第8話 新たな戦いの幕開け

 偉大な勝利における代償はかなり大きかった。

 悪の勇者クロキを打倒して、投獄させた英雄は力の使い過ぎで王城の医務室でこんこんと眠っていた。


「あれ? ここは?」

 アルスは見慣れない場所で眠っていたことに戸惑っていた。

 彼が何故こんな所にいるのかということを考えていた時に、ナナが入ってくる。

「アルス。大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ」

「その。アルスはなんで僕のことを助けに来てくれたの?」

「なんか、クロキが脅してるんだろうなって思ってさ。

で、行ってみたら案の定だったってこと」

「その、勇は僕に怒ってないの?」


「ああ。それだ。滅茶苦茶怒ってるわ」

「だよね。お金、盗んじゃったし……それに、色々気持ち悪がらせちゃったし」

 ナナの翡翠色の目の光がやや暗くなる。

「はは。冗談だよ。もう、何も思ってない」

「えっ?」


「えって。お前はクロキに脅されてた。それだけだろ」

「でも。僕はアルスを、勇をまた裏切ったんだよ。

なのに、なんでなにも言わないの」

「怖いものは仕方ねぇじゃん」


「いや。だって、そんなのいいわけじゃないか。

怖いって言えばなんでも許されるわけじゃないよね」

「お前はそんなこと考えてたのか?」

「そんなの。考えてないよ。けど……」

「気にすんなよ。俺達二人で強くなって、クロキを超えればいい。

超えれば怖く無くなるだろ?」

「なにか罰を……」


 食い下がるナナの話を

「この件はもうお終いだ。次は俺の成長だ。ナナ、お前も手伝えよ」

 と一蹴した。


「勇。僕は……」

「ナナの中に勝の心があるっていうのは分かってる」

「その。僕が隠していたこととか怒らないの?」

「勝だったのはびっくりしたけど。

まぁ、初対面の異性が気さくに接してくるのおかしいなって思ってたから

今思えばむしろ納得したまである」

「なんか女の子慣れしてない感じがする」

 ナナの表情は綻んでいた。

「それともう一つ。僕のことを気持ち悪いと思わないの」

 控えめに聞いてくるナナに対してアルスは、

「この世界に大平勇っていう人間も、大木勝っていう人間もいないんだ。

前世でトランスジェンダーだったとか、ゲイだったとか気にするなよ」


「でも……この秘密を上手く隠せていたら僕は君を庇うことが出来たんだ。

僕、この秘密がばらされることが怖くて、黒木に従っちゃったんだ」

「もう終わったことだ。気にすんなよ」


「ねぇ。僕をどうすれば許してくれるの」

 ナナの切実な問いに対して、

「何もねぇよ。今まで通りこれからも仲良くやっていこうぜ」


 アルスはナナに握手を求める。

 彼女は嬉し泣きしながら、彼の手を取る。

「う~。アルス、大好き。大好きぃ」

 胸にしがみつくように抱き着いてくる。

 アルスはナナの柔らかい感触に昇天させられそうになるが、ぐっと堪える。


「お前もお前で色々苦労してたんだろ。今は泣けよ」

 という臭い台詞を吐いてその場を取り繕うのが精一杯だった。

 ナナは泣き終えると、アルスに対して微笑みかける。


「アルスと出会えて良かった」

「こっちもだ。ナナ、これからもよろしくな」

 また、改めてお互いに挨拶し合った。これで二人の仲を取り戻せた気がしたアルスは、胸の中のつっかえが取れたような心地よい気分になった。

 二人が少しの間見つめ合っていた時、扉がノックされる。

「アルス、それとナナ・セーレン。

アルトマン十七世陛下がお呼びである。

 すぐに、謁見の間に出立するように」


「パンテロさん。あんた、王城の兵士だったのか?」

「まぁ。そんなところだ」

 恥ずかしそうに言った後、


「勇者クロキを素手で倒すとはな。びっくりだよ、本当に」

 パンテロはアルスのことを心の底から褒めている。

「あはは。で、王様がなんで呼んでるの?」


「あの後、クロキの間にあった黒い噂が全て真実だと証明されたんだ。

王国にある大規模な犯罪を明るみにしたっていうことが功績だな」

「クロキの奴、スラム街の奴と色々やってたからね」 

「まぁ。因果応報。落ち着くところで落ち着いたって感じだな」


 アルスはクロキの処遇を知ることが出来て安堵した。

「じゃあ。俺は陛下と一緒に、お前等が来るのを待ってるからな。じゃあな」

 パンテロは気さくな調子で言った後、去っていた。


 謁見の間の最奥には玉座に座っている老年と、近衛兵が二人いた。

近衛兵はたくましい体つきである。

 また老年、もとい王も彼等に負けずとも劣らずの精悍な肉体を持っていた。

「大儀であった。余はジャック・アルトマン十七世である」

 二人は王が放つプレッシャーに屈することなく礼儀作法をこなす。


 アルトマン十七世に楽にするようにと言われ、頭を上げた。

「今回の件は我が国が召喚した勇者の起こしたこと。

事の責任は我々にある。だが、一つ問いたい。

ぬしらはどこからやってきた何者だ?」

 アルスは王の言葉に疑問を持った。

 アルスとして転生してきたことは神様とクロキ、ナナしか知らないはずのこと

なのに、それを知っている風な口を聞いてくることが不思議に思えたのだ。


 ナナもアルスと同じようで、首を傾げながら考え込んでいた。

「どうなんだ。早く質問に答えろ」

 アルトマン十七世の傍に控えている兵士に答えるように促される。

「はい。私達は勇者タケシ・クロキと同じ出自でございます」

「私もアルスと同じく、タケシ・クロキと同じ出自でございます」


 二人とも、クロキと同じ出自だということを認める。

「なら何故、クロキだけ召喚された? 

貴殿等もクロキと共に召喚されなければ道理が合わん」

 アルトマン十七世は異世界転移や異世界召喚、

 異世界転生等の類に対してあまり造詣がないようだった。

「そこは私が説明いたしましょう」

 と虚空から声が響いたかと思うと、

 アルトマン十七世とアルス達の目の前にセレーナが現れる。


「めっ、面妖な魔女め。ここをどなたの御前と心得ているか」

 近衛兵の一人がいきなり現れたセレーナに槍を向ける。

「無礼者。彼女は我等がセレーナ教の主神のセレーナ様だぞ」

「はっ、しっ、失礼いたしました。主神セレーナ様。

まさかこの世界に降臨するとは思っておらず、決めつけてしまいました」

「それは神に選ばれた仕事を懸命にこなしている証左で

ありますからそれを責めたりは致しません」

「寛大な御心に感謝いたします」

 槍を突きつけた近衛兵は頭を下げる。


「それでセレーナ様。本日のご用件はなんでしょう」

「あなた方に、世界の危機が起こっていることを伝えに来たのです。

タケシ・クロキという勇者に不適当な人間が選ばれてしまった理由も

そこにあります」

「私には理解が追いつきません。セレーナ様。ご説明を願えますか?」

 それを言われたセレーナは指を弾いて、

木で出来たボードをその場に出現させた。

「まず。あなたの疑問にお答えしましょう。

異世界転移と異世界召喚の意味は理解出来ていますか?」

「いまいち意味を理解しておりません。別世界から人が来るということは想像出来ませんので」

「なら、そこからきちんと説明いたしましょう。

異世界転移とは異世界から人間が移動することを指します。

異世界召喚もその類に入ります。

そして次に異世界転生とは、死んだ人間の魂だけを取り出してこの世界の赤子に

転生させることになります」

「つまり異世界転移は生きている人間をこの世界に移動させることで、

異世界転生とは死者の魂をこの世界の赤子なり人間なりに憑依させるという

認識でよろしいでしょうか」

 アルトマン十七世はようやく理解したようで、セレーナに確認を取る。


「はい。そうです。神にも扱う領域というものがあります。

死者の魂を扱うことが許されているのは主神である私のみです。

何故なら、死という、因果に干渉するものを扱うためです。

しかし、生者に関しては違ってきます。

死に場所が多少変わろうが、死ぬべき運命さえ変わらなければ

異世界にいようがいまいがどうでもいいのです。

だから異世界転移を行う最高責任者は副主神になるわけです」

「異世界召喚をした時点で、

セレーナ様に選ばれた者ではないということですか?」

「はい。少なくとも、私が適切かどうか判断していないです。

異世界転移をする人の選定は彼等に任せているので」

「ここまでは副主神の彼等の過失と言えます。

つまり、故意的なものではないということは言えます。

しかし、問題はここからなのです」

「ここからと言いますと?」 

 アルトマン十七世は話の続きを求める。


「ステータスです。心当たりはありますよね、アルス」

「はい。私達が知っているタケシ・クロキの力量ではありませんでした。

転移する前の彼には力を倍増させるスキルなんて無かったですし、

炎魔法なんて使えるはずもありませんから」

 とアルスは言う。


「私達が異世界から人を呼ぶ際にはステータスの成長の権能と、

スキルや魔法を与えてはいけないというルールがあります。

彼等は強力な力を付けると増長する可能性がありますので、制限をかけるのです」

「ということは異世界転移してきた者達は勇者であるタケシ・クロキのような強力な能力を持っている可能性が高いということですかね」

「はい。副主神か、あるいは全員が私を陥れるために動き回っている可能性があるということです」

「魔王を倒すだけじゃなくて、その陰謀を企んでいる神様や

転移者達と戦うかもしれないってことですね」

「はい。アルス。

あなたにはかつての同胞を手に掛けてしまうかもしれませんが、

世界平和のためを思って、それを覚悟して欲しいのです」

 セレーナに言われたアルスは非常に緊張したが決断した。

「異世界転移者が悪さをしていたらぶっ倒します」

 セレーナはその言葉を聞いて、口元を綻ばせた。

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