第2章 カトラル伯爵 8

 仮面舞踏会から一週間後、一通の手紙がシェリーに届けられた。

 重々しく封印された手紙だった。


 シェリー・アシュビー嬢

 あなたが、乗馬が好きだということを聞き及びました。もし、よろしければ、あなたと乗馬を楽しみたいと思います。私もあなたと同じように、馬の藤乘りが好きです。

                            レオナルド・カトラル


 この手紙を読んで、シェリーは驚きのあまり倒れそうになった。

 シェリーは良家の子女としてのたしなみの中でも、乗馬が特に好きだった。同じようなロルティサの領主の娘たちと、よく馬の遠乗りを楽しんでいたが、一人で遠乗りすることも多かった。


 シェリーが、アシュビー家の領地を馬でまわっているのがよく見受けられた。

 シェリーは領地が季節ごとに表情を変化させるのを、馬から眺めるのが好きだ。春にライラックの花が咲き乱れ、夏には緑の丘陵が連なる。それが秋になると木々が色づき、赤く燃えるような美しさだ。冬は、白い雪で銀世界が広がる。


 そのことをカトラル伯爵は誰かから聞いたのだろうか。


 驚いたのはエリザベスも同様だ。

「シェリー、この間の仮面舞踏会で伯爵と踊ったの?」エリザベスは手紙を見ながら言った。

「いいえ、そんなことないわ」

「ではなぜ、伯爵から誘いがきたのかしら」


 シェリーは内心動揺しているのを隠しながら言った。

「舞踏会が終わってから、少しだけ伯爵と話をしたの。それだけよ」


「それでこの誘いがきたの?」エリザベスは意外だという表情をした。

「おばあさま、伯爵から誘われるなんて、とても名誉なことでしょ?」シェリーは事もなげに言った。


「もちろんそうだけれど、ただ……」

「ただ?」

「身分が違いすぎるのよ」

「だって、馬の藤乘りをするだけよ」


 エリザベスはシェリーの年頃を考えていた。

「身分が違いすぎると、付き合う相手としては良くないってことなのよ」

「まだそんなこと…… 付き合うほどになるかわからないわ」

 おばあさまは用心深いとシェリーは思った。これだからいまだに、自分は恋をすることができない。


「シェリー、伯爵はいずれそれなりの身分の女性と結婚するのよ。だから私たちみたいな家柄では、せいぜい伯爵の愛人にしかなれない」

「愛人?」


「そうよ。正式の妻にはなれない。生まれた子供は私生児よ」

「私生児?」シェリーは軽いショックを受けた。

 私生児を生むなんて、いかがわしい女のすることではないか。レデイならば、言葉にするのも汚らわしい。


「もっとも今のカトラル伯爵は、その愛人の子だけれどね。先代の伯爵の妻には子供ができなかったから、彼は後をつぐことができた」

「おばあさま、考えすぎよ。私だって選ぶ権利があるもの。すぐに伯爵とどうなるというわけではないわ」


「そう思うけれど、伯爵は大人の男だから……」

 シェリーのようなうぶな娘を誘惑するなんて、簡単なことと考えてはいないだろうか。

「大丈夫よ。それに伯爵の誘いを断るなんてできないわ」

「それはそうだけれど」確かに。

 伯爵家の誘いを断るなんて、恐れ多いことをアシュビー家の身分ではとうていできない。


「私、伯爵の誘いを受けるわ」シェリーははっきりと言った。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る