第2章 カトラル伯爵 10

「ダンス自体は楽しめましたから……」シェリーはうつむきながら言った。

「舞踏会は初めてだったろう? 仮面舞踏会は、君にはちょっと刺激的だったみたいだ」

「いいえ、そんなこと。私は17歳ですもの」

 もう結婚している娘もいる年齢ではないか。


「でも、伯爵はばぜ、最初のパーティーを仮面舞踏会になさったの?」

 ちょっと趣向がこりすぎているとシェリーは感じていた。

 伯爵は人をくったような、皮肉な笑いを浮かべた。


「仮面の下だからこそ、人の本音がわかる。私は皆の本音を知りたかったまでだ」

「本音?」

「私について、皆がいろいろと言っているのを聞いてみたかった。実際、面白い話が聞けた。実に愉快だった」


 それで仮面舞踏会にしたのか。伯爵は恐い人だ。シェリーは胸のあたりに悪寒を感じた。

「それに仮面舞踏会ならではの楽しみがある。他の連中もそうだと思うが」

 シェリーは、赤毛の彼女のことを思い出した。

「あのときはすいませんでした」シェリーのほうが恥ずかしい。


 伯爵は、シェリーの様子を興味深く観察していた。

「心配しなくていい。あの夜、彼女は私の屋敷に泊まった。君が中断してくれた先のことを続けることができた」


 シェリーはその言葉を聞いて、頭に火がついたような気分になった。

 この伯爵はやはり遊び人だ。いやらしい。

 あの夜、ぬけぬけと私の顔を確認して、手にキスまでした。同じとき、赤毛の彼女は部屋で伯爵を待っていたのだ。ずうずうしいにもほどがある。

 シェリーは憤怒で顔が赤黒くなった。


「どうかした?シェリー・アシュビー嬢」

 伯爵は素知らぬ顔で言った。いよいよシェリーはしゃくにさわった。

「別に、それを聞いて安心しました」


 シェリーは怒りを押しとどめて言い放った。

 こんな下品なことを口にするカトラル伯爵を軽蔑した。相手が敬意を感じる貴婦人ならば、こんな話をするはずがない。シェリーを見下しているのに違いない。


 しばらく休むと伯爵は馬に乗り、アシュビー家をめざして走り出した。帰り道、カトラル伯爵は景色を楽しむようにゆっくりと走った。ときどき、シェリーと並ぶと、彼は快活な笑顔を向けた。

 

 アシュビー家の玄関にたどり着くと、伯爵は馬を降りた。シェリーも馬を降り、二人は向かい合った。

「シェリー、今日の遠乗りはとても楽しかった」伯爵の声は優しく響いた。

 シェリーは今日の伯爵の態度に、憤りを感じていた。


「そうですね。遠乗りは久しぶりだったから楽しかったわ」シェリーは素っ気なく言うと、乗馬用の手袋をはずした。

 カトラル伯爵はそれを無視するかのように。シェリーの手を取った。


「シェリー、君も早く大人になるように。そうすれば私と君との関係が変わっていくだろう」

 彼はシェリーの手にキスをした。

 シェリーの心臓が不規則に打ち始めていた。

「それって、どういう意味かしら?」なぜか唇がふるえる。


「そのうちわかる」伯爵は手を離した。

「さようならシェリー、また逢おう」

 伯爵は馬に乗った。

 シェリーは彼が去って行くのを、姿が消えるまで見ていた。


 早く大人になるようにとは、どうすればいいのだろう。カトラル伯爵の言葉をシェリーは胸の中で繰り返した。

 伯爵の不遜な態度に腹をたてていたにもかかわらず、彼のことが気になっていた。










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