第16話 神に近づきし者2

「その。あなたは……」

「私はジョック神殿を管理する神官のジョック・パラレルと申します」

「その。ジョックさん。俺達に修行を付けてくれませんか?」

「分かりました。勇者様一行を鍛え上げてこれから勢力を増すであろう

 悪の勢力に対抗する術を授けるのが私に届いた神託であり、使命です。

 約束いたしましょう。あなた方を必ず、強くすると」

 ジョックは自信満々に言い切る。

 そこには一切の逡巡はないようである。


「はい。よろしくお願いします」

「では二人の魂を見させていただきますね」

「魂?」

「あなた方の本質です。それによって才能を見出します。

 強くなることの最短は、自分の長所を見抜く所から始まりますからね」

 とジョックが二人に説明した後、


「神々の御前において、貴殿等の魂を晒せ」

 と祈りを捧げながら唱える。彼の眼の色が赤く、怪しく光り始める。

 アルスとナナの二人はその光に一瞬見入られる。

 その時、胸の部分に穴が穿たれて覗かれているかのような錯覚をした。


「ほぅ。お二人は別の世界から転生してきた人間なのですか」

 アルスとナナはジョックの問いに対して頷く。

「それでですか。魂の揺らぎが一般の人と違うのは」

「その。それが何か悪いことなんですか?」

「いえ。個性に良いも悪いもございません。珍しかったもので、

 驚いてしまったのです」

「その。ジョックさん。それで、俺の長所というのは」

「あなたは氷のチートスキルを持っている上に、

 それを活かせる氷の精霊と契約出来る縁を持っていることです」

「そういえば沙雪さんがそんなことを言っていたような」

「サユキ様。この土地の地母神でですね」

「はい」

 とアルスは頷く。


「やることをまとめると精霊と契約すること。そしてチートスキルを扱えるようになることですね」

「その。チートスキルを扱えるようにするのはわかりますけど、

 精霊と契約することってそんなに急いでやる必要があるんですか?」

「人間が神の領域に至るには精霊のような

 人智の力を越えた者達の力を借りる必要があるのです」

「でも俺にはチートスキルがあります。これを安定させてから契約したって遅くないんじゃないんですか?」

「それが出来なければあなたは世界を救うことが出来ないのです。何故なら魔王の力は神様クラスなのですから」

「そんな……そんなの、精霊に会えない奴は魔王を倒せないって言っているようなものですよね」

 アルスはジョックがあまりにも簡単に発言するので驚いてしまっていた。


「そうです。だから精霊と契約を結ぶことが大事だと言っているのです」

「だから今まで誰も魔王を倒せていないと……」

「厳密にいえば違いますかね」

「どういうことです?」

「私も神の領域には至っています。ですが私は彼と戦うことが出来ません」

「なんでですか?」

「ここを離れられないのです。神が私に与えた使命は、ここに来る冒険者や勇者アルスのような勇者を指導することですから」

「ジョックさんが魔王を倒せば誰も傷つかずに済みますよね」

「神は人間と魔族という創造した種族が共存する術を探っているのです。ここで私が干渉したら神の作り上げるバランスを崩すことになる。そんなことはあってはならないのです」

「そんな……」

「アルス君。君はセレーナ様に魔王を倒すように命令されました。あなたの使命を果たせるよう、このジョックも全身全霊を持って手伝うとしましょう」

 ジョックはアルスを安心させるように微笑む。


「さて。神域に至った者と、それ以外の者にどのくらいの差があるか

 想像出来ます?」

「いえ。全く」

「例えばアルス君が前回戦ったタケシ・クロキ程度なら瞬殺出来ます」

「そんな馬鹿な……」

 アルスはクロキとの激闘を思い起こしながら聞いていたため、ジョックの話が大袈裟なものかと思われた。


「疑っておられますか?」

「えっ?」

「私の言葉を証明するために一回手合わせをしてみませんか?」

「はい……分かりました」

 ジョックに案内され、ハルゲンラスト後背にある山を登り、開けた所に出た。

 彼とアルスが戦うことを聞きつけてジョック神殿で働く指導員が興味本位で見に来たのだろう。何人かいる指導員の中で

 派手に見えたのが水色の髪を持つ女性であった。

 彼女は冷たい目でジョックと、アルスの二人を交互に見ている。

 ジョックはそれを気にした風ではなく、

 周りをグルグル周りながら淡々と塩を撒いている。

「神の御前において、ありとあらゆる干渉を成さず。我が囲う場所を今から神域と成せ」

 と祈りを捧げる。

 

「その。何をしているんです?」

「ここでなら本気を出しても大丈夫です。結界を張りましたので」

「えっ?」

「強固な結界を作ったのですよ」

「本当だ。透明の壁みたいなのがある」

 アルスはノックするように透明な壁に拳を打ち付ける。


「ナナさん。アルスさんの戦いが終わった後に、

 あなたが成すべきことを教えてあげます。だから少しお時間を下さい」

「その。ジョックさん。アルスに怪我だけないようにしてください」

「はい。今から怪我をされては困りますから。ある程度は加減するつもりです」

「俺も舐められたものですね」

「その意気はよろしいですね」

 とジョックはアルスの威勢の良さを評価しているようであった。


「俺から行きます」

 アルスは勢いよく地を駆けて、正面から躍り掛かる。

「甘いですね」

 ジョックはアルスの仕掛けた最速の攻撃を余裕で躱す。

「そんなっ!」

「第二撃はどうしました?」

「えっ?」

 アルスが戸惑っている間に、ジョックは素早く裏拳を打ち込んでくる。

「かはっ!」

「これが実戦では致命的なのです。次の攻撃を常に仕掛けられるように

 計画せねばなりません。だがしかし、あなたにはそれが出来ていない」

 ジョックの攻撃をこれ以上食らい続けるのはよくないと思ったアルスは

 彼から慌てて距離を取る。

「行動が読みやす過ぎます。攻撃をくらっていれば避ける。

 そんな事の予想がつかないと思っていましたか?」

 ジョックは距離を取るアルスにすぐ追いつき、正拳を腹に叩き込む。

 痛烈な一撃を食らった彼は一瞬、動きを止めてしまう。

「この一瞬の隙が致命的ですね」

 ジョックは更に前蹴りを叩き込む。

「くっ……強い」

「体術のテストは十分です。さて、次は能力のテストと行きましょうか」

「その。すみません、ジョックさん。

 スキルを出すこともまともに出来ないんです」

「知っています。先程魂を見ましたから」

「なら。どうやってやるつもりですか?」

「神の御前において私に敵を修羅の境地に至らしめる

 恐ろしい幻惑の術をお授け下さい」

 ジョックはアルスの言葉を聞かずにまた祈りを捧げている。


 彼は何を企んでいるのかと思いながらしばらく眺めていた。

 言葉を唱え終えるたジョックは、アルスのことをじっと見始めた。

 どういうことだ? と戸惑った直後、意識を失うほどの眩暈が彼を襲った。

「アルス!」

 最後に聞こえたのはナナの悲鳴じみた声であった。


「惨めですね。裸を撮影されて晒し者にされるなんて。いや、それだけじゃないか。あなたはタケシ・クロキのサンドバッグとして弄ばれ続けたり、

 たかられたりしていたんですものね。

 彼にとってあなたは都合の良いおもちゃ兼財布ということですか」

「俺の精神にまで入り込んで、何を言うんですか? ジョックさん」

「いえね。もう一人の子、ナナさんの記憶も覗かせてもらいましてね。

 彼女、いや大木勝も相当酷い目に遭っているようですよ。

 転生する前も転生した後も」

「それが今、何の関係があるんだ?」

 アルスの語気は荒くなっていく。


「まぁまぁ……楽しんでいってくださいよ。大平勇さん」

 と言うと、ジョックの姿が消えた。

 気分が悪い。こんな所早く出よう。

 そう考えていた時、脳裏に映像が流れ込んでくる。

 勝が黒木に皮膚をライターで炙られ、棒で叩かれ、他の者達の……

 口では言い表せない酷い目に遭わされたりしている。

 それを苦に思っている時に、黒木に、更に秘密がばれて……更に虐めが加速して。心が壊れていって……俺を売り……それを後悔して、

 黒木を殺そうとするが逆に殺されて死ぬ。

 転生した後も、運悪くクロキと出会い、酷い目に遭わされて心を壊されて……それで……

「クロキは酷い人間ですね。彼女とあなたをどこまでも苦しめ続けるなんてね」

 映像を見終わった時、またジョックは姿を現わした。

「こんな悪趣味なものを見せるなんてどうにかしています。

 これ、幻覚って奴ですよね。早く、終わらせてくださいよ。こんなの」

「もっと面白いお話をしてあげましょう。黒木武、

 そしてタケシ・クロキにあなた方を追い込むように指示を出したのは私です」

「どういう意味です?」

 ジョックのブラフか、本当か分からない言葉を聞いたアルスの心は非常に乱れた。


「私は奇跡の力によって様々な次元の人間に干渉出来ます。

 そこでタケシ・クロキに干渉してあなたを虐めるように指示を下しました。

 転生した後、ナナ・セレーンの正体をタケシ・クロキに教えてあげたのも私です」

「あなたは俺達が苦しむように仕込みをしたということですか?」

「正解です。よく出来ました」

「何故。何故、こんな事をするんです」

 アルスの怒りは限界点に達していた。


「あなたを強くすることが使命だからです。

 だから私はあなたの心が何度壊れようが、追い込み続けますよ。

 人間とは死に際に神を見るものですからね」

「意地でも脱出してやる。脱出してお前をぶっ飛ばしてやる」

 それを聞いたジャックは酷薄な笑みを浮かべた。

 

 パチン、指が鳴った。

 黒い靄が晴れて、現実の白銀世界に戻ってくる。

「ジョック。お前をぶっ殺す」

「悪い夢にうなされていたようですね」

 怒り狂うアルスに対して、彼は余裕綽々の態度を取っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る