第4話 悪夢。勇者タケシ・クロキ
「カサンドラさんに自分の家業を譲るなんてびっくりしましたよ」
「いいんだ。俺には大槌を振るう力もなかったし、するべきことが別にあったし」
「魔王退治ですか」
「うん」
「まぁ。魔王退治をしようと思うことはとても素晴らしいことなのですが、
アルスさんは勇者になれないと思いますよ」
「えっ?」
アルスはナナの言葉に非常に困惑した。
「その。勇者様が別の世界から召喚されたようでして」
「そんなっ……」
アルスが呆然としているのを見ると、ナナも気まずくなってか黙り込んでしまう。
「その、ごめん。名前とか、特徴とか分かるか」
「ええと。名前はタケシ・クロキ。黒髪で背が高くて、
がっしりとした身体をした短髪の勇者様です」
「どうしたんですか?」
「ううん。なんでもない」
悪夢のようだ。まさか黒木が勇者になっているなんて。
「昨日は全く関心を示していなかったのに驚くなんて珍しいですね」
「あはは。その、全く聞いてなかった」
「もう。ちゃんとお話は聞いてくださいよ」
「そうだな。ごめん」
アルスは事態を飲み込めていない様子だった。
「私達はこれからは仲間ですよ」
「いいのか。俺と組んで」
「はい」
「そっか。実は俺も心細かったんだよな。一人でやっていくの」
「これからは二人で頑張っていきましょう」
「おう。よろしく。で、弟さんの病気の薬代ってどのくらいなんだ?」
「魔石を売ったお金は二十セレスになっています。
で、薬は二百セレスするので、後百八十セリス必要になります」
「百八十か」
とアルスは唸った。
通貨の価値の変動があることを踏まえても、
一セレス百円から百二円程の変動に収まっている。
それから考えていくと薬は二万円くらいだ。
二万円というと大したことがないと言われているが、
二百セレスを月に安定して稼ぐのは意外と難しい。
それを証左するようにカフリ村の最高月収はプロメテオの工房で百五十セレスだ。
まぁ、その分物価も安いので釣り合っているといえば釣り合っているのだが。
というかそれを踏まえて考えるとゴブリン一体で二百円になる。
セレーナ様にバフをしてもらえなければゴブリンを倒すことなんて
出来なかったので、一生稼げなかった可能性まである。
「はい。安全に稼ぐにはゴブリンを森の中で狩ればいいとは思うのですが、時間が掛かってしまって」
「弟さんの症状は深刻なのか?」
「芳しくないですね」
「ゴブリンより何倍も強い奴を倒さなきゃいけないんじゃないのか?」
「かなりリスクは高くなると思います。
なので、アルスさんに反対されても仕方ないと思います」
「ああ。うん。そうだな」
そこでアルスは考えた。
この世界には、ライトノベルやネット小説の異世界みたいに、
ステータスやレベルの概念がない。
セレーナ様はステータスを上げてくれると言っていたが、あれは言葉の綾で神の力で引き上げたに過ぎないのだ。
自分の実力を上げる方法は地道な鍛錬か、
神による奇跡でしか強くなることが出来ないのである。
そこら辺は前の世界でも同じことだったので違和感はないとして。
つまり、ゴブリンより何倍もの価値の魔石が取れる=ゴブリンより
何倍も強いモンスターと対決することには
非常に大きなリスクが付きまとうのである。
「なら。私一人で行きます。アルスさんを巻き込むことは出来ないので」
「いや。いいよ。ここまで来たのも何かの縁だし、ナナに付き合うとするよ」
「でも、いいんですか? 本当に危険ですよ」
「大丈夫。死にそうな時は逃げるから」
「その。手伝ってくれてありがとうございます」
「いいよ。気にしなくても」
「なら早速セレに向かいましょう。カフリ森林の外周を周った所にセレ行の馬車を出しているネス村があるのでそこを目指すとしましょうか」
「うん」
ネス村にて。
「セレ行きの馬車かい。今日はもう全便出たんだ。明日の朝一は空けておくよ」
セレ行きの馬車を扱っている御者は二人に優しく微笑みかける。
手持無沙汰になった二人はこの時間を
どう潰そうかということを話し合うことになる。
「その。アルスさん。どうやって時間潰します?」
「この村何もないもんな。どうしようか」
「その。私と一緒に散歩しませんか」
こうやって一緒に散歩することを誘われるということは、やはり異性としての好意も持っているのではないかと期待をせざるを得ない。
享年十六歳、童貞で死亡した大平勇もとい、
アルスには鴨がねぎを背負って来たかのようなチャンスに思えた。
アルスは下心を悟られないようにナナに言う。
「勿論。一緒にさせてもらうぜ」
「はい。それなら行きましょう」
ナナとアルスは、ネス村を散策した。
ネス村にあるものは畑と民家、家畜くらいのものだ。
これなら自分の住んでいたカフリ村の方が特徴があると思えた。
「村一帯も散策したし、次はどうする? 宿屋に行くか?」
「あの。アルスさんは魔王を倒した後のことを考えていますか」
「俺は何も考えていないな。まぁ、落ち着く場所を探すだろうな」
セレーナ様が、魔王を倒した時点で俺を冥界に連れて行くかもしれないけどな。
「その。なら、こういう落ち着いた所で暮らしたいですね」
「まぁな」
アルスはそれに頷いた後、勝との思い出を思い起こした。
二人で遊んでいた時、定年を迎えた後の
セカンドライフをどうするかなんて話題を話していた。
その時自然が沢山あって静かな所で暮らしたいなんて言っていたな。
今、あいつはどうしているだろうか。
最悪のことを考えると俺の説得のような何かは虚しく空振りに終わり、
クロキに返り討ちにされたのかもしれない。
勝も無事に生きているといいな。
「どうしました?」
「なんか。懐かしいことを思い出してな。ごめん」
「もう。ホームシックですか。ちょっと早すぎません?」
「確かに。一週間も経ってないのにおかしい話だよね」
どちらかともなく笑っていた。
その雰囲気にあてられて、心の中が温まるような感じがした。
「アルスさん。今まできちんと伝えられていなかったですけど、あなたと出会えて良かったと思っています。本当にありがとう」
「俺もナナがああ言ってくれたからこそカサンドラと戦えたと思う。こっちこそ本当にありがとう」
「アルスさん。私達はこれからどうなろうとも、一緒にいたという記憶はあります。私はあなたのことを絶対に忘れません」
「なんだよそれ。まるで別れみたいな台詞言って」
「そうですね。ちょっとおかしいですね」
「まぁいいや。この村にも酒場の一つや二つあるだろう。気晴らしに軽く飲んでいかないか?」
「そうですね。早い時間に飲めば朝一の便には間に合うと思いますしね」
「よし。そうしよう。ずっと張り詰めて変にブチンと切れちゃうよりそっちの方がいいよ」
アルスは、勝がどうしたかという暗い感傷を打ち消したかった。ナナに拒絶されなかったことに心が救われた気持ちがあった。
夕方頃。二人は村唯一の酒場に向かった。人はまばらだがそれなりに活気のある明るい酒場だった。二人はカウンター席に座りながら、酒とつまみを注文した。
二人は酒を飲みながら他愛もない話に花を咲かせる。そのお陰か、アルスの心の黒いモヤモヤが少し晴れた錯覚を覚えた。それが心地よく酔いつぶれるまで飲み続けた。ナナに肩を貸して貰いながら飲み屋から出て行くのであった。
自分の部屋まで連れて行かれたアルスはとてつもなく暗い夢を見た。
勝が、黒木武を馬乗りにしてナイフでめった刺しにするものである。優しい勝があんな鬼のような形相をしていることを恐ろしく思ったし、悲しく思えてきた。
夢見の悪い夢は結末を曖昧にする形で醒めた。
頭が妙に痛いし、胃もたれも感じる。
最悪な目覚めだと思いながら身支度をしようとするが、ある事に気付く。
「なっ? 俺の荷物が何もない」
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