第15話 神に近づきし者1

ハルゲンラスト関所を通り抜けたアルス達は、ジョック神殿がある中心部まで

やってきた。中心部は途中で見かけた外周部より非常に活気があった。

 セレと比較しても大差ない程である。

 だが、特徴的なのは人の層である。

 セレには色々な身分の人間が集まって住んでるが、

 このハルゲンラストは若者が多い。

 新人冒険者がジョック神殿で職に就き、訓練するからである。

 中心部はそんな彼等に便乗して、商業展開をしている店が多かった。

 しばらく戦いばかりで、お色気や楽しみの一文字すらなかった彼は、

 ふと見かけた女性の身体を見てしまった。

 それを見たナナはカンカンに怒り、アルスに猛抗議してくる。

「今他の女の体見たでしょ」

「いっ、いや。見てねぇよ」

 アルスはとっさに言うが、ナナの視線を見て看破されたなと悟った。


「そんなに溜まってるなら僕の身体を見ればいいじゃないか。

 確かに僕は凄く美人というわけじゃないけど、

 そこら辺の女には負けていないと思うけどな」

「いや。お前は綺麗かもしれないけどさ」 

 亜麻色の髪に翡翠色の目、白銀の雪原のような白磁の肌に豊かで、

 かといってバランスが崩れているわけではない女体。

 美人と構成する要素はいくらでもあるし、

 かなり調和していると言ってもいいだろう。

 だが、それでも彼は彼女のことを異性と思えなかった。

 何故ならば彼女は仲間だし、彼が好きな女性はセレーナである。

「綺麗だと思ってるならそこら辺の女なんて見ないでよ。というか、

 アルスが好きなのはセレーナ様でしょ。

 他の子を見るなんて不誠実なんじゃないの」

「いや。お前、それはお前にだって理解出来るだろ」

「僕は前でも今でもアルスのことしか見てないもん」

 とはっきり言われたアルスは立つ瀬がない。


「分かった。降参だよ。他の女に見惚れて悪かったよ」

「謝って欲しいわけじゃないんだよ。

 そんなに溜まってるなら僕とだっていいじゃん。

 アルスは元男とかそういうの気にしない人なんでしょ」

「傍から聞いたら語弊が……まぁ、気にしてないけどよ」

「僕はナナ・セレーンだ。それはアルスも言ってくれただろ」

「うん。まぁ、そうだけどよ」

「ならいいじゃん。このまま我慢してたらおかしくなっちゃうよ。その前に僕で済ませちゃおうよ」

「済ませるって。それって、俺がお前のことを

 性のはけ口にするってことじゃねぇか」

「アルスは都合の良い女は嫌いなの?」

「いや。そういうのは不誠実だろ。

 それに、そういうことは責任取れるようになってからやるよ」

「ふふ。やっぱりアルスは真面目なんだね。ごめん、変な冗談言って」

「おっ、おお……」

 アルスはこの非常に苦しい話題が終わった事に一安心した。

 そのため、彼女の表情に一瞬陰りが入ったのを見逃してしまったのであった。


 二人はやけに人が集中している所を見る。

 そこはハルゲンラストで一番大きい建物で、最も用事がある人間が多い場所。

 つまり、ジョック神殿であった。

 そのジョック神殿はなにやら騒がしい。

 

 アルスとナナは、何か事件が起こったのかと思い人垣を割きながら

 それを見届けようとした。

 眼前に飛び込んで来たのは悲惨な光景であった。


 金髪と青の目をした僧服を着た神官が、少年にナイフで刺されているのである。

 その様を目撃した人達からは悲鳴が漏れた。

 それが連鎖して一種のパニックのようなものが起きた。

 アルスとナナは人混みに揉まれた挙句、彼等に置いてかれてしまう。


「早く。神官さんを助けなきゃ」

 アルスは刺された神官を助け出すために、少年の元に寄る。

 彼は年端も行かない子供だ。

 褐色の肌に、傷塗れの顔、ボロボロの服がいやでも彼の人生を描写する。

 尋常ではない迫害を受けていたことは想像に難くない。


 彼を見た時、アルスはどうすれば二人共救われるのかと思わず考えた。

「アルス。何を躊躇っているの」

「えっ?」

 少年は、神官に突き刺していたナイフを抜き、アルスに襲い掛かる。

「アルス。危ない」

 ナナの悲痛な叫びだけが虚しく響いた。 

 彼は刺されることを覚悟したが、その時、少年の動きがぴたりと止まった。

「あなたの貧困、悲しみ、憤りを感じました。さぁ、少年。ナイフを捨てなさい」

「なんっ、なんで。どてっぱらにナイフ刺したはずなのになんで死なないんだよ」

「神の下僕として仕える身です。

 神以外に死を決めることが出来ないのは当然でしょう」

「いや。でもっ、そんな」

「少年よ。神を信仰しなさい。

 神はあなたがいかなる苦境に陥っている時にも微笑みながら

 見守ってくださっているのですから」

「ふっ、ふざけんな。神様がいるっていうなら、

 俺を、俺達を差別から救ってみろよ。肌だけで差別される俺達をよ。

 てめぇらには肌の色で差別されるなんて想像出来ないだろうな。

 虫唾が走るぜ。糞神官が」

 少年は神という言葉に過剰に反応した。

 神の救いなど存在しない程荒んだ世界で生きてきた証なのだろう。

 その奇跡を愚直に信じている神官に腹を立てるのは。

「それはあなたに試練を与えているのです。あなたが強く生きるために、

 向上するために必要なことなのです」

「はん。試練って言えば神様は人をいくらでも追い込んでもいいのか? 傲慢だな」

「試練の後には必ず救いがあります」

「救いがあるっていうなら、もう一回俺がお前の腹にナイフを刺してやる。

 それで死ななかったら信じてやるよ」

「言いましたね。私は神の下僕です。あなたのナイフでは死ぬことはありませんよ」

「そうかい。後悔するんじゃねぇぞ、糞神官」

 少年は神官に向けて思い切りナイフを突き刺した。いや、突き刺そうとした。

「なっ、なんで。なんで、ナイフが貫通しないんだよ。こんなのおかしいだろ」

 ナイフは神官の腹を破ることも、傷つけることもなかった。

「神の信仰がなせる技です」

「あっ……ああっ!」

 少年はこのとんでもない怪物を相手にして後悔しているようだった。

 

 その一方でこの事態を見ていたアルスは、

 神官の体から放たれる神の威光のような力を感じ取っていた。

 俺達が使っているようなチートスキルとは何かが違う。

 それより高次元な感じの力だ。

「さぁ、少年よ。神を信じる気になれましたか」

「ああ……どうか、どうか許して」

「あなたが神のために真面目に労働すれば許されますよ」

「いやだいやだいやだ」

「大丈夫。刑務所になんてぶち込んだりしませんよ」

「なら、どうする?」

「あなたは今日から神の子です。よって、ジョック神殿で見習いとして勤めなさい」

「見習い?」

「あなたが一生懸命に神を信仰している限り、この街ではあなたを差別させません。   

肌の色、眼の色、容姿、生き方、価値観などは神の前では些事な問題なのです。

 自分のことを世界で一番寂しい人間と思うことを止めて、

 神の信仰に生きなさい」

 説得された少年はボロボロと涙を流した。


「神官様。ありがとうございます。あなたにご恩を返せるように頑張ります」

「私などではなく、神に献身をなさい。一生懸命生きて、学び、人のため、世のために生きなさい。あなたが見習いとして得るものは人のためになれる心なのですから」

「はい。かならず報います」

 と少年は頭を下げた。

「あなたは中にお入りなさい。このような格好では寒いでしょうから」

 促された少年は、神殿の中に入っていく。

「こんにちは。お二方は神様が言われた勇者様一行ですね」

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