第1章 仮面舞踏会 1

 ロルティサの地は、肥沃であり、貿易港として地の利にも恵まれている。そのロルティサは、ドラモンド王家の血脈であるカトラル伯爵家が治めている。アシュビー家はその小さな一領主にすぎない。決して裕福というわけではないが、ロルティサの地では、古くからの名家であるため、貿易で一儲けしたような新興成金とは一線を画している。


 プライドの高い祖母のエリザベスは、シェリーに、良家の娘としての相応ふさわしい振る舞いを求め、厳格な教育をほどこしてきた。貿易商の娘たちはシェリーくらいの年齢になると、もっと奔放に恋を楽しみ、未来の夫となるような有望な青年を探し始めるが、エリザベスはそんなことをシェリーには許さなかった。


 だが、目立たないようにしていても、シェリーは美しい娘だ。その彼女に魅せられ、恋文をよこす青年もいたが、祖母の監視の元では、シェリーは誰とも付き合うことができなかった。


 シェリーにとって恋愛とは観念的なものであり、小説の世界のみでしか知りえない。しかし、エリザベスは気づいていないが、実際のシェリーは胸に情熱を秘めている。その彼女の本来の性質、情熱的で、その自分に正直というこのことが、これからのシェリーを突き動かすだろう。ただ今のところ、彼女は自分という存在に、まだ目覚めていない。

                ※


 仮面舞踏会が催される日、薄紫色の夕闇が迫りつつある夏の空に、花火が打ち上げられた。オレンジ色の花火は、空を華やかにいろどる。


「きれい」思わずシェリーはつぶやいた。

 シェリーの二階の部屋の窓からは、花火が良く見える。


 シェリーは今着たばかりのドレスのスカートをつまんで、嬉しそうに振ってみた。淡いグリーンのドレスには、花柄の刺繍がほどこされている。細い腰にはサテンが巻かれ、後ろでリボンを結んでいる。胸元は開いていて、シェリーの首筋から胸まで、美しく見せていた。


(こんな素敵なドレスを着ることができて、とっても幸せ)


 シェリーは、今日の仮面を試しにつけてみた。銀色の仮面は目元を隠すだけだ。カトラル伯爵家の仮面舞踏会では、つける仮面は目元を隠すだけと決まっている。これだけでも、相手を判明するのはなかなか難しい。そこに仮面舞踏会のスリルがある。


 若い侍女のリリーが、部屋の扉をノックして入って来た。


「シェリー様、そろそろお迎えの馬車が来る時間です」


「もう、そんな時間?」

 シェリーは慌てて仮面をはずすと、階下へと降りて行った。


 玄関のフロアでは、エリザベスが椅子に座って、シェリーを待っていた。









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