ロルティサの娘とわがままな伯爵

槇野文香

序章 プロローグ

 カトラル伯爵家が仮面舞踏会を開くことを、シェリー・アシュビーが知ったのは、つい最近のことだった。

 祖母のエリザベスが、シェリーに招待状を見せた。


「新しいカトラル伯爵は、酔狂な人物らしいわね。最初にすることが仮面舞踏会とは」


 先代のカトラル伯爵は1年前に亡くなっていて、一人息子のレオナルドがその地位に就いていた。


「今度の伯爵はどんな人なのかしら?」シェリーが興味深げに訊いた。


「何かと風評の良くない人物よ。正妻の子でなくて、あまり身分の良くない女に産ませた子らしい。本当にカトラル伯爵家の血を受け継いでいるか、怪しいという話だから」


 老練なエリザベスは、眼鏡の奥から、疑い深い目を向けた。


「カトラル伯爵がどんな人物でも、仮面舞踏会は楽しそう」

 シェリーは若い娘らしい好奇心にときめいていた。


「初めての社交界でのデビューが仮面舞踏会とは、私はあまり感心しない。シェリー」

 エリザベスは、テーブルに置かれたティーカップに手をかけながら言った。


 シェリーは17歳、ようやく社交界のパーティーに行かれる年齢になった。もっと早くても良かったが、両親を亡くし、厳格な祖母の元で育てられたため、デビューが遅れた。


「でも、カトラル伯爵家から招待状が来た以上は、行かないわけにはいかない」

 エリザベスはため息をついた。

仮面をつけ、身分を隠すようなパーティーで、シェリーがつまらない誘惑にのせられたらと、エリザベスは一応心配している。


「おばあさま、私は大丈夫。これでも、人を見る目はあるもの」仮面舞踏会は大人の世界への第一歩だ。ワクワクする。


 シェリーは話を終え、一人自室に戻ると、銀縁の鏡の前に立った。

(ようやく、招待状が来た)


 仮面舞踏会がカトラル伯爵家で開かれる。シェリーはそれを知った瞬間、喜びで胸が打ち震えた。新しいカトラル伯爵の初めての舞踏会だ。どれほど盛大だろう。


 シェリーは17歳。艶やかな黒髪、見開かれた目はエメラルドグリーンで、魅力的な輝きをする。手足は細くて、長く美しい。シェリーは開き始めた蕾のような存在だ。なにか思いもよらぬことが、なにか素晴らしいことが起こりうるかもしれない。シェリーは見知らぬ世界に足を踏み入れることに、希望に胸をふくらませた。








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