第1章 仮面舞踏会 2

「おばあさま、このドレスとてもきれいで気に入ったわ」

 シェリーはエリザベスの前で、クルリと回ってみせた。エリザベスは満足そうな笑みを浮かべた。


「シェリー、とてもきれいよ」


「ありがとう。おばあさま」


「仮面舞踏会には、はめをはずす、いかがわしいやからもいるから、気をつけるようにね」

 エリザベスは用心深く、そう忠告した。


「おばあさま、心配しないで。アシュビー家の娘としての誇りを忘れないから」シェリーは目を大きく輝かせた。

 そのとき、ひづめの音が玄関先から聞こえてきた。


「お迎えが来たようね」とエリザベスが言った。


 カトラル家は二頭立ての、後部に幌が付いた馬車で、シェリーを迎えに来た。自分の馬車で行ってもいいが、アシュビー家の馬車は老朽化していて、あまり見栄えが良くなかった。そのため、カトラル家に迎えの馬車を頼んでいた。

 財力に恵まれた家の人々は、だいたい自分の馬車で出かけるものだが。


 カトラル家の屋敷は、ロルティサの中心部に位置している。そのカトラル伯爵家から、放射線状に街が広がっていた。


 シェリーの乗る馬車は、海につながっている運河に架けられた石橋を渡り、カトラル伯爵家を目指した。

夏の夜風は湿気をふくんでいるが、素肌には心地良かった。シェリーは初めて訪れるカトラル伯爵家の舞踏会に想像をめぐらしていた。


(社交界にはどんな人がいるのだろう。新しいカトラル伯爵もいるはずだから、会えるかもしれない)


 カトラル伯爵については、あれこれ噂が流れていたが、実際の人物について詳しく知る人は、少なくともシェリーの周辺にはいなかった。それだけに謎めいていて、いろいろな憶測が飛び交っていた。


 大きな鉄の門がある屋敷にやがて着くと、守衛が門を開けた。

 その先にはまるで白鳥が翼を広げたような、広大な白亜の屋敷が存在している。屋敷のどの部屋からも、星のような美しい明かりが灯っている。

 シェリーはその光景にうっとりと見とれた。


 

 馬車は門からの道をしばらく走ると、玄関のポーチの前に止まった。御者は馬車から降りると、うやうやしく馬車の扉を開けた。


「アシュビー様、ここから仮面をおつけください。そして舞踏会が終わるまで、決して仮面は取らないでください。それがこの仮面舞踏会のルールです」


「わかったわ」シェリーはどぎまぎしながら応えた。


 シェリーは言葉どおりに仮面をつけると、馬車を降りた。


 シェリーは両手でドレスの裳裾もすそをつまみ、ポーチの階段を多少緊張気味に、のぼって行った。

 玄関の扉の前に、背の高い召使いが立っていた。


「お名前をお聞かせください」召使いは慇懃に言った。


「シェリー・アシュビー」彼女はいささかレデイらしく、気取って答えた。


 召使いは手に持っていた紙の巻物を確認すると、ほほ笑んだ。


「シェリー・アシュビー様ですね。お待ちしておりました」


 召使いは繊細な彫刻がほどこされている玄関の扉を開け、シェリーを招き入れた。





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