第2章 カトラル伯爵 12

 カトラル伯爵家の屋敷に着くと、仮面舞踏会のときと同じように、玄関に背の高い召使いが立っていた。召使いは、ポーチの階段をのぼってくるシェリーを確認すると、玄関の扉を開けた。

「アシュビー様、お待ちしておりました」


 召使いはいつものように慇懃に、シェリーに挨拶をした。

 シェリーが屋敷に入って行くと、カトラル伯爵が彼女を迎えるためにすでに立っていた。


 伯爵は濃紺の燕尾服を着て、礼儀正しくシェリーに会釈をした。

 シェリーは自分の心臓が脈打つのを感じた。

「今日はお招きにあずかり、ありがとうございます」

 シェリーは身をかがめて、伯爵に挨拶をした。


「シェリー・アシュビー嬢、よくいらしてくれた。今日の君を待っていた」と伯爵は言うと、手を差し出した。彼の表情から、シェリーの美しさをたたえてているのがわかった。

 カトラル伯爵の視線が彼女の体にからみつく。


 シェリーが、伯爵の手に自分の手をのせると、彼は彼女を部屋へと導いた。

 伯爵が扉を開けると、弦楽四重奏者たちが控えていた。


「これは……」とシェリーが言った。

「仮面舞踏会では君と踊れなかった。今日はぜひ、私と踊ってほしい」

「まあ」


 部屋のテーブルには燭台と、花があふれんばかりに飾られていて、かぐわしい香りをはなっていた。部屋の窓からは月が見えている。

 二人は踊り始めた。


 カトラル伯爵は力強い手で、シェリーの腰を抱いた。彼のリードで、シェリーは羽をつけて踊っているような気分になった。

(彼はダンスが上手なんだ)


「シェリー、とてもきれいだ」伯爵は彼女を見つめながら言った。

「あなた好みのドレスを着ているせいかしら」

 シェリーは用心深く、上目づかいで伯爵を見た。


「それもあるね」

「大胆なドレス、着るのが恥ずかしかった」

 伯爵は笑った。

「君もだんだんと変わっていくさ」


 シェリーは少し顔をそらし、今度は横目で彼を見ながら言った。

「あなたの思うとおりにはならない」

「挑戦的だね」

「私は誠実な人が好きなの」シェリーは軽く微笑んだ。彼を試してみたい。


「私はいけない男に見えるのか?」

「どうかしら? 少なくとも信用できるかは、疑わしいわね」

「でも、君を楽しませてあげられる」


「自信があるのね。楽しいかはわからないでしょ?私は紳士が好きなの」

「安逸ばかり求めていると、人生は退屈の中に過ぎ去ってしまう」


「どういう意味?」シェリーには理解できない。


「自分に正直になりたまえ。そうすれば、君の人生は刺激的でおもしろいものになる」

「自分に正直になる? 私は今でも自分には忠実よ」

 シェリーは真摯な顔を向けた。


「そうだろうか?」カトラル伯爵はシェリーをじっと見つめた。

 強い視線に、シェリーは恥じらいを感じて、思わず目をしばたかせた。顔が赤くなっている。


 伯爵は笑みを浮かべた。

「シェリー、私の愛人になりたまえ」


 その言葉に、シェリーは一瞬にして今までのいい気分が吹き飛んだ。

「なんですって?」彼女の顔が険しくなった。

 伯爵はダンスをやめ、シェリーを離した。


「気にさわったかな? シェリー・アシュビー嬢」

 伯爵が合図をすると、弦楽四重奏者たちはいそいそと部屋を出た。

 

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