第13話 ゴブリンラッシュ
「今年はハルゲンラスト行きの人間が多いな」
御者にそう言われるが、アルスは昨年のハルゲンラストの交通量というものを
分かっていないのであった。
「今までもジョック神殿でジョブを得るために修行をしに行く新人冒険者が
多くいたんだよ。けど、今年はそれだけじゃないからな」
「ジョブ?」
「あん? あんたらもそれが目的じゃないのか?」
「その。ジョブってどういう意味ですか?」
「ジョブってのはあれだよ。冒険者は誰だって最初は
スキルとか持っていないだろう。そのスキルを取得するために
訓練しに行くんだよ」
「へぇ~」
アルスは頷いたが、それと同時に一つ疑問が生まれた。
セレーナ様はなんで最初からスキルを授けなかったのだろうと。
冒険者にスキルがあるのが標準的なことなら、生まれた時からスキルを覚えられる力を授けてもよかったんじゃないだろうか。
もっとおかしいと思うことは魔王を倒すように命令をしてきているのに、
人並みの身体能力すら与えなかったことだ。
魔王を倒すこと以外になにか意図があって……
考えすぎか。
「っていうかそれを知らない奴がいるなんて驚きだよ」
「あははは。なんかお恥ずかしい限りで」
御者の言葉に愛想笑いをして返した。
「じゃあ、あれか。あんたの目的は例の方か?」
「例の方?」
アルスは首を傾げる。
「大規模な地形調査が行われていることだよ。
結構な群れのゴブリンの巣があってさ。
それに加えてゴブリンが言葉を話したとかなんとか。
それもあって、ギルドから沢山のベテランパーティが
派遣されることになったのさ」
「ゴブリンが言葉を話す? そんなことがあるんですか?」
「ああ。だから防寒具とか、装備とか、酒とか、
まぁ枚挙に暇がないくらい沢山の商品が売れているんだよ。
ゴールドラッシュならぬ、ゴブリンラッシュってわけだよ。
こんなに儲かるなら毎年出て来てもいいかもな。ゴブリン」
御者は冗談半分でゲラゲラ笑いながら語る。
「その。ハルゲンラストってそんなに寒い所なんですか?」
「ああ。そりゃな。めちゃ寒い。今は幸い夏季だが、
それでもカゲン0を上回らないとか。恐ろしいもんだぜ」
カゲンという単位はマイナス何度を意味する温度の単位であるが、
表記の仕方が少々特殊である。0度が最高気温の場合は頭にカゲンが付き、
0度が最低気温の場合は頭にジョウゲンという単位が付くと言う。
このカゲンの意味はこれ以上上に行かないという意味を指す言葉であり、
ジョウゲンはそれの反対の意味である。
つまり、大平勇の知っている上限、下限と言葉の意味が反対になるのであった。
「大丈夫だよアルス。私が1日中温めてあげるから」
ナナが艶っぽい声で言うが、それよりも目の前にある課題が
とても重く感じられたので、彼女のことに構っている余裕がないのであった。
「そりゃ防寒具を買わないとやばいですよね」
「ああ。だからハルゲンラストの手前に毛皮産業を生業としているフユ村っていう
村がある。だからそこで一回降りてやるよ。そこで揃えばもう遅くないさ」
と御者は笑って言うが、アルスの顔は青ざめていく。
「ありがとうございます。そうしていただけると助かります」
「まぁ。ハルゲンラストっていうのは新人の時に一回通う程度だから
レンタル出来るようになっているんだよ。
だから防寒具を持って行かない冒険者も多いんだ。気にするな」
「よかった」
二人は一安心といった表情を見せた。
「寝ちまいな。しばらく掛かるから」
そう御者に言われた二人はその言葉に甘えて寝ることにした。
「着いたよ」
アルス達は御者に身体を揺り起された。
「ああ、すみません。もう、着いたんですね」
彼はあまりものの寒さに身震いしてしまった。
「というか、二人は本当に仲がいんだな」
「えっ? あっ! ナナ。俺の方にくっついちゃってるぞ」
恥ずかしくて顔が真っ赤にしながらナナを起こす。
「こんな可愛い子を彼女にして。あんたは幸せな人だな」
「その。ナナは彼女じゃありませんので」
「本当か? の割には随分距離感が近いじゃねぇか」
「いや。本当に、そういうのとは違うんで」
「う~ん。アルス。今日はお仕事お休みして、イチャイチャしようよぉ」
ナナが寝言を言ってベタベタくっついてくるので、御者は更に笑っていた。
アルスはその気恥ずかしい雰囲気に耐えられないので更に揺すり起こした。
「えっ? アルス? どうしたの?」
「フユ村に着いたぞ」
「あっ、そっか。そんな話してたね。それにこの格好だと、凄く寒い」
「毛布だ。これを羽織るだけでもまだましだろ」
御者は二人に毛布を手渡す。
「でも寒いな。これはぴったりくっつかないと凍死しちゃうな。ねぇ、アルス」
ナナは好機と見たのかアルスに媚びるような声で言ってくる。
「いや。少しくらい我慢すればいいだろ。毛布ももらったわけだし」
「えー。僕、女の子だよ。アルスのように我慢出来ないよぉ」
「いいじゃねぇか、そんくらい。彼女にそんなに冷たい態度取ると後悔するぞ」
「いや。ナナは彼女とかじゃなくて」
「はい。僕はアルスの将来の奥さんです。えへん」
「ほら。奥さんのお願いを無下にすると夫婦仲が冷え込むぞ」
やたらに御者も勧めてくるので、それ以上の抵抗を諦めてそれを受け入れた。
たわわな双丘が彼の右腕に押し付けられる。
柔らかい感触に頭がクラクラするような甘ったるい頭痛がする。
匂いも、女子らしい匂いだった。
ミルクのような、胸焼けするくらいに甘い、癖になる匂いだ。
香水とか掛けているわけじゃないのに、なんでこんな匂いになるんだと
彼は戸惑った。
「どうしたの? なんか動きがぎこちないよ」
「ごっ、ごめん。別に、俺下心とかあるわけじゃなくて」
言い訳はしどろもどろな上に、余計なことを言ってしまっていることに気付く。
「う~ん。アルス、なんか変だよ」
「いや。なんでもない。本当になんでもない」
「ほんと~か?」
ナナは彼がドギマギしていることを知ってか、意地悪な言い方をしながら
自分の乳房を押し付ける。
「ちょっと。止めろよ。変なことするの」
「風がちょっぴり強くなって、身体が冷えちゃったからだよぉ」
「寒いのは分かるけど、うざ絡みしてくるなよ。ナナ」
「ふふん。でも、アルス、色々な所が暖かくなってるよ」
ナナは冷やかすように笑む。
「もう勘弁してぇ」
アルスは参ってきて、とうとう大声で叫んでしまった。
「っと。お二人さん。イチャイチャタイムはもう終了だ。ここが防寒具貸出所さ」
「やっとか」
アルスはやっと建物の中に入れることに心底ほっとした様子であった。
防寒具貸出所は村の他の建物と違い、非常に簡単な造りの小屋となっていた。
「失礼するぜ」
御者が入っていくのに合わせて二人共入っていく。
「よぉ。ばあ様。久しぶりだな」
御者は防寒具貸出所の受付をやっている老婆に気さくに挨拶する。
「そうさな。あんたが、ここに顔を出すのは随分久しぶりじゃ」
「あのよ。この二人が着れそうなもの見繕ってくれないかな」
「無理だ」
「無理? 金がなさそうな新人冒険者だからってそういう風な態度を取るなんて
酷いじゃねぇか。前はもっと思いやりがあっただろうに」
「そういうことじゃねぇよ。馬鹿」
「じゃあ、なんでだよ」
「毛皮がねぇ。ゴブリンラッシュが起こったことでな。
調査団に貸出するのに大量に使われた上に、
ゴブリンが沢山生息しているせいで巣の反対側にある林道の奥まで
行かなきゃまともに動物とも会えん状況じゃ。
だから二人には服を生産して貸してやることは出来んのじゃ」
「う~ん。そうか。なら仕方ねぇか」
御者が諦めようとしていた時、アルスは言う。
「あの。俺が動物を仕留めて来るっていうのはどうでしょう。
俺、腕には自信がありまして」
「自信? お前は新人の冒険者かなにかか?」
「はい。勇者やらせてもらっています」
「ってことは、お前が偽勇者を倒したっていう奴か」
「はい。俺達は勇者パーティです」
「ふん。成程な。勇者様の御一行か。なら、任せてみてもいいかもしれないな」
「それとばあ様。クエスト報酬代わりに、
こいつらの賃借料無しにしてやってくれないかな」
「仕方ねぇ。それで飲む。だが、二人の防寒具はどうする?」
「勇者様に俺のを貸すよ」
「なら、ナナ。ここで待っていてくれ」
「えっ……でも」
「凍死されたら嫌だからな。だからのんびりしてろよ」
「僕だって、役に立てる」
「ナナ、変な誤解するな。
俺が一匹分の毛皮狩ってきたらお前にも着てもらうから。なっ」
「うん。そういうことなら待ってるよ」
「じゃあ行ってくる」
アルスは動物を狩るために林道を目指したのであった。
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