第3章 王家の争い 20

 カトラル伯爵を送り出したあと、シェリーは玄関の椅子に座り、取り残された悲しみに泣いた。まさか、こんな別れになるなんて。レオナルドは戦争に行ってしまった。


 泣いているシェリーに、一人の影が音もなく近づいてきた。

「シェリー」

 シェリーは茫然として見上げた。

「おばあさま」


 ガウンを着たエリザベスが、青白い顔でシェリーを見つめている。

「カトラル伯爵だったのね」

 シェリーは涙にぬれた顔を向けるだけで、答えることができなかった。


「シェリー、お前は伯爵を愛してしまったのね」

 エリザベスの暗く沈んだ声が、シェリーの胸に響いた。


「おばあさま、そんな……」

 シェリーはいっそう泣きじゃくると、顔を両手でおおった。



 カトラル伯爵が、出発する前にシェリーに逢いにきた気持ちは、真実だったのだろうとエリザベスは思った。伯爵とて人間だ。自分の気持ちを落ち着かせるために、シェリーに別れを言いたかったのだろう。しかし、伯爵が無事に帰ってきても、シェリーに誠意ある態度を示すかはまた別だと、エリザベスは思慮深く考えた。人は状況によって変わる。


「シェリー、伯爵にはいろいろな側面がある。戦争にでかけるときは、伯爵だって、感傷的な気持ちになるのよ」


 翌日、エリザベスはシェリーに語りかけた。

 シェリーは居間の長椅子に座りながら、視線を落として沈黙していた。エリザベスの言いたいことはわかっている。


「カトラル伯爵はつまらない男だと言っていたけれど、それは嘘だったの?」エリザベスが訊いた。


 シェリーはなかなか返事ができなかった。


「伯爵に求婚されたの?」

 シェリーの顔色が急に変わった。

「そんなことないわ」シェリーは小さく答えた。


「そうでしょうね」エリザベスが、わかりきったような顔をした。


「結婚できない男と恋愛したって、傷つくのは目に見えてわかっているじゃない。シェリー、カトラル伯爵をつかまえることはできないわよ。たとえ今は愛してくれても」


 シェリーは、伯爵が愛人になれと言ったことを思い出していた。

「おばあさまには、私の気持ちはわからない。それにレオナルドが好きかどうかも、本当のところわからないの」


 シェリーのうなだれた様子をエリザベスは見つめていた。このは、世間を人間を十分理解できていない。


「シェリー…… お前はまだ若い。伯爵の本当の姿を知らない。彼は女を幸せにできるような男じゃないわ。伯爵は権力の中枢に生きている人よ。女の愛より大事にしているものがあるのよ」


 カトラル伯爵の背後にあるものは、シェリーの知らない世界なのだろう。レオナルドが遠い存在であることは、確かなのかもしれないとシェリーは思った。


「今はなにも考えたくない」

「それなら、私の言葉を胸に刻んでほしいわ。シェリー、お前の幸せのためよ」


 シェリーは相変わらずうつむいて、返事をしなかった。


 シェリーには、エリザベスの忠告が痛いほどわかっていた。

 カトラル伯爵のいつもの言動と行動からして、昨日の彼は、戦いの前の悲痛な心理からきた特別なものなのかもしれない。しかし、一面伯爵の真実でもあるはずだ。


 そんなレオナルドをシェリーは忘れることができない。

 シェリーは彼から受けた最後のキスを思い出しながら、このまま自分を偽ることは無理だと感じ始めている。
























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