第3話 勇者アルスの旅立ち
「無理だってどういうことだよ」
「そのままの意味だ」
「なんでだよ。魔石を集めたら家から出られるっていったじゃないか」
「端的に言うが、お前には冒険なんて向いていないよ」
「だから実力は示しただろうが」
「実力だけじゃない。お前はなんでその子と一緒にいた」
「それは森の中で出会って……」
「恐らくだがあの子はゴブリンに襲われていただろう」
アルスはプロメテオが森の中での出来事を見ていたかのように
ぴたりと言い当てることに驚いていた。
「お前が知っている狩場場はカフリ森林だろう。
カフリ森林でこんな短時間で魔石を獲得する方法はゴブリンの群れと出会うことだ。何匹かは計算出来ないが、十から二十相当の規模だったと思う。
なんでお前はゴブリンに襲われているあの子を助けた?」
「ナナが危険な目に遭っているんだから助けないと駄目だと思って」
「冒険するには自分の身の安全を考えるのが一番大事なことだ。
だからお前はこの子を見捨てて、ゴブリンを数体狩って帰るべきだった」
「でも。困っている人を見捨てるなんて酷いことが出来るかよ。
それにゴブリンに攫われたら最後……」
「辱められるだろうな」
「なら猶更」
「アルス。考えなしでゴブリンに突っ込むのは勇気ではなくて、無謀だ。
勇気とは、最低のことを全部考えた上でそれでも行動することを言うんだ」
プロメテオの険しい眼はより一層険しくなった。
でも。俺はナナを助けたことを後悔してない。前世の俺だったら父さんと同じく、ナナを見捨てる選択をしただろう。だけど今回は助けられる命は全力で助ける。
アルスには前世の弱い自分に負けてはならないという思いがあったのである。
「そういう考えなしの行動をして無駄死にするくらいなら黙って
子供でも育ててればいい」
「父さん。俺は人を助けることが悪いとは思いません。
だからそれで勇者としての適性がないなんて思えません」
「ほぅ。そこまで言うか。ならもう一度だけチャンスをくれてやる」
「よっしゃ。ってことは……」
「彼氏に二股されてヒステリーなカサンドラと剣術勝負をしてもらう」
「はっ?」
アルスは何の冗談かと思った。
「なんだ? 怖気付いたのか?」
「怖気ついてなんかねぇよ」
「よし。交渉成立だな」
「私のせいでごめんなさい。アルス」
プロメテオの言葉を聞いたナナは意を決したようで、
「もし、アルスさんが負けたら私、アルスさんと結婚します」
「気にしなくてもいいよ。俺、勝つから」
「その。プロメテオさん。
もしアルスさんが負けたら私も一生お手伝いとして働きます」
「お嬢ちゃん。一回助けられたくらいでそこまで
義理立てしなくてもいいんじゃねぇの?」
「そうだ。ナナには関係ないことだ」
「関係ならあります。
アルスさんが私を助けなければこんなことにならなかったんですから」
「言葉だけで十分だ」
「まぁ。やれるものならやってみな」
プロメテオは二人を暖かい表情で見つめていた。
村中央の広場には、額に青筋をたてたカサンドラが立っていた。彼女はアルスより二十センチメートルばかり高い上に、全身の筋肉がバンプアップしているようで、
並の男なんかより屈強だった。
かなり体格差がある二人の戦いを村人達は面白がって見物しに来ている。
「二股されたストレスをあんたで解消させてもらうわよ。アルス」
カサンドラは厳つい顔で険しい表情を作る。その圧力は並の者とは比肩ならない。アルスは緊張のあまり、生唾を飲み込んだ。
「カサンドラ。ちょっと加減してくれるとか、してくれないかな?」
「無理ね。国から認められた大人気鍛冶師のお家に嫁になれるんだもの。私、この顔と身体のせいで行き遅れたけど玉の輿に乗って幸せになるわ」
「当人の意志は一切気にしないスタイルですか。勘弁してください」
「ボコボコにされない内に降参して結婚することをおすすめするわ」
「嫌だ。俺はこの村から出て魔王を倒す」
「なら元Bランク冒険者を倒してみなさい」
「これはあくまで模擬試合だからな。この木剣で試合を行ってもらう」
とプロメテオは二人に木剣を渡した。
「俺が合図をしたら戦いを始めてくれ」
「ええ」
「分かった」
カサンドラとアルスは頷く。
それを見た彼は右手を高く上げて、静かに振り下ろした。
合図を見た二人の戦いが始まる。村人達は興奮して盛り上がっている。だが、当の本人達はすっかり動きを止めていた。カサンドラとアルスはお互いに手を探るためにお互いの一挙手一投足を見逃さまいとしているのである。
先に出たのはカサンドラである。
ブンと木剣が虚空を裂く音がした。それと同時に彼女の腕が見えなくなった。あまりものの速さで、アルスの動体視力を軽々と超えたのである。
「あがっ」
打たれた彼はそのあまりものの威力に思わず呻いた。
戦意を一瞬で喪失しそうになった。
「あんたが降参してくれればこれ以上せずに済む。どうする?」
「しない」
「そう。それは残念ね」
カサンドラの高速の剣はアルスの身体に強い衝撃を与えていく。
意識が朦朧とし始めた彼は負けてはならないと自分の心に言い聞かせた。
この勝負には、ナナの人生と俺の人生が懸かっているのだから。
好きでもない男のために村で働くという重い覚悟をしてくれたのだ。
アルスの中で戦意がまた燃え始めた。
問題はあの異常に速い剣をどうにかすることだ。
あれを躱さなければ打たれ続けて気絶して負けになる。
アルスが考えている間にも、カサンドラは打ち込み続ける。
アルスは耐えながらひたすらどうするかを考え続けている。
傍から見れば防戦一方の戦いだ。
村人達の興奮はすっかり冷めてしまい、彼等の行く末を静かに見つめていた。
ある程度、耐え続けた頃にアルスは一つのことを思い付いた。
木剣を振る腕は見えないが、それ以外の全身の筋肉の動きは見えるのではないか。
アルスはカサンドラの観察を始めた。
肩の動きは僅かだが、打ち込むおおよその方向を教えてくれているのだ。
アルスは試しに体軸を逸らして受けてみると、打撃のダメージが和らいだ。
剣の方向が分かったからである。
カサンドラはカサンドラで手ごたえに違和感を覚えたのだろう。
アルスをじっと見つめていた。
彼はそれに気付かず、防御にずっと集中していた。
その様子を見たカサンドラは偶然が生み出したのだろうと判断したようだ。
意識を刈り取るために、木剣を無心で振るい続けている。
そのため、剣の軌道の分析は進んだ。
肩の動きと体重移動によって剣の軌道と威力は決められるのだと気付いた。
緩む隙を見つけて顎を狙う。脳震盪を誘発させるのである。
「はぁ……はぁ。こいつ、いくら殴っても倒れないなんて。そこらのモンスターより質が悪い」
カサンドラはアルスのタフネスに呆れていた。
「何も話さないの。あんたは」
カサンドラは止めと言わんばかりに、今までより速く木剣を振る。
肩の動きと体重の移動が見えた。
アルスは剣の先と対角線になるように体軸を逸らし躱す。
「なに?」
彼女が姿勢を戻す前、木剣を振った勢いが余っている頃にカウンターアッパーの
要領で、カサンドラの顎に木剣をブチ当てた。
彼女の持っていた勢いと、
アルスの振るった木剣の勢いが正面衝突することで
彼女は顎に大ダメージを受ける。
ふらっ。彼女は身体を大きく揺らす。
揺らす、ではなく体勢を崩されたと言った方が正しい。
「ぐぅ。こんくらい」
ふらつきながらも木剣を構えながら、アルスを狙う。
だが、それの勢いはふらつく前と比べてかなり遅くなっている。
その上狙い定めた所に振ることすら出来ていない。
それをチャンスと思ったアルスはもう一度、木剣で顎を攻撃しようとする。
だが、彼もまた身体にダメージを持っており、
勢いのある攻撃が出来る状態ではなかった。
お互いに決め手を無くした千日手となったのであった。
「父さん。カサンドラも俺も決め手がなくなったよ。
まともに木剣を当てられやしない」
「確かにな。これ以上やり合っても泥試合になるだけだな」
「じゃあ。引き分けってことでいい?」
「俺はあくまで勝つことが条件と言ったんだぞ。お前がここで引き分けにするというのならば彼女に結婚を了承してもらう必要がある」
「そのことなんだけどさ。カサンドラを養子に迎えればいいんじゃない? 俺の子供に鍛冶を期待するより、最初から大槌を振れる力があるカサンドラを鍛冶師として育てたほうが手っ取り早い気がするんだけど」
「女を鍛冶師になんて出来るか」
プロメテオは言うが、アルスは返す。
「カサンドラは元冒険者で、武器が如何に重要かを知っているし俺より良い仕事が出来ると思う」
う~ん確かになとプロメテオは考え始めている。
「嫌よ。鍛冶師になったって結婚なんて出来やしないじゃない」
「いやカサンドラ。お前が真面目に仕事をやるというのなら、
男を紹介してやらんこともない。
女をいくらか見繕うより、男を沢山紹介する方が簡単だからな。職業柄上」
「それならやります」
カサンドラはプロメテオにメリットを紹介されるとそれに食いつく。
「だがいいのか? お前はガイダの名字を捨てなきゃならなくなるぞ」
「鍛冶をしない人間が、ガイダの名字を貰うなんて変だからいいよ。
成人式をした後、村のい役場で手続きしよう」
「おう。それでいいならいいんだけどよ。本当にいいのか?」
「うん」
アルスはあまり気にせずに頷いた。
翌日。
成人式で鍛冶師の権利をカサンドラに移譲することを誓い、村役場でプロメテオと縁を切った。
全ての出来事を終えた後、プロメテオとリリィに挨拶をしに行く。
「戸籍上は家族じゃなくなっちまったけど、俺達はいつまでも家族だ」
「うん」
「アルス。本当に行っちゃうの?」
「うん。行くよ。魔王退治に」
「私達はあなたが帰ってくるの、待ってるからね。本当に、ちゃんと帰ってくるのよ」
リリィに抱き着かれたアルスは、親心を知りボロボロと涙を流した。
「じゃあ。俺行くよ」
「おう」
「ええ」
両親はアルスの旅立ちを静かに見守っていた。
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