第2章 カトラル伯爵 9

 カトラル伯爵はその日、シェリーの邸宅に来ることになった。

 シェリーは、袖のふちに広がるレースがついた乗馬用の青いドレスに、深緑色ふかみどりいろの帽子をかぶって、玄関のポーチに立ち、伯爵を待っていた。


「カトラル伯爵がいらしたようよ」

 ポーチで一緒に伯爵を待っていたエリザベスがつぶやいた。


 カトラル伯爵は、一人馬に乗って来るのが、少し先の丘陵を超えたところでわかった。

 玄関の庭先のバラのつたがからまるアーチをくぐりぬけると、カトラル伯爵の顔がはっきりと確認できた。


 彼は黒い帽子に、乗馬用の黒い上着を着ている。ズボンは茶色で、ブーツをはいている。その姿は貴族らしく優雅で颯爽さっそうとしていた。


 シェリーとエリザベスはこうべをたれ、伯爵をうやうやしく迎えた。

 伯爵は馬から軽々と降りると、手綱を持ちながら言った。

「今日は、シェリー・アシュビー嬢との遠乗りを楽しみにして来た。天気も良く、いい一日になりそうだ」


 緊張した面持ちでエリザベスが言った。

「私は、シェリーの祖母のエリザベスでございます。本日はカトラル伯爵においで頂きまして、光栄に思っております。孫娘のシェリーがお誘いを頂くとは、過分のことではございますが、謹んでお受けさせて頂きます」


 これがカトラル伯爵か。噂どおりの男だとエリザベスは思った。

 伯爵は威厳をもって、軽く会釈をした。

「それではシェリー・アシュビー嬢、行きましょう」彼は今までとは違い、丁寧な口調で言った。


 シェリーは思った。彼は何か特別な感じがする。伯爵だからというのではなく、いったい彼の何が、他の人との違いを感じさせるのだろう。不思議な人だ。


「馬をとばしても大丈夫か?」カトラル伯爵が訊いた。

「大丈夫です」シェリーは微笑んで応えた。


 伯爵は馬に乗ると先に走り出した。シェリーはそのあとを馬で追った。

 伯爵はかなり速く走ったが、シェリーは充分にそれを追うことができた。

 二人はアシュビー家の領地の緑の丘陵を超え、運河を超え、海のある方向へと走って行った。


 丘を駆け上がると、やがて海の見える場所に着いた。ようやく伯爵は馬を止めた。そこからは、ロルティサの港湾が一望できた。


 伯爵は、追いついてきたシェリーに向かって言った。

「君の手綱さばきはうまいな」

 シェリーは馬に乗りながら言った。

「伯爵に追いつくのに必死でした」

 思った以上に伯爵の馬は速かった。女だからといって、手加減はしないのだ。シェリーは少し息切れをしていた


「そうか」と言うと伯爵は笑った。

「アシュビー嬢、馬を休ませよう」

 二人は馬を降りると、そばの木に馬をつないだ。


 伯爵は港の方角を見つめながら立った。海からの風が冷たく気持ちがいい。

「私はこの眺めが好きだ」


 多くの船が出入りするのが確認できた。まるでおもちゃの船のようだ。青い海はおだやかに波打ち、きらきらと輝いている。


「本当にきれいな眺め」シェリーは感激していた。

 伯爵は並んでいるシェリーに顔を向けた。


「仮面舞踏会はこりてしまったかなと思った。だいぶ怖い思いをしただろう」

 シェリーはあのときの事を思い出し、顔を赤らめた。









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