第9話 陰謀の始まり

 霊峰セルヌス。神の住まう神山で、近づこうとする人間はいない。

 セルヌスの頂上には巨大な神殿がある。

 神殿は現代のアルトマリアの建築方式ではなく、

 古代ビルマルダルシャの建築方式に則って、

 柱は太くてエンタシスが強い四角形であった。

 簡素であるがどこか荘重なのが、このビルマルダルシャ建築方式の特徴だろう。


 中はというと、外の造りと比べて複雑で豪奢であった。

 それぞれの神の私室と円卓が集まっている場所なので、

 それぞれの神の趣味がごった煮しているというのが正しいだろう。


 神殿内は総じて統一性のないものであるが、円卓は会議をする場、

 不可侵の領域とされているので、ビルマルダルシャ建築様式の原型は

 かなり残っていたのである。


 円卓の最奥の一席。

 主神セレーナが着く席を含めて七席は空席であった。

 そのため副主神である二柱の内、ブルーカスはすっかり悩んでいた。


「ブルーカス。黙り込んでねぇで、早く会議やんぞ」

 そんなブルーカスに対して会議を開くように急かすのは、

 同じ副主神であるアトラであった。


「そう急ぐなアトラ。今回の議題を言うのはどうしても慎重になる」

「日よっているんじゃねぇよ。ブルーカス」

 アトラは弱気なブルーカスに腹を立てているようであった。

 綺麗な顔立ちであるが、

 鋭い眼光を持っているためブルーカスを追及しているようにも見えた。

 もっと言うならばブルーカスの方が気弱そうな風体をしている老人という

 見た目だからということもあるのだろう。


「分かった。言うとしようか」

 ブルーカスはこの後のことを想像してか、

言い出すのが嫌で仕方ない様子であった。一呼吸して本題に触れる。


「今日皆に集まってもらったのは裏切り者を探し出すためだ」

「へぇ。そんな馬鹿なことを平気でやる奴は誰だ? 目星はついているのか?」

 真っ先に驚いたのは軍神ガレスであった。

 眉目秀麗であると共に、軍神と呼ばれるに相応しいがっしりとした体躯を持つ

 美男子である。


「いや。ついておらん」

「じゃあ。何故、裏切り者がいるという風になったんですか?」

 次に質問したのは太陽神へカトンであった。

 彼もまた小麦色の髪と白磁の肌を持つ美男子であった。

 太陽神の名に恥じない金色の輝きを彼は纏っている。


「異世界転移者に、チートスキルと呼ばれる程の超強力な能力が

付与されていたのだ。これは転移者を扱う事で一番のタブーとされている。

理由は分かるな」


「この世界のバランスが崩壊するからですよね」

 ブルーカスの言葉に理解を示したのはテミラ。月の女神である。

 月光の輝きのような綺麗な肌と、夜闇のような黒髪が特徴的な美人だ。

「そうだ。この世界の摂理を知らない転移者にチートスキルを与えれば、

この世界の摂理、秩序といったものが崩壊する可能性があるのだ」

「はい。それは承知しております。まさか、その禁を破った方がこの中に……」

 テミラは不安げに、席に着いている神々を見回した。


「ここにいる者達がしたという確固たる証拠はないが、

神々の内の誰かがした可能性は大いにありうる。

今後のことも考えてここに呼んだ訳だ」

「そうですか。なら、異世界転移の任の管理委員会を作りませんか?」

「それはいいかもしれんな。儂とアトラ以外の神々で作るとよい」

「おいおい。待てよブルーカス。俺は面倒なのはごめんだぜ」

「だが、我々の内どちらかが異世界転移の法を破ったと

疑われるのは耐えがたいことだ。お前にも賛成してもらいたいものだ」

「面倒なんだよ。そういうの。

そもそも俺は副主神になりたくてなったわけじゃねぇし」

「なんだと。セレーナと同じ一族の神がこのセルヌスの背負うのは当然だろう」

「お家がそうだからって、その仕事に就くのが当然っていうのが嫌なんだよ。俺は」

「反抗期のガキではあるまいし、分をわきまえよ」

「糞爺。なら、このくそがきを力づくでやってみろよ」

「よかろう。今までの鬱憤、貴様で晴らしてやるわ」

 海を管理する権能のアトラと、冥界を管理する権能のブルーカスは

 今、円卓に出席している神々の中で一二を争う力の使い手であった。


 この二人が争えば霊峰セルヌス所か、ここにある大陸一帯が滅びる場合もある。

「落ち着いてください、ブルーカス老。

 あなたの権能はこのような所で振るわれるべきではないでしょう」

 へカトンはブルーカスを宥め、

「そうです。アトラお兄様もどうか落ち着いてくださいまし。

 ここで争うなんて不毛なことはなさらないでください。

 私達の目的は、異世界転移をした裏切り者を見つけることなんですよ」 

 テミラはアトラを宥める。

 だが、二人共が、説得を聞こうとしなかった。


「ここは引き下がる訳にはいかないのだ。この霊峰セルヌスのためにな」

「糞爺。死ぬ寸前までぼこして、糞みたいな余生を送らせてやるよ」

「跳ねっ返りが調子に乗るな」

 ブルーカスとアトラの権能の力を纏った拳が衝突しようとした時、

 セレーナが二人の間に割って入る。

「ブルーカス、アトラ。これはどういうことです?」

 セレーナの鋭い眼に射貫かれた二人は、その場から動けなくなってしまう。


「へカトン、テミラ、ガレス。この状況を説明しなさい。

どういうことです、これは」

「異世界転移の任で、チートスキルを転移者に付与したものがいまして。

その者を探すために、話し合いを進めていたのです」

「それで、ヒートアップしてしまったと」

 セレーナは今のテミラの説明で全てを理解したようだ。


「ブルーカス、アトラ。この件が片付くまで私が転移者と転生者の

 管理を兼務します。あなた達は私の補佐に付きなさい」

「「はい。分かりました。セレーナ様」」

 アトラとブルーカスの声がハモる。


「では早速仕事に取りかかるとしましょう」

「新しい仕事ですか」

「人類の希望たる勇者は途絶えてはならないのです」

 出席していた神々はそれぞれ、彼女の考えを推し量っていたのであった。


「いや。セレーナ様。あんたは勇者の管理から降りるべきだ」

 主神であるセレーナの言葉にブルーカス含める神々が頷いている中、

 アトラだけは面白くない顔をして、彼女に意見を言った。

「なに? どういうことです?」


「人間への過度な干渉はこの世界のバランスを崩す。

だからチートスキルや、成長出来る能力を与えない。それは分かる。

だったらあんたも一人の勇者を贔屓にするなよ」

「贔屓などしているつもりはありません」

「本当か?」

「はい。勿論です」

「ならなんで勇者アルスもとい、大平勇にチートスキルを与えた?」

「転移者もまたチートスキルを持っていたからです。

それに彼の場合は明らかに、悪の行いでした。

人への影響を考えた結果、大平勇に力を与えることになりました」

「そうかい。そりゃ失礼した。流石セレーナ様だ」

「アトラ! 主神様になんと無礼な言葉を。すぐに謝れ」

「おいおい爺。俺は思ったことを言っただけだぜ。

それに俺はあの結果に満足してねぇからな」

「その話か」

 ブルーカスは呆れたようであった。


「あれは私の父、デウスの決めたことです。

それに私は天空の権能を確実に使いこなしています」

「そうかい。なら俺があんたに勝ったら、主神の権限と天空の権能を寄越せよ」

 アトラはセレーナの下へと歩いていこうとした。

 その瞬間、アトラはその場から動けなくなってしまった。

 金縛りにあったかのようである。


「なんでこの俺が動けねぇんだ」

「海などより、天空の方が圧倒的に大きいのです」

「糞」

「そういえばあなたが負けた場合の話をしていませんでしたね」

「やれよ。俺を殺せよ」

「そうですね。私に逆らった者は見せしめに殺して見せなければなりませんね」

「お待ちくださいセレーナ様。アトラは我々副主神がセレーナ様の意向を無視して

 転移者にチートスキルと成長の力を与える不正をしたと思われていることを

悲しんでいるのです。アトラが苛立っているのはそこからです」

「それがどうしたというのです」

「あなた様自身に忠誠を疑われたことで、とても心を痛めていたのであります。

私と共に忠臣として生きてきたアトラをこの場で失うことは

とても大きな損失になります。

特に主神に対する反逆が起きているこの状況では猶更です」

 ブルーカスはアトラに手を掛けようとしているセレーナを宥める。

「分かりました。ブルーカス。あなたの嘆願に命じて、

殺すことだけは許しましょう。しかしあなたの副主神の地位をはく奪します。

今回はそれだけで済ませてあげましょう」

「なんだと? 俺の地位をはく奪するだと? ふざけるな」

「アトラ。セレーナ様の恩情を無下にする気か」

「兄貴の娘に主神の座を奪われて、その挙句この娘に地位を奪われるだと! 

ふざけやがって」

「アトラよ。セレーナ様の温情を受けることを勧めるぞ」

「糞」

 アトラは悔しがりながらも、それを受け入れざるを得なかった。

 それを見ていたブルーカスの顔は少し楽しげであった。

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