第14話 精霊との縁

 雪に埋もれた林道には足跡一つすらない。新雪を歩み、

 足跡を付けていくというのは早々ない経験なので、胸を踊らせていた。

 だが、それも慣れると不安に変わってくる。

 迷ってしまった場合、自分の足跡しか見つからないのだと。

 もっと言うならば、遭難しても誰も助けないであろうという最悪の想定も

 脳みそでプレイバックされる。

「毛皮を取らなきゃこんな寒い所でまともに生活なんて出来ない」

 クロキより強い転移者が現れても勝てるように強くならなければならないのだ。アルスはナナや他の大切な人達が傷つけられていくことを想像した。

「俺は強くなって皆を守るんだ」

 決意を独白した。体の中から湧き上がる義憤で恐怖を克服したのであった。


 興奮し気味で、今度は視野が狭くなった。

 だが、視界の端に自分以外の人間、否動物の足跡があるのが見えた。

 足跡から見て、相当大きい生物だ。

「熊に違いない」

 アルスは、熊と思われる足跡を辿っていく。

 彼の予想は当たったようだ。

 アルスは、熊を見た時一瞬怯んだが、すぐに冷静さを取り戻した。

 巨大猪との戦いの経験が活きてきているのである。

 このくらいの熊なんて大したことない。

 せいぜい、二メートルくらいだ。

 生前では考えられないが、二メートル程の熊が雑魚のように思えてくるのである。 

 アルスは素早く熊の下に駆け、熊を一瞬で刺殺した。

「すげぇな、俺。スーパーマンみてぇじゃん」

 と冗談交じりの感想を呟き、死体を持ち帰ろうとする。

 

 その時、五感でなにかを感じ取った。

 不吉な感じはないが途方もない巨大な力を持った何かの存在を。

「気のせいか?」

 アルスは辺りを見回してみたが、誰もいなければ、なにもなかった。

 彼はどうやら自分が過敏になり過ぎているなと自省した。

 もう一度帰ろうとすると、次は声が聞こえてきた。


「ねぇ。そこの冒険者さん。熊を貰えないかしら。とてもお腹が空いているの」

 アルスは声の主の姿を確認するために、その声の下まで熊を持っていく。

 だが、声の主の姿は見えない。


「おお。そこまで熊を持ってきてくれたの。ありがとう」

「いえ。それで、あなたは何者なんですか?」

「私はここの、人間で言うハルゲンラストの守り神のようなものだよ」

「そんな人が何故、熊肉なんかを?」

「この林には最近、ゴブリンが現れてね。

 それが質の悪いことに動物達を襲っていくんだよ。

 そのお陰で、熊とか鹿を狩るのにも一苦労してしまってね。

 運が悪く、お腹が空き過ぎて動けなくなってしまったというわけさ」

「このゴブリンが大量発生している問題はいつからですか?」

「つい、最近だね。話すゴブリンが一匹現れたんだよ」

「言葉を話せるゴブリンがですか?」

「ああ。言葉が話せるように進化したんだろうね。

 ゴブリンは同族同士でしか交尾しないから」

「進化するなんてことがあるんですか?」

「突然変異かもね」

「突然変異ですか。そんなことありえるんですか?」

「それ以外説明することが出来ないよ」

 と言葉を返した。

「そんなのどうすれば……」

「私達に出来るのは君達冒険者が調査を進めて

ゴブリンを倒してくれることだけだよ」

「そういえばギルドから派遣された冒険者達の調査隊がいるって聞きました。

 状況を知りませんか?」

「苦戦しているようだよ」

「そうですか……」

「なんで君が落ち込んでいるんだい?」

「その。ここの人達が沢山困っているんで。俺、今から修行してきて強くなります。そして、このハルゲンラストの問題をなんとか解決して見せます」

「少年の言葉だけで十分だ。それとお肉をくれてありがとう。

 お礼をしたいんだけど、ちょっと君の魂を見せてもらってもいいかな」

「魂を見せる?」

 アルスは聞きなれない単語に戸惑った。

「どのくらい強いか、そしてどういうスキルや魔法を持っているかを確認するんだ。   それによっては私に出来ることがあるかもしれないからね」

「分かりました」

「では。ちょっと失礼するよ」

 と言うと、女神は姿を現わした。

 艶やかな紫紺の髪に白銀の雪のように白い肌と、

 程々の大きさの双丘とスレンダーなボディが特徴的な女性であった。

「これがあなたの本当の姿なんですね」

「ちょっと失礼するよ」

 と言うと、白くて細い指が彼の額に触れる。

 指先から白い光が発せられる。額は一瞬だけ熱を持って、すぐに冷めていった。

 彼女は魂の本質を目撃したのだろう。少し驚いている様子である。

「ほぅ。スキルより強い神の祝福たるチートスキルを持っているとは。

 それに加えて、氷の力とはね。私達が会ったのは運命かもしれない」

「うっ、運命?」

「君のスキルをもっと強化することが出来るってことさ」

「本当ですか?」

「ああ。、本当だよ」

「ありがとうございます……」

「そういえば名を名乗っていなかったか。私は沙雪。よろしく勇者アルス君」

「はい。よろしくお願いします」

「それに君、別の世界から転生してきたんだね。中々面白いよ。君って奴は」

「お褒めに預かり光栄です女神様」

 アルスはわざと大袈裟に慇懃な態度を取った。


「そもそも君の能力を強化するにはという話なんだけど、つまり、

 ここにいる氷の精霊と契約することなんだよ」

「女神様と契約することは出来ないってことですか?」

「私は無理だよ。私が抜けたらここの環境を崩壊させてしまうからね」

「なら、氷の精霊のいる所を教えてください」

「居所は教えられないね」

「何故です」

 もったいぶった言い方をされたがアルスはめげずに質問した。


「契約するに足る資質の持ち主なら、自然に会うからだ。

 精霊との契約には自然と運命の流れ、

 お互いの意志が一致しなければならないのだからね」

「上手く行く人同士は勝手に会うみたいな話ですか?」

「そう。でもお礼をしてあげると言ったんだ。契約が簡単になるように君の縁をいじらせてもらうよ」

「縁?」

「おまじないみたいなもんだよ。そう気を張らないでくれ」

 と言って沙雪はアルスに向けて呪文を唱える。

「これで君と精霊は格段に会いやすくなった筈だ。じゃあ、ご飯はいただいていくからね」

 と駆け足気味に話を終わらせてその場から消えていった。

 熊の肉がきっちり食い尽くされていた。

 毛皮だけになった熊の毛皮を持ち、フユ村を目指した。

 その道中、熊がもう一体いたので、それも狩り、

 フユ村まで持ち帰ったのであった。

「うむ。お前等二人くらいの服なら作れそうだ。ついでとは言ってはなんだが何体か狩ってきてくれんか」

「分かってます。今度は二人で効率よく、熊を狩ってきますよ」

「そうか。じゃあ俺はセレに戻るとするぜ。またよろしくな」

 御者は二人にエールを送りセレまで馬車を走らせたのであった。


 この後、二人は依頼の規定量まで熊や鹿などの動物を狩りつつ、

 自分達を成長させて強化させていった。

 動物をいくらか持って帰り、防寒具貸出所まで持っていく。

「このくらいの量があれば十分じゃな」

 ばあ様は二人の仕事に満足している様子であった。

「じゃあ。これで僕達は失礼します」

 と言って二人はフユ村から少し離れた場所にある関所を目指したのであった。

 

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