくりと上体を起こして、レオナルドを見つめた。


「私とジェフとのことは、あなたには関係ない。レオナルド、あなたにはフィアンセがいるのよ」

 レオナルドが顔を彼女に向けた。

「そうだ。だからなんなんだ。私の結婚は私の問題だ」レオナルドはふてくされたように言った。


 レオナルドは変わらないとシェリーは思った。

「私には関わらないで。もう、別の人生を歩んでいるのだから」

 レオナルドは視線を落として、沈黙していた。


 シェリーは立ち上がると、スカートの皺を手で伸ばした。

「お願いよ。これきりにして……」

 レオナルドは返事をしなかった。


「いつ結婚するの?」とシェリーが訊いた。

「春になったらするさ……」レオナルドはなげやりに答えた。

「そう、もうすぐね」

 シェリーはそれだけ言うと、部屋の出口へと歩いていった。

「私の結婚を祝福してくれ」彼がシェリーの背中に向かって言った。


 シェリーは振り返ると、丁寧に会釈をした。

「おめでとうございます。カトラル伯爵閣下」

 そして、また扉に向かいドアノブに手をかけた瞬間だった。



 レオナルドは突然、決意したかのように立ち上がるとすばやく彼女に近づいた。彼は彼女の肩に手をかけた。

「こっちを見ろ」

 シェリーは驚いて彼を見上げると、レオナルドは彼女を強く抱きしめ、キスをした。


 シェリーは恐怖を感じ体を離そうとしたが、レオナルドは激しく、力はあまりに強かった。

 レオナルドはそのまま彼女を抱きかかえると、歩きだし、居間から通じる別の部屋の扉を乱暴に開けた。

「やめて」と彼女は小さく叫んだが、さらに彼は強く抱きしめ、有無も言わせなかった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る