第2章 カトラル伯爵 13

 カトラル伯爵は、シェリーの怒りに満ちた顔を見て言った。

「まあ、そう怒らず、ワインでも飲もう」


 二人はテーブルに着いた。伯爵が呼びりんを鳴らすと、料理が運ばれてきた。

 魚のテリーヌ、ムール貝のスープ、鴨のサラダ仕立て、子羊のワイン煮、ソーセージのブリオッシュ包み、デザートはリンゴケーキ、タルト、フルーツ。

 どれも素晴らしい料理だ。


 伯爵はグラスを持って言った。

「今日の二人のディナーに乾杯」

 シェリーもしぶしぶ乾杯をした。おいしそうな料理。普段なら彼女も喜ぶのだけれど…… 。


「愛人という言葉が好きではないようだね」

 シェリーはワインを飲みながら、伯爵を無視した。

(安っぽく見ないで)小さな領主の娘だからといって、甘く見られたくない。


「それなら結婚ならいいのか」伯爵が覚めた顔をした。

 シェリーのグラスを持つ手が、自然に止まった。

「私にとって、結婚なんて政略的な意味でしかない」カトラル伯爵はあっさりと言った。


 やはりおばあさまの言うとおりだ。伯爵家では妻とはそんなものなのだ。そして愛人は彼にとって慰みになる、都合のいい女というわけか。

「穢らわしい話ね」シェリーは冷淡に言った。


「そうかな。現実的な話だ。愛人として愛を得たほうが楽しいと思うがね。お飾りの妻なんかよりずっとましだ」

「私はそんなことまっぴら」

 伯爵は鼻でふふんと笑った。


「それなら聞くが、君の望む愛とはなんだ」

 伯爵の目が彼女をとらえた。


「それは……」シェリーは答えにきゅうした。

「誠実な夫の子供を産み、家庭を築くということか」伯爵がすらすらと言った。

 そうなのだが、伯爵が言うと不思議なことに、それが馬鹿げたことに聞こえてしまう。


 シェリーはどう言い返せばいいのか、わからなかった。

「私はあなたの言うことなんかに、耳をかたむけない。とっても不愉快」

 燭台の灯りに伯爵の顔がゆれている。表情からは何も読み取れない。内心怒っているのだろうか。怒りたければ、怒るがいい。シェリーは本当のことを言ってやると思った。


「今日のところは良しとしよう。だがいずれ、君は私に従うことになるだろう」

 伯爵の言葉は優しかったが、支配者としての威圧的な考えが潜んでいる。

 シェリーは身震いがした。


「そうはならない」シェリーは目を強く輝かせた。

 伯爵は黙ってグラスを指でなでていた。


 そのあと、二人の会話ははずまなかった。シェリーは食欲もなく、ほとんど料理を残した。


「馬車を用意してほしいわ」とシェリーが言った。これ以上いても気まずいだけだ。

「夜は長い。もっといてほしい」伯爵がワインをあおりながら言った。

「おばあさまが心配しているの」

「君のおばあさまはやっかいな人だ」

 シェリーは顔をふくらませて横を向いた。


「わかった。今用意する」伯爵はようやく承諾した。

 カトラル伯爵は呼び鈴を鳴らして召使いを呼んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る