第11話 新たな領域へ

 アルト村を中継し、巨大猪が住むと言われる山道まで徒歩で一時間ほどの

 道程であった。

 山道は曲がりくねっている上に、何日か前に雨でも降ったのだろうか。

 路面は濡れていて、泥でぬかるんでいる。

 その上、所々点のように苔や地球では見ないような植物が生えている。

 危険ではあるが、今のところモンスターは一切出て来ていない。

 非常に穏やかなため、二人は退屈を雑談で凌いでいた。


「巨大猪か。いきなり大物と戦うことになったね」

「まぁな。俺、本当はゆっくりゴブリン退治でもしたかったのにな」

「うん。それは僕も賛成」

「だよな。安全第一でダラダラとレベルを上げてさ。

これ、RPGとかの王道だもんな」

「それもあるけど……」

 続きを言おうとした瞬間、ナナの頬は少し紅潮した。


「どうした? ちょっと顔赤いぞ」

「だっ、大丈夫。なんでもない」

「本当か? ここで風邪なんて引いたら洒落にならないぞ」

「そうだね。風邪引いて倒れたら洒落にならないよね。あはは」

「なんつーか。異世界転生するなら、

ある程度医学が発達した世界にして欲しいよな。

皆が皆、中世ファンタジーが好きなわけじゃねぇっての」

「うん。本当にそうだ」

「なぁ。ナナはさ。

もし、魔王を倒して大木勝として生きられるとしたらどうする?」

「そのまま返すよ。アルスはもう一度、大平勇として生きたいと思うのかい」

「う~ん。俺は……確かに黒木は日本からいなくなったけど。

 別に戻った所で特段楽しみがねぇんだよな」


 家庭環境も崩壊していたし。大平勇の人生というのは虐めがなくても、

 退廃的であった。どちらにしても死のうとしてただろう。

 元に戻りたい? それに対して答えるなら……

「それほどでもない。正直どっちでもいいと思ってる」

「そう……」

「それでナナは?」

「僕も同じだね。どっちでもいい。君といればどこにいたって楽しいからさ」

「おお……それ、前世の時に言ってくれたら滅茶苦茶泣いたぞ俺」

「あの時も、今も僕は臆病だからさ。本当の気持ち、伝えられなかったよ」

「じゃあ、似た者同士だな俺達。最高のコンビじゃね」

「でも。僕は役に立たなくなる。絶対にだ」

「ナナ。お前、俺が見捨てるとでも思ってるのか?」

「アルスが成長出来るようになった時点で、

 僕との差がドンドン開いていくのは確定していたんだ」

「いや。でも、だからってお前を置いていく訳がないだろうが」

「でも。君の目的の達成の邪魔になりたくないよ。

 僕、君の邪魔になるくらいなら消えちゃいたいよ」

「変なこと言うなよ。暗くなるから」

 アルスは、ナナの悲痛な思いに対して明確な回答が思い付かず、

 逃げるように言う。

「ねぇ、アルス。僕を抱いてよ。僕が君の慰み者になってあげるよ。

 いっぱい尽くしてあげるから。

 それなら成長出来ない僕でも役に立てるかもしれない。

 ああ……そっか。子供生まれちゃったら邪魔になっちゃう。あはは」

「ナナ。二度と自分を貶めるようなことを言うな。お前は成長しようが、

 しなかろうが仲間だ。つーか、俺と一緒に成長しなくても戦う方法を考えろ。

 最初から、自棄になってんじゃねぇよ。馬鹿」

 アルスはナナの中に秘めていた暗い気持ちを受けて、率直に返した。

 彼にはそういう風に言うしか思い付かなかったのである。


「分かった。アルスにそう言ってもらって、凄い嬉しい」

「おう。じゃあ猪ぶっ潰してとっとと帰ろうぜ」

 アルスの言葉に対してナナは控え目に頷いた。

 アルスはいつもの様子に戻ったなと思い、意気揚々と山を登るのであった。

 登り続けると薬草が大量に生えている開けた場所に出た。

 どうやら頂上まで来たらしい。

 アルスとナナは巨大猪に不意打ちされないように周囲を警戒した。

 慎重に様子を窺いながら歩いていると、巨大猪と子分猪を発見した。

 巨大猪は一頭。子分猪は十頭だ。

「前世の俺だったらすげぇ勢いで逃げ出してただろうな。

 なんつーか、次の人生ではこんな化け物みたいな猪に

 立ち向かうことになるとはな」

 皮肉気に笑った。


「ぼっ、僕も手伝うよ。ナイフとか持って来てるから」

「いや。ナナは退路を確保しておいてくれ。後ろから敵とか来たら声掛け頼む」

「うっ、うん」

 それを言った後アルスはナナの様子を見ることなく、

 猪の群れに突っ込んでいく。

「この糞猪共が。ぶっ殺してやるぜ」

 意気揚々と一体目の猪を素手で仕留める。

「すげぇ。あのヤンキー中年ぶっ飛ばした時もそうだけど、

 成長して強くなってるのか?」

 楽しくなってきたアルスは次々と子分猪を仕留める。

 そして巨大猪との一騎打ちになる。


「待たせたな大将。あんたも子分と同じ場所に送ってやるよ」

 決まった、とアルスは巨大イノシシに言った。

 その後身体を翻して退避し、巨大猪を攪乱するためにそこ等一帯を走りまくる。

 その効果ははっきり出ているようで、狙いを定められていない。

 頭を振ってグルグルしているように見えるので、

 アルスは面白可愛いなと心の中で笑っていた。


 彼は三半規管がボロボロになったなと思った時に高く跳躍して、

 思い切り顔面を蹴りつけた。

 正確な急所は把握していないが、

 顔全体を踏みつければ急所にはヒットしているだろうと思っていた。


「なっ」

 だが、それは思い込みだと気付くのに大した時間は掛からなかった。

 激しく興奮して鼻息を荒くしているのだ。

「やばいな。殺意満々じゃないか。これ」

 なににも構わず突っ込んでくるそれには、先程の攪乱作戦は通用しなかった。

 彼の痛恨の蹴りは、ただ、それヘイトを買うだけであった。

「ちっ。あの野郎。なかなかやるな」

「アルス。逃げよう。この巨大猪は僕達の手には負えなかったんだ」

「でも。あの場に俺より強い奴はいなかったぜ」

「なんでだよ。なんで、そんなカッコつけるんだよ。

 前の君はそんなにカッコよくなかったじゃないか」

「神様に惚れたからよ。だから、逃げるとか諦めるとか、仲間見捨てるとか、

 そういうださいことはしたくないんだよ」

「カッコつけだよ。僕が剣さえ渡していれば付いた勝負なんだろ。

 なんで、僕を恨まないんだよ」

「お前にも嘘を付かなきゃいけない事情があったんだろ。

 俺はお前に事情があるっていうなら責めねぇよ」

「ごめん。本当にごめん、アルス」

「気にすんな。素手で倒せば、ボーナスがあって、

 超経験値が増えるかもしれねぇだろ。暗く考えてるんじゃねぇよ」

 アルスは必死に逃げ回りながらナナに大見得を切る。

 だが、勝ち筋が見当たらない。素手だけじゃ限界なのか。畜生が。

「どうにかして急所を刺せれば……」

 そう考えていて反応が遅れたのが運の尽きだった。

 体当たりがぶち当たった。

 彼の怪物はとうとう、憎き敵の胴を捉えたのである。


 角が臓器を傷つけることは避けられたが、肉には深々と突き刺さってしまう。

 獲物の出血が更に巨大猪を興奮させてしまったのだろう。

 ふんふんと唸りながら走り出そうとする。

 だが、それに負けじとアルスも猪の頭を掴んでいる。

 二人の力が拮抗しているので、相撲を取っているようにさえ見える。

 拮抗状態になっていたのであった。

 

それを目撃したナナはチャンスだと思ったのだろう。

 巨大猪にナイフを突き刺すために、その下に駆けつける。

「アルス。僕も協力するよ」

「待て。今、来たら攻撃対象がお前になっちまう」

「でも。このナイフで刺してもっと弱らせれば」

 ナナがアルスに弁解した直後、アルスの嫌な予感は当たった。

 狙いを彼女に変えたのである。


「きゃあ」

 体当たりで突き飛ばされた彼女はナイフを投げ出してしまう。

 そして武器を持たなくなった獲物を目の当たりにして取る強者の行動は一つだ。

 仕留めて、食らうことである。


 追い詰められたナナを見てその予感が駆け巡ったアルスは戦慄した。

 どうすればナナを助けられる? 

 頭をフル回転しながら必死に考える。

 周囲に使えるものはないかと何回も見る。

 その時、視界の端にナナの持っていたナイフを見つける。

 これだと思ったアルスは素早く近寄りナイフを取った。

 猪の背後に忍び寄り、首を極めた後顔面にナイフを突き刺した。

 ナイフに急所を抉った後、それを背筋に沿って引っ張る。

 背中部分から大量の鮮血が噴き絶命した。

「よし。倒した」

「あっ、アルス。血、血がいっぱい出てる」

「ああ。やばいなこれ。病み上がりなのに無茶し過ぎたな」

「あっ、アルス!」

 ナナは倒れたアルスを抱えた。そこから、彼の意識は無くなったのである。


「ああ……あれ? 俺、生きてる? 出血多量で死んだかと思ってたけど」

「あっ、アルス?」

 アルスが目を覚ました途端に傍にいた少女はボロボロと涙を零す。


「ナナ。心配かけたな。ごめん」

「謝るのは僕の方だよ。僕が武器を売る以外の方法でお金を稼いでいれば、

君はもっと楽に倒せてたのに」

「まぁ、同じ結果ならいいんじゃね。効率悪いし、こんな思いはしたくねぇけどさ」

「違い過ぎるよ。ほとんど無傷で帰ってくるのと死にかかって帰ってくるのとじゃ。全く、違うよ」

「まぁ。無事に帰ってこれたってことで、な」

 アルスは泣きじゃくるナナの頭を撫でてやる。

「なんで……罵倒の一つもしないの?」

「する必要ないだろ」

「えっ?」

「意図してかしていないかは分かんないけど、

 お前のナイフが無ければ俺達は巨大猪に負けていたんだ。

 お前があのタイミングで突っ込んでくれなきゃ、俺達は皆死んでた。

 俺達所か、薬草がとれなくて、もっと沢山の人が苦しんだかもしれない。

 お前のナイフは俺達の命を救ったんだよ。ナナ」

「うっ、うっ。アルス。あるすぅ」

 ナナは言葉に詰まり、アルスの胸に縋ってきた。

 弱々しくなっている彼女を抱き寄せた。

 泣いて震えている感覚が自分の胸の中にあるのは

 決して良い気分ではないなと思っていた。

 二度とこんな気分になりたくないと彼は思ったのであった。

「あのさ。こんな雰囲気になった手前、言い辛いんだけどさ。全然痛くない」

「えっ?」

「なんか成長したら体が治るみたいだ」

「えっ? どういうこと?」

「分かんねぇ」

 二人が話している時に、セレーナが瞬間移動して現れる。

「お二人さん。良いところでしたか。申し訳ありませんね。

 しかし、エロ本を捨てていた人が

 こんな可愛い女の子に心配してもらえるようになるとは。

 本当に世の中は分からないことだらけですね」

「セレーナ様。それよりも聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 アルスはセレーナに貶められるのは毎度のことだと思い、

 聞きたいことだけ聞くことにした。


「うん? なんでしょう」

「一回目の成長の時は怪我の痛みが残っていたけど、

 二回目の時は全部回復しているんですよね。これってどういうことですか?」

「一回目の時は成長出来る肉体に構成するために身体の力を使っていました。

 なので、成長した際に発生する超活性治癒の効果が薄れてしまったんです。

 で、二回目の時は超活性治癒の効果が満遍なく行き渡り、

 体力を回復させたというわけです」

「そうだったんですね。流石博識なお助けキャラですね。セレーナ様」

「お助けキャラどころか、この世界の主神ですよ私は。

 ちょっと不敬なんじゃないんですか?」

「あはは、すみません。セレーナ様」

「あのさ、アルス。君が惚れた神様って、今いるセレーナ様なの?」

「えっ、うん。まぁ」

 いきなりばらされたことに驚いたが、すぐに認めた。


「なんで好きになったの?」

「世界は残酷さだけじゃないって知れたからだよ」

「どういうこと?」

「俺は虐めに遭ってたのは知ってるだろ。

 その時に誰も助けてくれないし、俺のことなんてなんとも

 思ってないんだって思ってた。

 だから、黒木を殺して死のうと思ってたんだよ」

「あの時山に登っていたのはそういう事だったの?」

「ああ。セレーナ様に勝が黒木を殺そうとしているって話を聞いてな。

 それでセレーナ様の力でお前が来るように仕向けたんだ。

 それでお前と話してさ。

 お前が俺のこと、友達だって言ってくれたのが嬉しかった。

 なにもかも真っ暗だった俺の世界に一筋の光が刺し込んだんだ」

「アルス」

「だから俺のパーティから離脱するとか言わないでくれ。

 俺を一人ぼっちにするなよ」

「うん。ごめん。今度はもっと役に立つから。

 僕、君の傍にいるのに相応しい人になるよ」

 お互い、ワンワンと泣き合って抱き合った。


「あの。ラブラブみたいな雰囲気するの止めてもらってもいいですか?」

「あっ、すみません。セレーナ様。それで本題というのは?」

「神様に近づきましょう」

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