第2話 エロ本は捨てるなよ2
「チート特典授けてもらうの忘れたぁ!」
「うっさい。なに、あんたは朝っぱらから叫んでるのよ。アルス」
「えっ……ああ、ごめん。母さん」
この人は生まれ変わった勇、今呼ばれていたがアルスの母親であるリリィである。
リリィは妙齢の女性でありながら、若々しく見える。
若々しいというより幼く見えていて、
初見の人は幼女と見間違えることが多々あるという。
「でも。思春期真っ盛りなのね。月日が経つのは早いわね」
「ああ。本当にそうだね」
転生してからの大平勇の名前はアルス・ガイダ。
ガイダという家名は国から与えられたものだ。彼の父親であるプロメテオ・ガイダの鍛冶の腕が国から認められたのである。
単純に言えば凄腕の鍛冶屋の家系ということになる。
「あなたも今日で十七歳ね。勿論、この家を引き継ぐのよね」
「いや……俺は」
「うん? 何か別にしたいことがあるの?」
母の表情は不安そうなものに変わる。
勇は転生してから優しく、時には厳しく育てて貰った恩があるため迷惑を掛けることを嫌っていた。今度の両親は自分にめいっぱいの愛情をくれたからだ。
だからこういう表情をされると、とても辛い。
でも、セレーナ様と約束したのだ。魔王を倒すと。
「ああ。あるよ」
「そう。ご飯は出来ているから話はそこで聞くわ」
「うん」
暗い母の表情は堪えるなと思いながらも、食卓に着いた。
料理の品目はこの世界ではスタンダードなもので
黒いライム麦のパンに味を付けたものと、色々な種類の野菜のサラダだ。
アルスが食卓に着いてすぐ後に、彼の父親であるプロメテオも席に着いた。
プロメテオは背丈も高く、筋骨隆々な美男子だ。
国に認められる鍛冶師になる前ですら、彼に惚れる女性も少なくないと言われていた。
プロメテオは座るや否や、アルスを見定めるような視線を飛ばしてくる。
「父さん?」
「お前、何を考えてる?」
「えっ、何をって?」
「今日は、お前の成人式だろう」
「うん。そうだね」
日本の成人式は、二十歳になった時のお祝いみたいな側面が強い。
だが、このアルトマリア国では違う。
成人式とは十七という労働が出来る歳になったと神に誓うのと同時に、
一生していく仕事を決める儀式でもあるのだ。
つまり終身雇用の職業に就く入社式のようなものである。
職業選択の権利がある日本では考えられないが、神を信仰し、科学が未成熟なこの国では致し方ないことだろう。
「お前。この家を継ぐんだよな?」
「実は。そのことなんだけど……」
「なんだ? 嫁の心配でもしてるのか?
気は良いがブスなカサンドラは別の男と交際しているから遠慮なく別の女を選べ」
「何も言っていないのにカサンドラをディスるのは止めてもらっていいかな」
「じゃあなんだ。はっきり言え。成人式はもうすぐだぞ」
「俺、勇者になって魔王を倒しにいきたいんだ」
「大槌すら触れないのに、国を滅ぼしている魔王と戦おうっていうのか? お前には期待していないが、お前のガキには期待しているんだぞ。俺は」
「さりげなく、俺の息子の仕事まで決めないでくれよ」
「鍛冶屋の家系に生まれたら鍛冶の仕事をする。それは当たり前のことだろうが」
「でも。俺、勇者になりたいんだよ。あの人と約束したから」
「あの人?」
「セレーナ様だ」
「セレーナ様? お前は神様と約束したのか」
「ああ」
「セレーナ様はここら一帯の国のセレス教の唯一神だぞ。お前みたいなのが女神様の神託を受ける訳がないだろうが」
「でも。本当だ」
プロメテオは、思春期独特の病に罹った彼を憐れむような表情を見せる。
「分かった。そういうなら、俺と賭けをしよう」
「賭け?」
「今日の所はお前の成人式を中止してやる。明日するということでな」
「じゃあ、俺は何をすればいいんだ?」
「単純だ。そこらのモンスターを倒して魔石を用意しろ。質は問わん」
「それを取ってくればいいんだね」
「ああ。そうだ。やるのか、やらないのか?」
「分かった。俺、やるよ」
「じゃあ。賭けは成立だな」
「ああ」
アルスとプロメテオは睨み合う。
「アルス。怪我だけはしないようにね」
リリィは無茶をする息子に対して優しく微笑む。
「じゃあ行ってくる」
こうしてアルスは初めてのモンスター討伐に向かったのであった。
アルスの住んでいるカフリ村から一キロメートル程離れている所にある
カフリ森林に着いた。
アルスは、不意打ちされないように、常に周囲に警戒し、道を失わないように
マーキングをしながら進んでいく。
初めての冒険は、意外に上手くいきつつあった。幸先がいいなと少し、気を抜いているとモンスターからバックアタックを受けてしまう。モンスターはゴブリンというモンスターだ。
背丈は非常に小柄でアルスの膝くらいまでしかない緑色の皮膚をしているのが
特徴だ。群れに遭遇しなければ、初心者冒険者や農夫でも
簡単に殺せる雑魚である。
「おお。初めて見たよ。リアルゴブリン」
アルスは村の外に初めて出たので、ゴブリンと遭遇することも
初めての経験であった。
前世が日本であっただけに、ファンタジーの存在を目撃した感動は一層大きい。
「う~ん。ゲームだとこういう時にチュートリアルがあるんだけどな……
まぁ、現実だからないか」
アルスはゴブリンに向き合っていると、頭の中から声が聞こえてくる。
「こんにちはアルス・ガイダ。転生したらそこそこの美形に、この名前ですよ。
転生ガチャ大当たりですね」
「いや。セレーナ様。アルスって名前が名前負けしていることは
重々承知していますが、そこまで言うのは止めてもらってもいいですか」
「事実だから仕方ないですよ」
「もしかしてエロ本のこと引きずってます? あの時は他の人が捨ててるからいいなって思っていたんですよ。すいませんでした」
「そこまで謝っているなら許してあげましょう」
「ありがとうございます。その、セレーナ様はここの神様なんですよね」
「はい。本業はこのアーグスフィアの主神ですね」
「その。主神のセレーナ様にお聞きしたいことがあるのですが、俺のチートスキルはいずこにありましょうか」
「えっ? そんなものはないですよ」
「えっ……そんな御冗談を。異世界転生といえばチートスキルでしょう。ねぇ?」
「いやいや。何をそんな、女性側は必ず慰謝料を貰える
みたいなことを言っちゃっているんですか」
「えっ……いや、チートじゃないにしろ、
このゴブリンくらい軽快にぶっ飛ばせるの何かありませんか」
アルスはゴブリンの攻撃を耐えながらセレーナに助けを求める。
「あなたにはチートも魔法もありません。というか大体人並み以下です」
「そんなこと言って。実は裏道的な使い方が存在したりするとかそういう話じゃないですか?」
ネット小説とかで読む追放系でよく見られるパターンのものだ。それを期待して聞いてみるが、セレーナは彼の考えを肯定することはなかった。
「そんな……なら、俺はゴブリンも倒せずに死ぬっていうんですか?」
「はぁ……そこまで悲観しないでくださいよ」
「悲観しますよ。魔王を倒せないっていうことはあなたの約束を守れないっていうことじゃないですか」
「ああ……そういえばそうですね。う~ん、でもお手軽に最強にさせてしまうとエロ本に対する罰を与えられないんですよね。どうしたものか」
「やっぱり引きずってるんじゃないですか」
アルスの突っ込みを聞いたセレーナはやれやれと言った風に肩を竦める。
「ならあなたの身体能力とかその他諸々をを人並みに向上させてあげましょう」
「えっ? その、それ以外にもちょっと強いスキルとか魔法とか与えてくれてもいいんじゃないですか?」
「現実にスキルなんてものはありませんので頑張ってください」
「難易度をヘルにしないでくださいよ。セレーナ様」
「まぁ、ゴブリンくらいは倒せるでしょう。頑張ってくださいね」
セレーナがそれだけ言うと消えていった。
「確かにエロ本捨てたけど。こんなことってあるかよ畜生」
かっとなって、さっきから攻撃を仕掛けてきているゴブリンを
一刀両断にしてしまう。
「ああ。ゴブリンを倒すくらいまでは上昇したんだな。俺」
正直言ってスキルとか、魔法とか派手なパワーアップとかを望んでいたのだが。
アルスは失望しながらも、目の前にいたゴブリンに勝てたことに
少なからずの喜びを覚えていた。
「何体かゴブリンを倒したら帰るか」
アルスは次の標的を求めて、森の中をうろつくことにした。しばらくうろついてもゴブリンどころか小動物の類も見かけない。尋常ではない危険な予感を覚えたアルスは狩場を変えようと思い、森を出ようとした。踵を返して帰路を辿ろうかとしていた時、女性の絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
アルスは女性に何か大事があるかもしれないと思い、その声が聞こえた方向へ走った。少し走ると、軽鎧を着た少女が一人でゴブリンの群れと戦っているのであった。
ゴブリン一体倒すのにも一苦労だったけど、助けないと駄目だよな。
立ち向かうことを考えた時不安になったが、
セレーナ様にパワーアップさせてもらったんだと思いゴブリンの群れに
突っ込んでいく。
「大丈夫か。手伝うぞ」
「えっ……はっ、はいっ! ありがとうございます」
冒険者の少女は思わぬ所から援軍がやってきたことが嬉しかったらしい。
士気が上がり、ゴブリンを次々と倒していく。アルスもそれに負けじと、
ゴブリンを一刀両断していく。
二人で協力してゴブリンの群れを全滅させることに成功した。
「怪我はないか?」
「ないです。あなたが助けに来てくれなかったらどうなっていたことか」
「群れの魔石は半々で折半だな」
「はい……」
少女の残念そうな顔を見たアルスは彼女に問う。
「どうしたんだ? 残念そうな顔をして」
「この魔石全部売ったら病気の弟の薬代の足しになるかと思いまして」
「そういうことなら魔石を売った金はやるよ」
「えっ? どういう意味ですか?」
「俺、父さんにモンスターを倒せる実力があるかどうか証明出来ればいいんだ。
だから親父に魔石を見せた後、全部あげるよって話」
「ああ。成程。そういうことですか。そう言っていただけると嬉しいです」
よく見ると、少女には楚々とした綺麗さがあった。
亜麻色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。出る所はよく出ているが、脂肪はあまりついていない均整の取れた身体をしている。
こんな近場にこんな美少女がいるとは知らなかったいうのがアルスの感想であった。
「じゃあ。俺の村まで送るよ」
「はい。よろしくお願いします」
お辞儀すると、たわわな果実は柔らかさを強調するくらい揺れた。
アルスはそれにじっと見惚れそうにあるが、
それを気取られないようにすました顔を作った。
二人は道中の会話に花を咲かせていた。
「そういえば、名前を聞いていなかったけど。名前は?」
「私はナナ・セレーン」
「ふぅ~ん。セレーンか。なんか、セレーナ様と似てるな」
「その。子供の頃にセレにあるセレーン修道院で暮らしていたことがありまして。それでセレーンの姓を名乗っているんですよ」
孤児には親の職業とか無いから孤児院の名前を名字にするっていうのは聞いたことがある。それだろうか。
アルスは納得して頷いた後、自分の名前を名乗る。
「俺はアルス・ガイダ。よろしく」
「アルス・ガイダ? ひょっとしてプロメテオ・ガイダさんの息子さんですか?」
「うん。まぁね」
アルスは自分の姓を名乗ったことを後悔した。
「そうなんですね。ということは将来は鍛冶屋さんになるんですか?」
アルスは首を横に振った。
「いいや。家を出て魔王を倒しに出掛けるよ。そういう風に約束したからさ」
「素敵ですね。村にいる恋人さんとかですか?」
「恋人ではないけど。憧れの人だよ」
アルスはセレーナのシルバーヘアーを思い浮かべて夢想していた。
「アルスさんみたいに素敵な人に思われるなんてその人は幸せな人ですね」
ナナは何か自分の世界に陶酔した表情をしていた。
アルスはそれに対して、自分が華麗に助けに入ったから惚れてしまったのではないかと一瞬思ったが、いきなり初対面の人に惚れるなんてそんな馬鹿な話があるかよ。ネット小説の読み過ぎだなと自省した。
アルスは無難な話を振ることに意識して、ナナが話していた重大な情報を聞き逃していた。それが後に致命的な結果をもたらすことになるとは夢にも思っていなかったのである。
二人は村に戻った後、すぐにアルスの家へと向かった。
「父さん。魔石取って来たよ。成果としては上々だと思うけど」
アルスはプロメテオに自分が倒したゴブリンの分の魔石を見せた。
彼が提示したいくつかは優に超えているだろう。
「成程。沢山ゴブリンを倒したな」
「なら許してくれるよな」
「いや。無理だ」
アルスはプロメテオの言葉に目を見開いたのであった。
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