第10話 勇者初クエスト
彼の前には現国王のアルトマン十七世が、
下には新たな勇者を一目見ようとやってきた国民達の姿があった。
アルスは王城のバルコニーに立たされて、勇者の宣誓を行おうとしているのである。
「すげぇ緊張する」
彼は生唾を飲み込む。
自分の背中にのしかかる期待が異様に重く感じられたのだ。
特に、タケシ・クロキの事件が起きて
勇者不審がブームになっているような時期だから、それが余計に強く感じ取られた。
アルトマン十七世の演説の後、アルスはバルコニーに登場するように呼ばれる。
「はいっ」
それに対して上擦った声で返事をしてしまう。
その声は幸い、下にいる国民には聞こえなかった。
だが、緊張している時特有の固い動きは出てしまっている。
頭の中で練習してきた台詞を思い出し、
「私アルスはこの度、偽勇者タケシ・クロキを討伐いたしました。
これからもこの国、
ひいては世界を魔王の魔の手から救えるように、
自分の力全てを使って頑張っていきたいと思います。
どうか皆様に協力していただきたいと思います。よろしくお願いします」
と言う。
だが、人前に出て言う事に少し難があった彼は台詞が途中で飛んだ。
勢いに任せて色々言うが
その一生懸命な姿が好感を持たれたようで、拍手が湧いたのである。
宣誓式が終了した後アルス一行はアルトマン十七世に挨拶を終わらせて王城を出た。
「これからどうする?」
「う~ん。戦力を強化するという目的はありますけど、どうすれば強くなれるかとか全然検討が付かないよね」
「片っ端からモンスターとかを討伐するとかか?」
「そうだね。じゃあ、僕はアルスが強くなれるように手伝うよ」
「えっ……そうか。ナナは成長出来ないんだもんな」
「うん。だからアルスがある程度成長したら僕と別れることになるかもしれない」
「そうか」
これから戦いが激化していく中でレベルアップが出来ないというのは致命的だ。
ナナを庇いながら戦う、という状況が続けばいつか必ず壁にぶち当たる。
それを考えると、安全な所で暮らしてもらった方がいいかもしれない。
「ごめん。僕、役に立てなくて」
「別に。仲間は役に立つとか立たないとかそういう問題じゃないだろ」
「そう言ってくれると救われる気分だよ。だから、一杯思い出作ろうね」
大きな感情表現というものをしなかったナナが、
こんなにも大きく笑うということに違和感があった。
だが、それを聞き出すことは何か憚られた気がした。
繊細になっている彼女の心を更に抉るように思えたのだ。
気まずくなって、話題を変えた。
「ええと……ナナ。モンスター討伐とかを斡旋している場所はないか?」
「城下町にギルドがあるよ。
けど、弱いモンスターの依頼しか受けられないと思うよ」
「弱いモンスターも沢山倒せば多少成長するだろ」
「そうだね。依頼は沢山あるからね。ガンガンこなしていこうか」
「おう」
アルスはナナが無理して笑顔を作っていることを察していることを
知られないために、オーバーに返事をしたのであった。
城下町は厳かな雰囲気のある王城や、
廃退的なスラム街ともまた違う雰囲気があった。
雑多で、色々な種族の者達が行きかっている。
そのため沢山の商店や、施設、住宅が立ち並んでいた。
セレの中で一番庶民的な場所だろう。
そのためか、勇者となったアルスが歩いていることはすぐに噂になったようだ。 彼を見物するために、彼の周りにだけ人が多く集まっている。
「なんか、はずいな。これ」
「うん。なんか、僕達だけ悪目立ちしてる感じがする」
「まぁ。気にしても仕方ない。早くギルドで登録済ませて来ようぜ」
アルス達がギルドに入ると、そこでも異様に注目された。
ガラの悪い男達が、アルスとナナを射貫くような視線で見つめてくる。
だがアルスはそれを気にしないようにして、
ギルドの受付を一点集中して見ていた。
「おいおい。勇者様。俺と手合わせしましょうや」
彼をジロジロ見てくる男達の一人が、アルスに絡んでくる。
「俺とやり合ったって、何にも面白くありませんよ」
「前の勇者様は良かったな。強かったし、飽きた女も俺に回してくれたしよ。
あの人は俺達にとっちゃあ、すげぇ都合の良い勇者だったんだがなぁ。
本当に残念だな」
「前任のことを言われても知りませんよ」
「あんたが倒したんだって。スラム街にいた奴から話は聞いたぜ」
「それなら俺に絡まない方が賢明だと思いますけど」
アルスは言うが、彼はそれでも止めない。
「勇者様。俺達に実力を示してみろや。それか隣にいる彼女をくれるか?」
「やるわけないだろ。大事な仲間だぞ」
「なら、俺達をぶっ飛ばしてみろよ。
それと、もし倒せなかったらそこの女は貰っていくからな。勇者様」
男は鼻息を荒くして、ナナを眺めている。
なにかおかしい。クロキを倒したっていうことを知っているっていうことは、
実力差を把握している筈だ。なのになんで挑んでくるんだ?
「ナナ。お前は後ろに下がってろ」
「でも。アルス……」
「いいから。行け」
「かっこいいね。彼女を庇うなんて男らしいじゃねえか」
アルスは彼等と戦う覚悟を決めて拳を構えた。
「素手か。俺達に対して良い度胸じゃねぇか」
男達はアルスに同時攻撃を仕掛けてくる。
だが、彼はそれに対して冷静に対処する。
一人目の攻撃を左腕の広い側面で受け、
次に二人目の攻撃を右腕の広い側面で受け止める。
三人目の攻撃は二人を押し飛ばしてフリーになった右拳の正拳で倒す。
背後からやって来た四人目に対しては後ろ蹴りを食らわせる。
凄い。アルスはクロキとの戦いでレベルアップしたことを体感した。
彼等の攻撃の一つ一つが鈍く、そして弱い。
「なんだこいつ。こいつはただの雑魚なんじゃないのかよ」
ごろつき達はクロキから聞かせられていた話と大きく違っているらしく、
驚いている様子だった。
「勝てた。けど、あいつら一体?」
違和感を覚えたが、それを頭の片隅に追いやりギルドの受付に行くことにした。
「ええと、すみません。ギルド内で乱闘騒ぎを起こしてしまって」
「事の経緯は私共も見ていたので内々に処理しておきますよ。
実は、ギルドの方としても彼等には迷惑を被っていたのです」
ギルドの受付嬢はブロンドが似合うエルフであった。
「そうですか。なんか、気を遣わせてすいません」
いいえ。とギルドの受付嬢は優しく微笑む。
アルスはその蠱惑的な笑みに翻弄されたがすぐに正気を取り戻す。
「それで、あの。弱いモンスターを討伐する依頼とかありますかね」
「そのことなのですが、
弱いモンスターの討伐より優先的に受けていただきたい依頼がありまして」
「薬草採取とかですか?」
「薬草採取のお手伝いですね」
「荷物持ちとかということですか?」
「いいえ。ここから小さなアルト村があるのですが、
その外れの山道に巨大な猪のモンスターが住み着いてしまいまして。
採取スポットとある程度離れてたら良かったのですが、
スポットのど真ん中に陣取ってしまっているのでそれをどうにかして欲しいんです」
「巨大な猪というと、どのくらいの大きさですか?」
猪は大きくても二メートルくらいある。
成長したとはいえ、そんな猪を二人で倒すことが出来るだろうか。
アルスが猪の討伐プランを練っている時、受付嬢は言う。
「その。大体四イントルくらいです。猪の主ですので」
「えっ? そんなに?」
「そうですね。後子分みたいな奴等も二イントルあります」
「えっ……そんなに」
アルスは驚愕せざるを得なかった。一イントル換算一メートル。つまり、討伐を依頼される猪は四メートルくらいあるのだ。それに加えて子分の猪が二メートルである。つまり、彼の考える猪より遥かに強大であるということである。
「アルス。大丈夫?」
ナナは緊張しているアルスを心配そうな目で見ている。
そんな彼女を見た彼はすぐに我を取り戻す。
「だだだだ、大丈夫に決まってるだろ。俺、成長して強くなったんだぜぜぜ」
「凄く動揺してるよアルス」
「しっ、してねぇよ。これは武者震いって言うんだ」
「うわぉ。武者震いですか。頼もしいですね。流石勇者様」
「えっ、ええ……まぁ」
受付嬢に褒められたアルスは調子に乗ってしまう。
それを見て面白くなかったのだろう。ナナはそっぽを向く。
「その。なんで怒ってるんだナナ?」
「別に。なんでもないよ」
と言うが、明らかに機嫌が悪い。
受付嬢はその雰囲気に気付いたのか咳払いした後、話を続ける。
「こほん。ということで、巨大猪(ビッグボア)子分猪(ノーマルボア)の討伐を
引き受けてくれますか?」
「その。今更なんですけど。いくら勇者だからって過大評価し過ぎじゃないですか? 初陣が巨大猪って聞いたことがありませんよ」
「あなたはもうそれなりに実力を見せているんですよ」
「えっ? 俺が?」
「はい。だって彼等はそこそこ名の売れている冒険者ですよ」
「ええと。名が売れているというと、どのくらいですか?」
「S、A、B、C、D、E、Fの七段階評価の中でBランクなので結構強いですね」
「ああ。だからあの人、あんなに自信満々だったんですね」
「それもあるんですけど、
前の勇者だったタケシ・クロキ様に記憶が無くなるまで
ボコられ続けて忘れてしまっているんですよね」
「ああ。それで」
アルスは納得が行った。
黒木は人を殴る時に本当に加減しない。死んでしまっていいと思っているからだ。
多分、あいつは頭のネジが一つ外れていたんだ。
大平勇として虐めらていた時のことを少し思い出す。
「で、このクエストのランクはCランクです。
中堅冒険者は今、大規模な実地調査に駆り出されていて、
こちらをフォローする人手がどうしても足りないんですよ」
「あれ? あの人達を行かせればいいんじゃないんですか?」
「まぁ。B級といってもピンキリってことですね」
「その。俺に自信を付けさせようとしているんですか?
自信を無くさせようとしているんですか?」
「あははは。まぁ、それだけ事情が複雑ってことですよ」
受付嬢は話が長引くと不利になると見るや、強引に話題を完結させた。
アルスもまた、そんな雰囲気を察し、それ以上言葉を紡ごうとはしなかった。
「それではお二方。行ってらっしゃいませ。良い報告をお待ちしております」
二人は受付嬢に見送られながらギルドを出た。
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