第3章 王家の争い 18

「シェリー大丈夫だった。とても心配していたのよ」

 エリザベスが、帰ってきたシェリーを抱きしめた。

 エリザベスは、シェリーを行かせたことを後悔していた。

「ええ、大丈夫。安心しておばあさま」


「街はどうだった?」

 シェリーは沈痛な面持ちで答えた。

「カトラル伯爵に会ったの。戦争になるかもしれないって」

 エリザベスの顔が険しくなった。

「戦争…… そんな大変なことに」


「まだわからないけれど、とっても難しい状況みたい」

 エリザベスは大きくため息をつくと、顔をおおった。


 長年平和だったロルティサが、危機に直面している。エリザベスは、かなりのショックを受けていた。

 夜になると、エリザベスはウイスキーを少し飲み、早々とベッドについた。


 シェリーは自室で、窓からまんじりと夜の空を見ていた。今日は雲が出ていて、あまり星は見えない。


 カトラル伯爵が、戦争に行ってしまうかもしれない。

 なぜか。シェリーの体の中で、言い知れぬ苦痛が広がる。

 伯爵を愛しているわけではないのに。


 彼を失うことを考えるだけでも恐ろしい。

 それはなぜなの?


 シェリーはカトラル伯爵のせいで、揺れ動く自分を認めたくなかった。彼にかれることはできない。伯爵は愛情の対象にはならない人だ。


 シェリーは椅子に座りながら、とめどない思いをめぐらしているうちに、うとうととしてしまった。


 突然、部屋の扉がノックされた。シェリーは慌てて起き上がると、扉を開けた。

 リリーが目をうろつかせて立っていた。


「シェリー様、カトラル伯爵が来ていらっしゃいます」

「伯爵が」

 シェリーは声を上げそうになったが、エリザベスに気づかれないよいうにと、声を途中でひそめた。


「リリー、すぐに応接室の灯りをつけて、伯爵をお通しして。私はすぐに行く」

「はい、シェリー様」

「それから静かにね。おばあさまを起こさないよいうにして」


 リリーはうなずくと、階下に降りて行った。

 シェリーは鏡に向かうと髪をとかし、身なりを整えると、音が響かないように、そっと階段を降りた。


 応接室の扉を静かに開けると、カトラル伯爵が青い軍服を着て立っていた。

「こんな夜分に突然来てすまない」

 燭台の灯りにゆれる伯爵の顔は、陰鬱だった。


 シェリーは伯爵のそばに歩みよった。彼女は不安を感じ取った。

「どうしたの?」

 カトラル伯爵はシェリーの手を取った。


「明日出兵することになった」

 シェリーの声が震えた。

「やっぱり、行ってしまうのね」


「ああ、海から行って、城を攻めるつもりだ」

「とても危険だわ……」

 シェリーの目から涙があふれた。


「サイラス国王と息子のアーサー王子を助けるつもりだ。サイラス国王は父親から嫌われていた。私と同じ境遇だ」

 伯爵は自虐的なゆがんだ表情をした。


「なぜ、あなたは嫌われたの?」

親父おやじは、私に自分と違うものを感じたからだ。貴族的とは思えないところが多くある私を見て憎んだ」

「そんな……」


「だから親父おやじは長い間、私のことを隠していた。私はロルティサから遠い都市で教育を受けた。

 父はできれば、私に伯爵を継がせたくなかった。カトラル家には似つかわしくないと思っていたからだ。

 親父おやじにとって理想的な貴族とは、親父おやじみたいな人間だ。ピアノとかダンスにうつつをぬかし、専制的かつ上品にふるまうことだ」


 そんなレオナルドのことは、宮廷の貴族たちも良くは思っていなかった。爵位を継いで、宮廷に行ったときの貴族たちの冷たい視線。しょせん庶子の身だ。しかも父親に忌み嫌われていた子。望まれない後継ぎ。


 だが、サイラス国王はカトラル伯爵になったレオナルドに、暖かく言葉をかけてくれた。

「これからのそなたに期待したい。カトラル伯爵」とサイラス国王は言うと、自分がはめていた指輪をレオナルドに拝領した。


 これにより、宮廷の貴族たちの態度が一変した。レオナルドが、名実ともにカトラル伯爵であることを皆が認めた瞬間だった。


 すべてサイラス国王の計らいによるものだ。

 

 














































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